ひとみの紐育(ニューヨーク)日記

1987年からニューヨークで活動しているジャーナリスト・鈴木ひとみさん。日本国憲法制定にかかわったベアテ・シロタ・ゴードンさんを師と仰ぎ、数多くの著名人との交流をもつ鈴木さんが、注目のアメリカ大統領選挙をめぐる動きについて、短期連載でレポートしてくれます。

*タイトルの写真は、紐育に於ける東洋と西洋の出会いの名所、ブルックリン植物園内の日本庭園。昨年から今年6月まで100周年記念祭を開催(2016年3月30日撮影)。戦前、戦後、二度の放火を経て、紐育っ子達と収容所を出た日系人達が共に再建に尽力した、北米最古の公共施設。

第1回

2016年の「アメリカン・ウェイ」

 アメリカ合衆国。様々な人種や文化、伝統を持つ民衆の連合である、巨大国家。
 この国を初めて訪れたのは1976年、大学1年の時だった。シアトルの、今では世界的チェーンとなった小さな店でコーヒーを頼んだ時、アメリカは豊かな国、飲み物すらサイズが違う、と驚いた。
 そして1980年、初の紐育(ニューヨーク)。食料品屋でサンドイッチを注文すると、店主がパンやチーズの種類、マヨネーズかマスタードか両方か、レタスは、トマトは、と矢継ぎ早に聞く。たじろぐ私に、彼は「アメリカン・ウェイ、この国のやり方とはチョイス、選択権ある生活だ。一方的な押し付けを受け入れず、人の意見に左右されず、自分の考えで好みを選び、はっきりと口にするのさ」と教えてくれた。
 民主党穏健派カーター大統領の時代から40年余り。この11月の米大統領選を前に、政治家経験が皆無の実業家が、5月末、共和党候補指名を確実にした。ヘイト、差別や侮蔑に満ちたその暴言、偽言が世界を揺るがし、先の主要国首脳会議(伊勢志摩サミット)では、オバマ米大統領が「(国際情勢を無視した発言に)、彼ら(G7、主要7カ国の首脳)は動揺している」と、異例ともいえる発言をした。
 この69歳の実業家は、「アメリカを再び偉大な国に」との旗印を掲げる。紐育市クイーンズ区生まれの彼は、父親が始めた不動産業を継いだ二代目。その日本叩きは今始まったことではなく、80年代の日本バブル経済期、今も彼がオフィスを構える紐育五番街の持ちビルに、反日ポスターが掲げられたのを覚えている。その半面、ブランドたる彼の名が付けられた不動産物件は、日本企業や駐在員達に人気だった。「日本をバッシングする反面、お得意さんの店子、と彼らから入居費をプレミアムで巻き上げる。裏表、二面性を使い分けるビジネスマン」との評判が地元、紐育っ子達の間であったのも忘れられない。
 持つものと持たざるもの。2016年の「アメリカン・ウェイ」は、見事に二分化、両極化したように見える。
 「ゲット・リッチ・クイック」早く手軽に金持ちに、それがアメリカン・ドリームさ、とばかり、拝金教の教祖様的な笛吹きを崇め奉る人達と、オバマ大統領8年間の現路線を継続する民主党候補の支持者。しかし、両候補ともに好感度も人気も芳しくない。「選択不可能。どちらも選べない。だが棄権は出来ない」と悩む人々。現時点での候補間のせめぎあいを見る限り、その泥仕合はこの先、ますます醜く、混沌化するだろう。
 ガイジンとして、アメリカを出入りする私には、この実業家が出馬宣言をした昨年夏以降、日常生活に於ける差別のトゲが増殖中なのが痛い。だが、帰国し、ほっとしたのもつかの間、何とも言えない虚無感と刹那的な気分にとらわれ、「お上の事には間違いはございますまいから」という森鴎外の「最後の一句」に思わず手が伸びるのも、ひとつの憂い事だ。

クリスマス商戦で賑わう紐育の雑踏で。今は値段が上がっているはず
(2015年12月20日 撮影:鈴木ひとみ)

 

  

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第1回 2016年の「アメリカン・ウェイ」」 に1件のコメント

  1. magazine9 より:

    日本でも大きな関心事となっている2016年アメリカ大統領選挙の行方。「トランプが大統領になったら、もう帰らないわ」そういって嘆く在日アメリカ人の声を聞く一方で、じりじりと支持率を上げているトランプ候補者。一体何がどうなっているの? 
    マスメディアからは聞こえてこない、大統領選挙をめぐるアメリカ市民の声などを、鈴木ひとみさんのレポートでお伝えする新連載。7月の参院選までは、がんばる日本の市民・マガ9読者へのエールの意味も込めて、ほぼ毎週お届けしたいと、鈴木ひとみさん。日米市民、一緒になって GO VOTE ! そんな心持ちでのスタートです。次週もお楽しみに!

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鈴木ひとみ

鈴木ひとみ
(すずき・ひとみ)
: 1957年札幌生まれ。学習院女子中高等科、学習院大学を経て、80年NYに留学。帰国後、東京の英字紙記者に。87年よりNYで活動。93年から共同通信より文化記事を配信、現在に至る。米発行の外国人登録証と日本のパスポートでNYと東京を往還している。著書『紐育 ニューヨーク!』(集英社新書)。
(Photo: Howard Brenner)

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