2016年 参院選挙を考える

2012年の脱原発に始まり、特定秘密保護法反対、安全保障関連法反対など、それまで政治にかかわりを持たなかった多くの市民が、国会や官邸前で声をあげるようになりました。そうした活動をボランティア弁護士としてずっと見守ってきた武井由起子さん。
昨年12月には神奈川で、きたる国政選挙での野党共闘を目指す「ミナカナ」を立ち上げ、全国の市民勝手連とのネットワークも築くなど、選挙に向けた活動を精力的に行っています。そんな武井さんに、これまでの活動の経緯や選挙に向けての今後の動きを伺いました。

国会前で起きた「民主化運動」を
弁護士として見守ってきた

――武井さんは、2012年から「官邸前見守り弁護団」のメンバーとして、デモや抗議活動に参加する市民の見守り活動をボランティアで行っていますが、始めたきっかけは何だったのでしょうか。


 それまで私は政治には距離をおいていて、デモにも参加したことはありませんでした。それが変わったのは、2011年3月12日に東京電力福島第一原発で水素爆発が起きたとき。1歳半の子どもを連れて、神奈川から名古屋に逃げました。その寝顔を見ていたら、「なんて私は馬鹿だったんだろう」と思って涙が止まらなくなりました。「政府の言うことを信じていれば間違いない」と言っていては、子どもを守れないと気づいたんです。
 止むに止まれぬ気持ちで、脱原発のデモや抗議行動などに行くようになりました。でも、私と同じようにそれまでデモや抗議行動に参加したことがないという人が多かったし、何かあったら…という不安があるじゃないですか。それで、見守り活動が始まったんです。腕章をつけた弁護士がいることで安心できるし、トラブルや過剰警備のけん制にもなります。

――その後、国会前で行われた特定秘密保護法や安保法制に反対する抗議行動などの見守りを続けてきたんですよね。


 そうですね。私は弁護士になる前に総合商社に勤務していて、天安門事件直後の中国にも、留学生として滞在していた経験があります。言論の自由がない雰囲気を知っているので、日本にはそうなってほしくないという気持ちもありました。

――天安門事件の起きた中国といまの日本の状況には、共通点がありますか。


 天安門事件のときも最初に声をあげたのは学生です。その次に大学の先生、そして、高校生たちが集会に出てくるようになって、次第に広く市民に広まっていく。これはいまの日本と同じパターンです。アジアで民主化運動が起きるときには、必ずカリスマ性のある若い子が出てくる。天安門事件のときは、チャイ・リンやウーアルカイシがいた。香港の雨傘革命を率いたのも、17歳のジョシュア・ウォンです。私はSEALDsの学生たちが、SASPLという名前で特定秘密保護法に反対していた頃から知っていましたが、段々とカリスマ性が出てきました。私は、国会前での動きを「いま起きているのは、日本の民主化運動なんだ」と思いながら見守ってきたんです。

市民の声に応えた議員には、
ちゃんと「報い」がないと

――なるほど。そうやって見守り弁護団の活動を続けてきて、いまは「ミナセン(みんなで選挙)」という、野党共闘を支えるネットワークづくりにも中心的にかかわっていますが、どうして選挙運動にかかわるようになったのでしょうか。


 日本人って、政治や選挙に対して苦手意識がありますよね。私もそうだったんです。候補者が自分の名前を連呼するという選挙のスタイル一つとっても、私の美意識に反しているし、ありえないと。でも、川崎市での被災地からの瓦礫の広域処理受け入れに反対する活動に参加したときに、どんな人が自治体の首長になるかによって暮らしに大きな影響がでるんだということに気づかされました。政治や選挙が生活に直結していると実感した。
 国会というのは議員の数で物事が決まっていくわけで、政治や選挙が嫌いだなんて言っていられない。安保法案の審議のときには野党もがんばってくれましたが、議席の比率をひっくり返さないと何も変わらない。それに、そうやって市民の声に応えてくれる議員にちゃんと「報い」がないとだめだとも感じていたんです。

――「報い」ですか?


 もともと私は経済人だから、人は損得で動く部分があると思っているんですよね(笑)。頑張っても報いがなかったら、いつか個人の頑張りも底が尽きてしまう。「市民の声におされて頑張ったらちゃんと報われた」って、野党の議員には思ってほしかったんです。だから、改選する全員をちゃんと国会に戻してさしあげたいと思った。それで、9月19日に安保法案が通ったあとはすぐ、「次は選挙だ」と思いました。

――参院選に向けては、「SEALDs」や「安全保障関連法に反対する学者の会」「戦争させない・9条壊すな!総がかり行動実行委員会」などの有志5団体による「市民連合」もたちあがりました。


 市民連合は、野党共闘への大きなムーブメントをつくってくれました。でも、選挙となれば、結局はそれぞれが自分の地元で、議員やいろいろな人たちとつながっていくことが大事になります。良いかどうかは別として、どれだけ多くポスターを貼って、名前を連呼したかで決まるのという側面も選挙にはある。だから、大きなムーブメントだけじゃなくて、ポスティングをしたり、ポスターを貼ったり、チラシを配ったりと、実際に地域で地道に動く人が必要だと思います。
 安保法制が通ってしまった後も、私は「安保法制に反対するママの会@神奈川」を始め活動をしている市民の人たちと学者や弁護士たちと駅前でのスタンディング活動なんかを一緒にやっていたのですが、そうやって神奈川でつながった人たちが集まったら50人もいた。そこで、がんばってくれる野党の人を選挙で国会に送ろうと、2015年12月3日に「ミナカナ(みんなで選挙@神奈川)」を立ち上げたんです。立憲主義を取り戻すこと、安保法制に反対することを条件に、神奈川での野党共闘を応援する人たちが情報交換する市民勝手連です。代表は置かずに、私を含めて4人の世話人がいます。

全国の市民勝手連を結ぶ
ネットワークが「ミナセン」

――今年の1月22日には、全国の勝手連が集まって「『ミナセン』市民勝手連シンポジウム」も開催されましたね。


 神奈川で「ミナカナ」が立ち上がったのですが、全国でも同じような勝手連がいくつも出来ていました。やることも悩むことも同じだから、情報交換をしましょうと「ミナセン(みんなで選挙)」という名前をつけて、非公開のフェイスブックページでのネットワークをつくりました。いま全国の約50の勝手連が参加していて、勝手連の運営の仕方、選挙活動のノウハウや状況などを共有しながら、自主的につながっています。
 1月22日に参議院議員会館のシンポジウムには、東北や九州など全国の勝手連も参加して、それぞれの地域の状況を報告してくれました。また、野党5党(当時)からも議員が参加して、約300人の参加者で会場は満席でした。

――それだけ市民による野党共闘の動きが注目されているということだと思います。それぞれの地域によって、市民勝手連が出来た経緯も、活動の仕方やメンバーの年代などもまったく違うと伺いましたが。


 選挙は地方ごとに事情が違うので、ひとつのパッケージはつくれません。地元のことは地元の人がいちばんよくわかっているので、違っているのが当たり前だと思っています。私たちの活動は、立憲主義を取り戻す戦いなので、憲法に書いてある「個人の尊重」がいちばん大事。「こうしてください」という統制はしません。必要があれば協力し合いますが、基本的にはそれぞれ自由に活動をしています。また、「ミナセン ロイヤーズネット」という選挙をする市民たちを支える弁護士のネットワークも出来ていて、公職選挙法に関するアドバイスなどを行っています。

――ちょっと意地悪な見方かもしれませんが、同じ地域の中で方向性の違う市民勝手連が複数出来て、もめたりするようなことはないのですか?


 神奈川の中でもいくつかグループがありますが、みんな協力してやっています。野党共闘の前に、市民共闘ができないようじゃダメです。「なんで民進党は、共産党と協力できないの?」って、私たちがもめていたら言えないでしょ。私たちは、みんなで「スイミー」のようになっていかないと。昔から市民運動をやってきた人たちも、ミナカナを応援してくれています。

――「ミナカナ」には、政治や選挙にかかわるハードルを下げる役割もあるんですね。


 普通のママが、いきなり政党候補者の応援に行けるかというと、ハードルが高いかもしれないですよね。でも、ミナカナのメンバーとして応援に行く、というのであればやりやすくなる。政治を無色化するための言い訳装置でもあるんです。無党派の人は選挙と関係ないのかっていうとそうじゃない。山本太郎さんみたいな、選挙区外からも応援者がいっばい来る“スーパー候補者”がいればいいですが、そこまでじゃなくても、とにかく安保法制に反対して、立憲主義をちゃんと守ってくれる候補者であれば、既存政党でも応援しようというスタイルです。そこは一番大きなポイントです。

日本の何がダメかって、
“市民力”がダメなんです

――個々の政策での違いはあっても、まずは野党共闘して与党の議席を減らすことが大事だと。


 そうです。もちろん「じゃあ原発は? 沖縄の基地問題は?」となってくると思いますが、こうやって市民の声が大きくなって、「市民が望む政策をやれば選挙に受かる」となれば、政治家だって変わってくる。そこは「市民力」です。日本は何がだめだって言ったら、市民がだめなんです。ずっと政治をほったらかしてきたのだから、いい政治が育つわけがない。自分の子どもと同じように地元の政治家を愛さないと。そしてときどきお尻もたたく(笑)。政治家も市民からの応援を渇望しているんだなって感じます。会ってみると、けっこう素敵な人も多いんですよ。

――野党共闘の実現には、私たち市民の結束力も問われてきますね。


 野党共闘と言っても、政治家にもそれぞれの事情、過去の経緯や立場があります。それを尊重しつつ、「でも、こうしてもらえたらいいな」と交渉していくしかありません。安保法制反対と立憲主義を守るというところで一致していても、それ以外の部分では感覚が違う人もたくさんいると思うんですよ。そういう違いは違いとして認めて、広くつながっていかないと。排除していては進みません。選挙に勝つためには「いままで安倍さんがいいと思っていたけど、なんだか最近は…」という人たちにも参加してもらいたいわけですから。まさに、「みんなで選挙」なんです。

――勝敗を握ると言われている全国の一人区でも、市民勝手連の働きかけで、野党共闘の候補者擁立が進みつつあります。


 でも、圧倒的に遅いですよね。まだ決まっていないところもあるので、そこはがんばって応援しないといけない。もうひとつ忘れてはいけないのが、「勝つ構造」をつくるためには一人区も大事なのですが、選挙自体を盛り上げて投票率を上げないとだめなんです。たった16%程度の得票率しかない与党が、100%のことを決めているのが現状です。これでは多数決じゃなくて「少数決」。民主主義国家としておかしい。そういう意味では、東京・神奈川のような多数区もとても大事です。駅前で「みんなで選挙! みんなで選挙!」って(笑)、毎週でも街宣したいくらいです。

小選挙区の「ミニセン」で、
改憲の国民投票にも備える

――衆参同日選挙ということも、言われていますが…。


 いま、私がおすすめしているのは、参議院のための大きな選挙区の集まりだけじゃなくて、衆院選の小選挙区単位での勝手連「ミニセン」をつくることです。そうすれば、衆院選がどんな時期にきてもうろたえなくても済みますから。実際、顔が見えるくらいの規模で集まったほうが動きやすいんですよね。それが、草の根の保守団体「日本会議」に対抗できるような運動体になったらいいなと。
 とにかく、なんでこんなにがんばっているのかっていうと、ご承知のとおりここで選挙に負けると、立憲主義をないがしろにする安倍政権下の国会によって、憲法改正の発議がされちゃうからです。野党共闘は、それを止めるための緊急措置。だって、まず立憲主義を取り戻さないと、次のステージには進めないんですから!

(構成・写真/マガジン9)

武井由起子(たけい・ゆきこ)伊藤忠商事、一橋大学大学院法務研究科を経て、2010年に弁護士登録(第一東京弁護士会)。日本弁護士連合会憲法問題対策本部理事。「官邸前見守り弁護団」メンバー。安保法制に反対する海外在住者の会「OVERSEAs」発起人。「みんなで選挙@神奈川(ミナカナ)」世話人。「みんなで選挙全国連絡会(ミナセン)」事務局。所属する「明日の自由を守る若手弁護士の会」による共著書に『これでわかった!超訳 特定秘密保護法』(岩波書店)、『いまこそ知りたい!みんなでまなぶ日本国憲法』(ポプラ社)がある。

 

  

※コメントは承認制です。
どうする? 2016年参院選挙
武井由起子さんに聞いた
」 に4件のコメント

  1. magazine9 より:

    参院選挙を考えるシリーズの第2弾は、武井由起子さんにお話をうかがいました。各地で勝手連やミナセンなどのグループが立ち上がっていますが、参院選だけでなく、衆院選や国民投票、そして地域の政治を考えるための、小選挙区単位のミニセンをつくる動きが広まっていけば、政治と市民の距離は大きく変わっていくのではないかと思います。

  2. takeshi terasawa より:

    武井さんに、納得!  ほんとうにそうですね、選挙に勝たなくては!! 国政選挙だけでなく地方選挙も町内会も何でも勝って、ネトウヨみたいな運動に打ち勝ちましょう。

  3. 島 憲治 より:

    >とにかく、なんでこんなにがんばっているのかっていうと、ご承知のとおりここで選挙に負けると、立憲主義をないがしろにする安倍政権下の国会によって、憲法改正の発議がされちゃうからです。野党共闘は、それを止めるための緊急措置。だって、まず立憲主義を取り戻さないと、次のステージには進めないんですから!                                                                               私もそう思う。しかし、立憲主義崩壊後の光景を想像しようとしない。周りもそうだから不安を感じない。そして、癒しを憲法に求めず犬に求める。その傾向は強まっていると映る。関心事は精神疾患を筆頭に健康のみという構造だ。                                                                 憲法が保障する「表現の自由」が死に体になっている。主権者は北朝鮮のような国家像を望んでいるのだろうか。勇ましい言葉を弄して民衆を扇動する輩に目を奪われやすい国民を見るにつけそんな思いに駆られる。

  4. 多賀恭一 より:

    オリンピック2020の開催地を、東京 → 仙台 に移行する公約の政党に投票する。

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