時々お散歩日記

 日本民謡ラップミュージック(?)の『秋田音頭』の替え歌に、こんなフレーズがある。

警察きたたて 消防きたたて でっきりおっかねくね
ええごとしねども わりぃごとしねから でっきりおっかねくね…

(共通語笑訳)
警察が来たって 消防が来たって まったく怖くはない
善いことなんかしていないけれど 悪いこともしていないんだから 
全然怖くなんかない…

 ね、けっこう笑えるでしょ?
 これがまあ、一般庶民の感覚だと思う。普通に生きていれば、みんなに誉められるようなことはめったにしないし、逆に、ちょっとの失敗はするけれど、警察に引っ張られるほどのこともしでかさないよ…と。
 ところがねえ、これがそうでもないんだな。そう、特定秘密保護法のことだ。一般庶民が、なんだか妙なことに知らぬうちに関わって、気がついたら逮捕だの、逮捕まではいかなくても、事情聴取だ家宅捜索だ、なんてことにもなりかねない。
 たとえば、毎日新聞(11月10日付)の全面特集では、3つのケースを挙げている。その中で、「原発の津波対策に不安を感じて調べる住民が逮捕起訴される」という想定が恐ろしい。この程度のことは、少しでも原発事故のことを知りたいと思う人にとっては当たり前の行動なのだが、原発情報が「テロ防止」という条項に関連付けられれば、決してあり得ないことではない。背筋が寒くなるシミュレーションである。
 普通に暮らしている庶民にとって、警察に呼ばれたり、家宅捜索されたりってことがどれほどの恐怖か、想像すればすぐに分かる。たとえ嫌疑不十分として何の処罰も受けなかったとしても、近所の評判にはなるし、もしかしたら、会社での立場だって危うくなるかもしれない。警察権力とは、それほどの力だ。庶民に対する威嚇効果は絶対的なんだ。
 こういう法案が提出されるとき、政権側は必ず「恣意的な運用はしない」とか「対象者は限られるから、一般市民にはかかわりがない」などと安心させるようなことを言う。でも、それはウソだね。

 11月11日朝のTBS「朝ズバッ!」で、特定秘密保護法案について30分間ほどの討論をしていた。そこに出演していた自民党特命副幹事長という肩書の中谷元・元防衛庁長官が、質問にほとんどしどろもどろ。
 「意図せずに、秘密に触れてしまった一般人も逮捕される可能性があるのではないか」と問われると、中谷氏「いや、一般の人は多分逮捕されない」「おそらく逮捕されない」「逮捕されないと思う」などと繰り返したのだ。まったく冗談じゃない。これは、「場合によっては逮捕もあり得る」ということを、暗に認めたに等しいではないか。
 さだまさしさんの『関白宣言』じゃあるまいし、~浮気はしない、たぶんしないと思う、しないんじゃないかな、ま、ちょっと覚悟はしておけ~なんて言い訳は、政治家には通らないんだよ!
 これほど、この秘密保護法案はデタラメで恐ろしい。

 むろん、どうしても秘密にしておかなければならない事項もあるだろう。だが、それを指定する場合には、強固な歯止めが必要であることは言うまでもない。ところがこの“歯止め”がまったく効かない可能性が強いのだ。
 安倍は、こんなことを言っている。ちょっと古いが東京新聞(10月25日付)の記事だ。

 安倍晋三首相は二十四日の参院予算委員会で、機密を漏らした公務員らへの罰則強化を盛り込んだ特定秘密保護法案の特定秘密の指定に関し「政権交代で新しい閣僚が誕生した場合、特定秘密の指定状況を確認して、あらためてその適否を判断することもあり得る」と述べた。(略)

 つまり、閣僚が指定する“特定秘密”とは、その閣僚の個人的な判断に任せるということだ。担当閣僚が代われば、特定秘密指定も見直すというのであれば、担当閣僚の“恣意的”判断でかまわないということになる。
 ところが森雅子秘密法担当大臣は、こう述べた(産経新聞11月8日配信)。

(略)法案担当の森雅子少子化担当相は「特定秘密」について、「指定や有効期限の設定、解除、延長は外部の有識者の意見を反映した基準で行われる、(行政側による)恣意的な指定が行われないように重層的な仕組みを設けている」と強調した。(略)

 まるで言うことが違う。しかも問題なのは、ここでも安倍政権お得意の“有識者”というのが出てくることだ。前にも書いたけれど、安倍政権の特徴のひとつは、有識者懇談会の“恣意的濫用”にある。自分の意見に近い者ばかりを集めた会議や懇談会で、自分の意に沿った提言を出させ、それに依拠して政治を行う。今回のNHK経営委員の任命など、その最たるものだ。
 そんな危うい手法を、この特定秘密指定にも使おうというのだから、何の歯止めにもならないのは明白だろう。

 「特定秘密保護法」は、4分野に“特定秘密”を定める。「外交・防衛・スパイ活動防止・テロ活動防止」の4分野だ。各紙に条文全文が掲載されているから、それを読めばこの法案の危険性は一目瞭然だが、僕がことに危ないと思うのは「別表」(第三条、第五条~第九条関係)の〔四・テロリズムの防止に関する事項〕という条項だ。そこには以下のように書かれている。

 イ テロリズムによる被害の発生若しくは拡大の防止(以下この号において「テロリズムの防止」という。)のための措置又はこれに関する計画若しくは研究
 ロ テロリズムの防止に関し収集した外国の政府又は国際機関からの情報その他の重要な情報
 ハ ロに掲げる情報の収集整理又はその能力
 ニ テロリズムの防止の用に供する暗号

 つまり、テロリズムという概念に少しでも抵触しそうであれば、それはすべて“特定秘密”に指定されかねないということだ。なにしろ前掲の条文〔イ〕では、「研究」までもが対象にされているのだ。
 たとえば大学で、中東情勢分析などを研究している教授が、ある国際機関から情報を得たとしても、その情報が“特定秘密”かどうかは分からない。それを使って論文を書いた場合、突然、逮捕されることだってあり得る。教授は、なぜ逮捕されたか分からない。当然「逮捕理由を明らかにせよ」と、当局に要求する。だが、当局は「何が“特定秘密”かは“秘密”なのだから明らかにできない」と拒否する。
 教授は、わけの分からないまま、つまり、どの情報が「特定秘密保護法」に違反したのか知らされないままに裁判にかけられる、という恐ろしい事態も起きかねない。なんで逮捕されたのか分からなければ、弁明のしようもないし、弁護士だって弁護の作戦を立てようがない。

 原発関連の情報は、もっとひどいことになるだろう。前出の森雅子大臣は「原発の警備情報は特定秘密にあたる」と述べている。ここでは、「警備情報」と言っているが、これが拡大解釈されるのは、時間の問題だ。多分「テロリズムの防止」という前掲の条項が、ここで大活躍を始めるはずだ。
 ただでさえ、隠蔽や歪曲の多い原発関連情報が、それすらも公にされなくなる恐れが強いのだ。

 『福島第一原発潜入記 高濃度汚染現場と作業員の真実』(山岡俊介、双葉社、1300円+税)という本がある。
 これは、勇気あるジャーナリストが、実際に事故原発の作業現場へ潜入してしまったルポである。どうやって事故原発の現場へ潜り込めたのかの詳細は、ぜひ本書を読んでほしいけれど、これが「警備状況を公表した」として、特定秘密保護法違反で逮捕される可能性は、きわめて高いだろう。なにしろ「原発の警備は厳重を極めている!?」とか「スパイもどきの潜入計画」なんて小見出しまで出てくる本なのだから、ひっかけようと思えば、いくらでも逮捕理由なんてでっち上げることができてしまう。
 いま話題になっているのが、現役官僚が執筆したとされる『原発ホワイトアウト』(若杉冽、講談社、1600円+税)だ。この本、小説としてはこなれていないけれど、かなりの地位にある官僚でなければ知り得ないような話が、続々と出てくるという点で、まことに面白い。
 これなど、秘密保護法違反のかっこうの標的にされるだろう。我々は、ここに書かれている程度もことすら、もう知ることができなくなる。
 「盗聴」「デモ崩し」「エネルギー基本計画の罠」「知事逮捕」「再稼働」…など、そうとう生臭い話(情報)が詰め込まれた本だが、こういうたぐいの本はもう出版することさえ危険ということになる。著者の官僚本人のみならず、その本の出版社や担当編集者も危ない。
 もう1冊、本を挙げよう。
 『福島第一原発収束作業日記』(ハッピー、河出書房新社、1600円+税)だ。みなさんはもうご存知だと思うが、フクイチの現場で作業にあたっているハッピーさんのツイートは、大きな反響を呼んだ。
 僕にもかつて原発で作業していた知人がいて、いろんな話を聞いて驚いたことがある。でも、ハッピーさんは今も現場で働き続け、呟き続けている。むろん、我々が知り得ない現場の生々しい情報だ。
 それらをまとめた文章にコラムなどを付け加えたのが、この本だ。当然、“どこかの組織”が隠しておきたい情報も入っている。特定秘密保護法が施行されてもハッピーさんはつぶやき続けられるだろうか? そして本書の出版は可能だろうか? 多分、いや絶対に圧し潰されるだろう。
 「内部情報の漏洩は、テロリズムを助長することになる」という理由が目に浮かぶようだ。

 僕は、3週前のこのコラム第155回に、「『原発漫画』の奥深さ」という一文を書いた。
 そこで「モーニング」の「第34回MANGA OPEN大賞」受賞作の『いちえふ 福島第一原子力発電所案内記』(竜田一人)という漫画を紹介した。これもまた、ハッピーさんと同じく福島事故原発で働く作業員の日常を、詳細に描写したものだ。防護服の装着や安全装備の詳細な記述、被曝線量の話など、たくさんの内部情報が描かれている。
 また、ずいぶん古いものだが、『福島原発の闇 原発下請け労働者の現実』(文・堀江邦夫、絵・水木しげる、朝日新聞出版、1000円+税)も紹介した。これも秘密保護法の餌食になりかねない。なぜなら、水木さんの絵は原発内部の様子、配管やパイプなどを克明に描いているからだ。これだって「テロリストへの情報」とされればアウトかもしれない。

 まさに、この特定秘密保護法なるものは、外国情報機関から日本を守るというよりは、国内の政府への反対勢力圧殺を目指すものとして、十分に機能するだろう。
 安倍の“恣意的政治”に、目を瞑っていてはいけない。
 僕は、特定秘密保護法案に、絶対絶対絶対絶対…(百回繰り返し)反対である!!

 

  

※コメントは承認制です。
158 秘密保護法「テロ防止」は、原発情報も圧殺する」 に1件のコメント

  1. 松宮 光興 より:

    テレビに出演した中谷元防衛庁長官が、特定秘密に関してしどろもどろだったのは当然です。それを決めるのは現在の大臣や議員ではなく、5年後か10年後の官僚なのですから。
    いつ交代するか分からない大臣なんかに、官僚が重大な機密情報を教えるはずがないのです。特定秘密の決断をする人物を「大臣」と書かず「行政機関の長」と曖昧にしたのはそのためと考えるべきです。だから、国会審議で、森雅子大臣が「それは秘密にはなりません」などと回答しているのは、全くナンセンスなのです。

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すずき こう

すずき こう: 1945年、秋田県生まれ。早稲田大学文学部文芸科卒業後、集英社に入社。「月刊明星」「月刊PLAYBOY」を経て、「週刊プレイボーイ」「集英社文庫」「イミダス」などの編集長。1999年「集英社新書」の創刊に参加、新書編集部長を最後に退社、フリー編集者・ライターに。著書に『スクール・クライシス 少年Xたちの反乱』(角川文庫)、『目覚めたら、戦争』(コモンズ)、『沖縄へ 歩く、訊く、創る』(リベルタ出版)など。マガジン9では「お散歩日記」を連載中。ツイッター@kou_1970でも日々発信中。

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