雨宮処凛がゆく!

 パナマ文書が世界を騒がせている。
 タックスヘイブンにおける富裕層の税金逃れの実態が、白日のもとに晒されつつある。
 そんなパナマ文書について記者会見を行ったのは4月末のこと。第2弾の、21万社以上の法人名などが公開される前のことだ。

 で、なんでお前ごときがパナマ文書で記者会見なんかしてんの? と思った人も多々いると思うので、そして自分自身が一番強くそう感じているので、ここで改めて説明したい。
 それは、この10年、貧困問題に取り組み続けてきたことに密接な関係がある。「財源不足」を理由に、削減され続けてきた社会保障費(年間3000億〜5000億円)。年金、医療、介護、保育、そして生活保護費などの分野で次々と引き下げや自己負担増が進められ、貧困率は16.1%と過去最悪。その上、消費税増税の影で大企業への税負担は軽くなるなど「再分配」の構図はいびつになるばかり。

 今まで、生活保護、年金、障害者支援、そして非正規雇用、ホームレス問題、奨学金問題など、ありとあらゆる分野での「貧困対策」を求めて声を上げてきた。政府に対してだ。しかし、いくら訴えても返ってくるのは「財源がない」。
 ある時期から、貧困問題をテーマとするデモや集会では「人の命を財源で語るな!」というプラカードが登場するようになった。この連載を遡っても、そんなプラカードを発見できるはずだ。しかし、いくら訴えても状況は一向に改善の兆しすらない。

 このように、長らく貧困問題に取り組む人々は「財源論」に苦しめられてきた。
 ならば、自分たちで「公正な税制」のあり方を考え、求めていこうではないか。ということで昨年5月に結成されたのが、「公正な税制を求める市民連絡会」。呼びかけ人には奨学金問題の第一人者・大内裕和氏やジャーナリストの竹信三恵子氏の名前もある。そうして私は宇都宮健児氏らとともに共同代表に就任。この1年、タックスヘイブンなどについての勉強会を重ねてきた。
 そうして会が設立一周年を迎える頃に出てきたのが、パナマ文書だったというわけだ。

 「でも、タックスヘイブンなんて言われてもよくわからないし実感もない。トンデモない富裕層がどこかすごーく遠い国で私たち庶民には想像もつかないことしてるって感じ」

 そんなふうに思う人もいるだろう。現在、世界の上位62人が、世界の下位50%の35億人と同じだけの富を独占しているという。この62人の数は、2010年には388人だった。それほどに急速に、グロテスクなほど「格差」は広がっているのだ。持てる者が更に富を独占するようなシステムが既に構築されているのである。その蓄財に、タックスへイブンは欠かせない存在だ。

 共に記者会見をし、『タックスヘイブンに迫るー税逃れと闇のビジネス』(新日本出版社)の著書がある合田寛氏は、「世界」6月号の「パナマ文書が浮き彫りにしたオフショア・ヘイブンの秘密世界」で、タックスヘイブンの特徴として以下のように書いている。

1 非居住者に対する税がゼロか、名目的な税のみ、2 秘密性の提供、3 緩い法規制、4 不十分な情報交換などがあげられる

 また、話題のモサック・フォンセカにも触れている。

モサック・フォンセカは顧客のためにペーパーカンパニーを設立し、名目社長を提供するという、いわば秘密を売るビジネスに特化した法律事務所であった。

 オフショア(タックスヘイブンとほぼ同意語、以下も登場するので覚えておいてほしい)にペーパーカンパニーを作ること自体は違法ではない。が、なぜ、そんなことをするのか。

 それは正当に獲得した資金であっても不法に課税を逃れるためか、もしくはそもそも違法な行為によって得た資金を隠し洗浄するためか、あるいは違法・不法な行為にともなう資金の流れを隠すためである。
 パナマ文書が明らかにしたことは、まず第一に政治家、富裕者、高級官僚が税を逃れるために、税のかからないオフショアに秘密裏に資金を蓄えたことである。しかしパナマ文書が明らかにしたことはそれだけではない。麻薬取引や武器の密輸など不法取引で得たカネを洗浄したり、不法国家に対する国際的制裁の抜け道や、テロ資金の通り道を提供するなど、重大な犯罪行為や違法行為に長年加担していた事実をも明らかにしている。

 そして合田氏は、「膨張したオフショア・ヘイブン」が、世界経済の安定や人々の生活にとって重大な脅威となりつつある現実に触れる。理由は以下。

 担税力のある富裕者や巨大企業が税を逃れる場を提供することによって、各国の財政基盤を掘り崩している。その結果、各国は財政危機に直面し、社会保障の縮小や公共サービスの低下をもたらす一方、逆進性の高い間接税への依存を強めている。

 一握りの富裕者だけが税を逃れることができることから、富裕者をますます富ませ、格差拡大をいっそう深刻にしている。

 途上国の主要財源は法人税であるが、進出した多国籍企業による不法な資金流出が、途上国の貧困とのたたかいを困難にしている。

 ね? 「関係ない遠い世界の話」じゃなくて、私たちの生活とむちゃくちゃ関係してるでしょ?
 ちなみに、タックスヘイブン問題にいち早く取り組んできたイギリスの市民団体「タックス・ジャスティス・ネットワーク」の推計によれば、タックスヘイブンに秘匿されている資金量は、日本の国家予算の30倍の3000兆円規模に及ぶという。また、タックスヘイブンであるケイマン諸島に日本企業が保有している投資残高は約65兆円。富裕層や大企業によるこれだけの巨大な税逃れが横行し、容認されてきたのである。
 財源がない? こういった富裕層や大企業からちゃんと税金を取れば、今回、政府が見送った給付型奨学金創設とか保育園問題とか、一発で解決しちゃうのでは? と思うのは私だけではないだろう。

 さて、そんなパナマ文書問題に憤っていたところ、嬉しいニュースが飛び込んできた。それは5月13日。生活保護にまつわる制度の運用が、見直されることとなったのだ。その内容は、と言えば、生活保護世帯の高校生が奨学金を受けた場合、大学の受験料と入学金に使っても保護費が減額されない、という運用。この問題についてはこの連載の353回「生活保護世帯の高校生に起きていること」でも書かせて頂いた。
 福島の高校生が奨学金14万円を受け取ったところ、福祉事務所が「収入」とみなしてその分の保護費を減額してしまったのだ。これでは奨学金を受けた意味がまったくない。高校生は、奨学金を大学進学のための塾や参考書代、修学旅行費にあてるつもりだったという。頭ごなしに「生活保護世帯なんだからダメ」というような、子どもの夢を奪う対応。「子どもの貧困対策法」も施行され、貧困の連鎖を断ち切るためには教育が必要、という社会の合意を思い切り無視するような福祉事務所には批判の声が上がり、そうして何人かの国会議員がこの問題を質問してくれた。山本太郎氏や田村智子氏だ。そうして5月13日、衆院厚生労働委員会で公明党議員が質問し、運用が見直されることが決まったのだ。
 こんなふうに、時々、小さな一歩に見えるかもしれないけれど、事態が動くことがある。そしてそんな「運用の見直し」で、救われた人の声を耳にすることがある。が、受験料と入学費用はOKとなったものの、いまだ授業料は減額の対象外だ。ここをどう突破するか。次の大きな課題ができた。

 さて、「財源がない」ことを理由として、3年間でたった十数万円の奨学金で生活保護費を減額され、夢を絶たれそうになった子どもがいる一方で、タックスヘイブンには徴税を逃れた巨大な富が蠢いているのである。「違法ではない」と開き直る人もいる。徹底した調査を求めたいし、道義的、倫理的にはどうなのかと問いつめもしたい。
 そんな生活保護の運用見直しがあった3日後、東京地裁ではある裁判が開かれた。安倍政権になってすぐ、生活保護基準が引き下げられたわけだが、この引き下げは憲法25条に違反する違憲・違法のものであるとして起こされた裁判だ。原告は32人。今、全国各地で「生活保護引き下げ違憲訴訟」が集団で行われている。

 さて、いろいろと書いてきたが、自分たちの生活と税制、パナマ文書問題がどう関わっているのか、より詳しく知りたい人は、5月22日13時から四谷で開催される「公正な税制を求める市民連絡会」の設立一周年記念集会にぜひ、足を運んでほしい。
 詳しいことはこちらで。
 もう、「財源論」には黙らされない。税制の問題は、民主主義の問題でもある。今月には、伊勢志摩サミットも開催される。議長国として、日本はタックスヘイブンの情報公開や徹底した調査などを率先して行うべきではないか。

 私たちで、公正な税制を考えていこう。

 

  

※コメントは承認制です。
第377回なぜ、私ごときがパナマ文書を語るのか〜「財源論」に苦しめられて早や10年〜の巻」 に6件のコメント

  1. magazine9 より:

    「財源がない」と言われると、「景気もあまりよくないし、そうなのかな?」とつい思ってしまいそうですが、政府の言葉を鵜呑みにせず、税のとり方から使い道まで、市民が現状をきちんと調べていくことがこれまで以上に大事になってきます。それは選挙制度にしても、安全保障の問題にしても同じこと。きちんと主張していくためにも、知識をみんなでつけていくことが必要です。

  2. どうせ税金払わないのなら、パルチザンとして闘う芳地さんに寄付するというは?
    たぶんこの文書が出てきたのは、そういうことが実際行われてるからなんだと思う。

  3. うまれつきおうな より:

    日本ではあまりこの件について怒りの声が大きくない気がする。もしかしたら特権階級だけでなく、一般市民も”不公正こそ伝統、秩序”という『ちょんまげ意識』が抜けないのかも。だがもしそういう身分制を容認するのなら今後「努力、勤勉、責任」という近代市民な要求は金輪際受け付けないと宣言してもいいと思う。もちろん戦は”お上のなさること”だから御大将自ら出陣していただく。官僚政治家の不祥事は当然切腹で。なにより税金払わない強欲で無責任な大商人は”いやしい者”として一段低い身分とする。もちろん一切政治的発言をさせない。「主権を返せ」と言われているのだから、最低限このくらい要求して当然だと思う。

  4. moriemon より:

    パナマ文章には、日本の大企業の名前も数多くあるようですが、これは、株主や社員にはどのように伝わっているのでしょうか。一般社員は感知出来ないとしても、一般株主には巧妙に隠されているとしたら、これは違法行為にはならないのでしょうか?
     それに、持ち株会社同士のインサイダー取引の可能性だって充分にあります。隠し資産を使っていきなり大事業を展開すれば一気に株価は上がりますから。
    「タックスヘイブン」自体が合法だとしても、その活用の仕方の方に違法性がある事も考えられますから、メディアはしっかりと全ての企業名を報道して、その会社の資産の実態を公表する義務があると思います。余談ですが、こういうことをきっかけとして、労組がしっかりと機能するようになってほしいと思います。

  5. 多賀恭一 より:

    一般市民に消費税を増税して、富裕層には課税逃れの制度を残しておく。
    国民の一人ひとり、すべてに記者会見を行う権利がある。

  6. asa より:

    このパナマ文書を逆手に取れば、「財源がない」と言ってくるならば、「大企業から容赦なく、どんどん税金や者海保家領をむしり取り、パナマ文書の公開により、タックスヘイブンに流されたお金については、アメリカが全てを没収してもらうことで、これとアメリカ国債と相殺してもらうことで、日本国債と相殺すれば、簡単に解決できることなのではないですか?」ということで応えていくしかないのでは?

    財界にしてみれば、自らが誇りを持って、どんどん涙を流し続けながら、どんどん税金や社会保険料を払い続けることを誇りとして、国際社会にどんどん見せつけていくことを誇りとするならば、財務省に置かれましては、「涙を流しながらも、たくさんの税金や社会保険料を払って頂きまして誠にありがとうございます。またタックスヘイブンのお金を、アメリカ国債ならびに日本国債との相殺にご協力して頂きまして、誠に有難うございます。今後とも、税金や社会保険料を、どんどん払い続けることを射誇りとして、国際社会に見せつけていくことを誇りとして頂くならば、グローバル競争には、もうどんどん敗北することもまた誇りとして、どんどん涙を流し続けながら、どんどん泣き寝入りをすることもまた誇りとして、どんどん見せつけていくことで、日本経済をどんどん沈没させることになろうとも、これ以上失うものは何もないし、どんどん中間層に没落して頂きますよう、どうぞよろしくお願い申し上げます」ということで応えていただくしかないのでは?

    これにより富裕層におかれましては、社会保険料については、どんどん払い続けることになる反面で、医療や介護などの公的サービスについては、どんどん必要な人たちに回すことにより、自らは必要最低限のサービスを遠慮することなく、受けることが出来る様になることを誇りとするならば、これが差別だといったところで、差別でもなんでもありませんし、富裕層であれば、これくらいのことは幾らでも出来て当然のことだということを誇りと知るならば、これこそを国際社会にどんどん見せつけてくだされば、これだけで構いませんから、ということで、そっと静かに暖かく見守りながら、これに応えていくしかないのでは?

    逆に、最低賃金をどんどん底上げすることにより、これを生活保護受給額をはじめとする公的給付の上限とするならば、最低賃金を下回る分については、公的給付を遠慮することなく受けることが出来る様になることで、医療や介護などのサービスについては、どうぞ遠慮することなく、どんどん受けて下さい、ということで構わないし、公的給付を受ける必要もなく、必要な医療や介護などの公的サービスについては、必要な時に遠慮することなく、受けることが出来て、税金や社会保険料については、必要に応じて負担することが出来て、幸せに暮らすことが出来る様になることを誇りとして、これを個人主義のベースとして、国際社会にどんどん見せつけていくことを誇りとしていけば、アベノミクスにより円をドルと無理心中させることもなく、日本の1%がアメリカの1%と無理心中して頂くことで、公共の利益に繋がるのならば、反ってこれほど喜ばしいことはどこにもないのではないかとさえつくづく感じるのですが?

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雨宮処凛

あまみや・かりん: 1975年北海道生まれ。作家・活動家。2000年に自伝的エッセイ『生き地獄天国』(太田出版)でデビュー。若者の「生きづらさ」などについての著作を発表する一方、イラクや北朝鮮への渡航を重ねる。現在は新自由主義のもと、不安定さを強いられる人々「プレカリアート」問題に取り組み、取材、執筆、運動中。『反撃カルチャープレカリアートの豊かな世界』(角川文芸出版)、『雨宮処凛の「生存革命」日記』(集英社)、『プレカリアートの憂鬱』(講談社)など、著書多数。2007年に『生きさせろ! 難民化する若者たち』(太田出版)でJCJ賞(日本ジャーナリスト会議賞)を受賞。「反貧困ネットワーク」副代表、「週刊金曜日」編集委員、、フリーター全般労働組合組合員、「こわれ者の祭典」名誉会長、09年末より厚生労働省ナショナルミニマム研究会委員。オフィシャルブログ「雨宮日記」

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