ひとみの紐育(ニューヨーク)日記

1987年からニューヨークで活動しているジャーナリスト・鈴木ひとみさん。日本国憲法制定にかかわったベアテ・シロタ・ゴードンさんを師と仰ぎ、数多くの著名人との交流をもつ鈴木さんが、注目のアメリカ大統領選挙をめぐる動きについて、短期連載でレポートしてくれます。

*タイトルの写真は、紐育に於ける東洋と西洋の出会いの名所、ブルックリン植物園内の日本庭園。昨年から今年6月まで100周年記念祭を開催(2016年3月30日撮影)。戦前、戦後、二度の放火を経て、紐育っ子達と収容所を出た日系人達が共に再建に尽力した、北米最古の公共施設。

第3回

女性初の大統領候補誕生と米国史上最悪の銃射殺事件

 アメリカ史上最悪の銃射殺事件が発生した。6月12日午前2時過ぎ(日本時間同日午後3時過ぎ)、米南部フロリダ州オーランドにあるLGBT(性的少数者)向けのナイトクラブで、男が自動小銃を乱射し、49人が死亡。多数の重傷者を出したのだ。
 6月は米のLGBTプライド月間でもあり、ヘイト・クライム(憎悪犯罪)の疑いが強まっている。クラブに立てこもった容疑者の男(29)は、警察との銃撃戦の末に射殺され、FBIはテロ事件として捜査に乗り出した。
 事件の衝撃は世界に広がり、12日夜(米時間)、紐育(ニューヨーク)のクリストファー・ストリート、サンフランシスコのカストロ・ストリート、パリ、ロンドンなどで追悼集会が行われ、この原稿を書いている13日も続いている。また、オバマ大統領は「テロ行為」と事件を糾弾。13日(米時間)には、国連の安全保障理事会が、LGBTの人々を標的にしたテロ攻撃を「最も強い言葉で非難する」と声明した。
 この事件で、テロと銃規制の問題は、米大統領選での論戦に再浮上した。
 折しも、6月7日夜(日本時間8日午前)、カリフォルニア州など主要5州で行なわれた民主党予備選で、ヒラリー・クリントン前国務長官(68)は、同党の指名獲得に必要な代議員数を確保。米国初の女性大統領の座へと、大きな一歩を踏み出している。
 「私達は大切なマイルストーンにたどり着きました。この国の歴史上初めて、女性が主要政党の大統領候補になるのです」とは、6月7日夜(日本8日午前)の紐育市ブルックリン区に於ける彼女の演説だ。
 フロリダ州オーランドでは、銃乱射事件前の10日夜にも、米NBCテレビのアイドル・オーディション番組から誕生した女性歌手が、ファンと見られる男に銃で殺され、容疑者はその場で自殺する事件があった。12日の乱射事件直後から、クリントン候補は銃規制を強く訴えているが、その反面、共和党のトランプ候補は、「銃は自分の身を守るために必要」と主張する有力団体、全米ライフル協会(NRA)の支持を獲得しており、乱射事件後も銃規制に反対する姿勢を崩さず、両候補の対立が強まっている。
 全米で規制が最も厳しい州のひとつである紐育州。その紐育市郊外に住むクリントン氏のお膝元である紐育の女性達、特に女子校や女子大系出身者の多くは、彼女に対し、冷淡でクールな態度を見せている。
 紐育は働く女性の街。ヒラリーは究極のワーキング・ウーマン、キャリア・レディたるイメージが強いのに?
 「銃規制は大事な問題だが、彼女の態度がひとつ煮え切らない印象がある。政策に新しいものは全く感じられないし」(60代)
 「女性初の、とフェミニズムを売り物にするところに、彼女の夫、クリントン元大統領と同じような胡散臭さを感じる」(50代)
 「2008年の大統領予備選で、オバマ氏に対する敗退を認めた時の演説の方が、よっぽど感動的だった。今回はその改訂版。何だかひとつ盛り上がらない」(40代)
 「彼女は古い政治エスタブリッシュメントの象徴よ」(30代)
 紐育には、彼女が「落下傘候補」として、2000年にホワイトハウスから同州に住居を移し、州の上院議員として立候補したのを忘れない人が多くいる。つまり、彼女は生粋のニューヨーカーではない「よそ者」で、大統領夫人としての立場を利用したのだ、という意見があるのだ。
 弁護士。南部アーカンソー州知事となったパートナー、ビル・クリントンの知事夫人(1983−1992)。彼が第42代大統領に就任すると、米国のファースト・レディとなり(1993−2001)、医療保険の改革に取り組む。政治家としては、紐育州選出の上院議員を2期務めた(2001−2009)。2007年には、大統領選挙の指名争いに敗れたものの、政敵だったオバマ大統領の要請を受け、国務長官になる(2009−2013)。
 「彼女はアンビシャス。政治の世界を熟知し、何事をも利用する野心家。だから、上院議員在籍中に周囲を説得し、銃規制法の改革が出来るのではと期待したが、状況は悪化するばかりで、がっかりだ。重い心で彼女に投票する」と、70代の女性。
 「そもそも、『(クリントン候補が)代議員の過半数を確保、党指名を確実に』と、5州予備選の投票前夜6日にAP通信が見切り配信したのは、大きな間違いだ」と語るのは、紐育州の民主党代議員のひとり(70代)だ。
 「今回の選挙は、やらせ、不正操作、とシステムそのものに不信感を抱く一般人がたくさんいるのに。とても違和感がある」
 「ビル・クリントンが大統領だった時代、彼は数字にとても強く、経済は潤ったが、その半面、政治献金問題など金に汚い、とのイメージが根強くあった。ヒラリーはその路線の継承、としか思えない」
 「米国は豊かな国なのに、ごく一握りの人達が『富』を独り占めしている。その他、多くの人々は日々の生活に苦しみ、路頭にさまよう老人やお腹を空かした子どもたちが増えている。政治とは、弱者を救い、人々の生活を守るためのものではないか。今の姿は、本来のアメリカ合衆国のものではない」
 米国は1776年に独立した若い国。振り子が右から左へと揺れ、決して真ん中では止まらない。それが真新しく、青臭く、眩しくもある。米国は革命の国でもある。故郷を去り、新天地での生活を夢見た人達が、新しい価値観を作り上げた国。そして、米憲法修正第2条により、銃の保持、携帯だけではなく、売買の権利も保護される国だ。ますますし烈になる米大統領選を外国人として傍観しつつ、一有権者として、自分の国にどう貢献出来るのか、私は考え続けている。

クリントン元国務長官の、女性初としての米大統領候補指名が確実になった翌朝、タイムズスクエアで、クリントン候補が表紙になった週刊ニューヨーク誌を眺める、通勤途中の女性
(2016年6月8日 撮影:鈴木ひとみ)

 

  

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第3回 女性初の大統領候補誕生と米国史上最悪の銃射殺事件」 に1件のコメント

  1. magazine9 より:

    状況がめまぐるしく変化するなか、今週も紐育から最新情報を届けてくださいました。経済、雇用、銃規制、テロ対策など、さまざまな角度から候補者の資質が問われる米国大統領選。外交にも大きな影響を及ぼすだけに、日本にとっても他人事ではありません。アメリカ国民の本音を知ることができる、貴重なレポートです。ぜひ来週もお楽しみに。

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鈴木ひとみ

鈴木ひとみ
(すずき・ひとみ)
: 1957年札幌生まれ。学習院女子中高等科、学習院大学を経て、80年NYに留学。帰国後、東京の英字紙記者に。87年よりNYで活動。93年から共同通信より文化記事を配信、現在に至る。米発行の外国人登録証と日本のパスポートでNYと東京を往還している。著書『紐育 ニューヨーク!』(集英社新書)。
(Photo: Howard Brenner)

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