雨宮処凛がゆく!

 フランスでテロがあった。
 まだ全貌ははっきりしていないが、多くの命が奪われた。
 今、私たちは「テロとの戦いは終わらない」という悪夢を見せられているのだと思う。
 あまりにも多くの死を目の当たりにすると、時に人は言葉を失い、また、時に報復の感情に支配される。

 この原稿は、テロ事件が起きる前に書いたものだ。
 はからずも、「死」とどう向き合うべきかというテーマで書いた。その死とは、戦死。
 考えたくもないことだけど、「テロとの戦い」を生きる今、避けては通れないテーマとなってしまった。

  8月28日、安保法案反対運動の盛り上がりの影で、「女性活躍推進法」が成立した。
 これを受け、11月13日、防衛省は航空自衛隊の戦闘機パイロットとして新たに女性自衛官を起用できるようにすると発表した。F15戦闘機、F4戦闘機、偵察機RF4のパイロットとして起用するという。安倍政権が掲げる「女性の活躍」の一環として生み出される、女性の戦闘機パイロット。晴れて戦闘機パイロットが誕生すれば、「女性が活躍しています!」と大々的に宣伝されるのだろうか。政権と防衛省がプロデュースする「女性の活躍」は、なんだかあまりにも「想定していた通り」で、苦笑いが込み上げてきたのだった。

 さて、今回は安保関連法成立を受け、根本から任務が変わった自衛隊について、書きたい。というのも、法案成立直後、ある本を読み、非常に衝撃を受けたからだ。それは『自衛隊のリアル』 (河出書房新社)。著者は防衛大学校を卒業後、毎日新聞の記者となった瀧野隆浩氏。長年にわたる取材を通して、自衛隊の変化を非常に丁寧に追っているのだが、中でも私がもっとも衝撃を受けたのは、イラク派遣の際、自衛隊は「死の制度化」を完了した、という事実だ。
 イラク派遣から半年が過ぎた頃、日本人の選挙監視ボランティアと文民警察官が相次いで殺害されるという事件があった。同時期、陸自は極秘裏に「死者が出た場合の遺体収容方法などの検討を開始していた」という。ちなみに、イラクには死者が出た時のための棺桶が持ち込まれていたのは有名な話だが、他にも検討すべきことは多岐にわたった。
 以下、本書からの引用だ。

「現場から中継地、そして帰国までに遺体を後方の安全な場所に搬送する方法。羽田空港での出迎え態勢。その参列者リスト。首相は無理か。だが最低でも、官房長官の出迎えはほしい。『国葬級』の葬儀が可能かどうか。場所は東京・九段の武道館でいいのかどうか。空いている日程は絶えず掌握された。武道館というのは、意外にも『仮押さえ』が多くて、融通が利くことを担当者は初めて知った。そして医官・衛生隊員は順次、『エンバーミング』と呼ばれる遺体保存・修復の技術を関西の葬儀社で研修させた。傷んだままの遺体では、帰国させられるはずもなかった。部内ではそれらのことを『R検討』と呼んでいた」

 今から約10年前、イラク派遣の時点で、ここまで想定されていたのである。イラクでは、奇跡的に死者は出なかった。そのことを著者は「僥倖」と書く。迫撃砲、ロケット弾による宿営地への攻撃は実に13回。また、陸自の車列はIED(即席爆破装置)による攻撃を受けている。車は横転、ドアは陥没するものの、「数分の1秒のズレ」によって免れた人的被害。これはたまたま、本当に奇跡的に「狙いが外れた」だけだった。
 本書では、帰国後、一人の指揮官がこう語っている。

「なかなか苦しかった。でも、考えてみれば、俺たちはとても運があるんだ。そう思うことにして、隊員たちにも繰り返しそう伝えた」

 いや、「運がある」とか、そういう問題じゃないから! そう突っ込みたくなるのは私だけではないだろう。

 とにかく、これがイラク派遣のひとつの実態なわけだが、今後、自衛隊の危険は更に増すはずだ。そんなの怖いから辞めたい、と思っても、そう簡単にはいかないらしい。元自衛隊レンジャー部隊の井筒高雄氏の『自衛隊はみんなを愛してる!』(青志社)によると、自衛隊員は、防衛出動の命令が出ている時に退職することはできないという。

「後方支援の出動命令が下された瞬間から、今回の安保法案で改正された自衛隊法によって、戦場への出動拒否も自衛隊を辞めることもできません。いずれも7年の懲役・禁固刑が待っています」(『自衛隊はみんなを愛してる!』より)

 安保関連法が成立した現在、「死の制度化」にまつわるもろもろは、更に細かい想定がなされているはずだ。
 想像したくないけれど、もし、誰かの命が失われてしまったら。
 羽田空港で首相が迎え、武道館で盛大に国葬が開催され、「戦死者」の美談がメディアを覆い尽くし、「国のために戦い、命を落とした若者」の物語をみんなが知りたがり、みんなが消費したがる――。そんな光景が浮かんでくる。手記なんかも出版されるかもしれない。その死は「美しい物語」としてこの国の隅々にまで共有され、少しでもそんな空気に異議を唱えようものなら「非国民」扱い。安保関連法そのものや自衛隊派遣に異議を唱える人は「国のために戦った若者の死を冒涜する血も涙もない人間」と猛烈なバッシングに晒されるかもしれない。

 戦死者が出る日。安保関連法が成立した今、それは現実的に考えなければならないことになった。「そんなこと考えたくもない」と言ったところで、国や自衛隊は10年前の時点で武道館のスケジュールまで把握し、隊員はエンバーミングの研修まで受けているのだ。
 私だって、決して考えたくはない。しかし、国会で法案が審議されている時から、ずっと思っていた。もしその時が来たら、私は口を閉ざすことなく、何かを言えるのだろうか。というか、一体、何を言えばいいのだろうか。遺族や関係者などの気持ちを思うと、ただただ言葉を失うばかりではないだろうか。
 だけど、日本中が「戦死」という事実の前に思考停止したり、過剰な報復ムードに包まれたりした場合、微力でも、そんな空気には抗いたい。そのためには、どんな言葉を紡げばいいのだろう、と。

 この国の、多くの人が今まで想像すらしなかった「戦死者」との向き合い方。
 そんなことまで考えなければならないのが、安保関連法成立後の世界なのだ。

 

  

※コメントは承認制です。
第356回 これからの「戦死者」との向き合い方〜イラク派遣で完了されていた「死の制度化」〜の巻」 に4件のコメント

  1. magazine9 より:

    安保関連法案によって、命を危険にさらす可能性が最も高まったのが自衛隊員です。以前、安保法案の問題点について寄稿してくださった伊勢崎賢治さんの記事でも、政治的な利用のために「自衛隊員が殉職するのを待っているんじゃないか」という懸念が示されています。しかし、自衛隊員自身は政治活動が禁止されていて、安保法制に関する意見をのべることができません。このままなしくずしに「戦死者」を出してしまうのか――その前にもっと私たちがこのことを真剣に取り上げていく必要があります。

  2. 酒匂宏樹 より:

    「戦死者」が出た場合には、どんなに逆風が強くとも、「もう戦死者が出ないようにしましょう」と言おうとおもいます。

  3. イラクに関していうなら、そういうことじゃなくて、イラク戦争後、日本も協力して作り上げた「民主的な政権がイスラム国を生み出した」ということが一番重要だと思います。つまりイスラム国を生み出した責任の一端は日本にもあるということ!

  4. James「反戦ネットワーク(2002/08)」賛同 より:

    イラクならびにシリア(当地のひとは自国を「スーリア」と呼称するとのこと)の情勢は、ほんとうに痛ましい。とくに諸外国政府による空爆がさらに事態を破滅的にしているようにおもわれる。
    空爆によって破壊されたシリアの都市街区の光景写真を見たが、爆撃でいわば「焼き殺された」建物の骸骨の林立とでもいふべきありさまである。シリアがなぜここまで破壊されてしまったのか?ペルシャ湾岸の天然ガス井からのパイプラインをシリア領内を通過させて地中海沿岸部に到達させたいといふ目論見が背景にあるらしい。ときにシリア現地情勢とくに諸外国軍による作戦空爆の実際ないし実情については、国営ラジオ「ロシアの声/Sputnik」HP所収の報道記事にみると参考になります。ここ日本国内の主要メディア報道ではおよそ及ばない事共をうかがうことができます。(第2稿)

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雨宮処凛

あまみや・かりん: 1975年北海道生まれ。作家・活動家。2000年に自伝的エッセイ『生き地獄天国』(太田出版)でデビュー。若者の「生きづらさ」などについての著作を発表する一方、イラクや北朝鮮への渡航を重ねる。現在は新自由主義のもと、不安定さを強いられる人々「プレカリアート」問題に取り組み、取材、執筆、運動中。『反撃カルチャープレカリアートの豊かな世界』(角川文芸出版)、『雨宮処凛の「生存革命」日記』(集英社)、『プレカリアートの憂鬱』(講談社)など、著書多数。2007年に『生きさせろ! 難民化する若者たち』(太田出版)でJCJ賞(日本ジャーナリスト会議賞)を受賞。「反貧困ネットワーク」副代表、「週刊金曜日」編集委員、、フリーター全般労働組合組合員、「こわれ者の祭典」名誉会長、09年末より厚生労働省ナショナルミニマム研究会委員。オフィシャルブログ「雨宮日記」

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