ひとみの紐育(ニューヨーク)日記

1987年からニューヨークで活動しているジャーナリスト・鈴木ひとみさん。日本国憲法制定にかかわったベアテ・シロタ・ゴードンさんを師と仰ぎ、数多くの著名人との交流をもつ鈴木さんが、注目のアメリカ大統領選挙をめぐる動きについて、短期連載でレポートしてくれます。

*タイトルの写真は、紐育(ニューヨーク)に於ける東洋と西洋の出会いの名所、ブルックリン植物園内の日本庭園。昨年から今年6月まで100周年記念祭を開催(2016年3月30日撮影)。戦前、戦後、二度の放火を経て、紐育っ子達と収容所を出た日系人達が共に再建に尽力した、北米最古の公共施設。

第5回

文明の闘い~両極化していく米国~

 私達は、激動の時代を共に生きている。
 先週お伝えした、米史上最悪の銃乱射事件後、米連邦議会では銃規制強化の法案を求める上院、下院の民主党議員達が、下院の本会議場で22日、座り込みの抗議を25時間続けた。1960年代の公民権運動を彷彿とさせる行動だったが、米国内を吹き荒れる暴力的傾向の象徴、とも言える銃暴力問題は、収まる様子を全く見せない。
 そして、英国EU(欧州連合)離脱の衝撃。英国民投票に於ける、EU離脱派の勝利を受け、オバマ米大統領は「英国民は民意を示した。我々は彼らの判断を尊重する」との声明を24日、発表した。
 だがその後、26日付のロイター電によれば、残留支持派だったオバマ大統領は、24日の勝利を受け、英キャメロン首相と電話会談した際、「参ったな」と開口一番に話し掛けた、という。これを明らかにしたのは、ライス米大統領補佐官だ。
 この英国民投票の結果を踏まえ、24日、バイデン米副大統領は訪問先のアイルランド・ダブリンの大学でスピーチ。共和党の大統領候補指名が確定しているトランプ氏の名を挙げずに、「ゼノフォビアをあおる煽動政治家や、ヨーロッパや他の国々で、世界的に広がるナショナリズム、孤立主義に対し、警告する」と訴えた。
 ゼノフォビアとは、外国人や、異なもの、アウトサイダーに対する嫌悪、恐怖症。外国語や、外国のもの嫌い。未知のものや人に対する嫌悪、憎しみ、恐怖。
 この単語こそ、今の私達を取り巻く世界を一言で表現できる言葉ではないだろうか。
 そして、私達は、不確定で不透明な先行き感を世界的に共有しているのではないか。
 ユートピアとディストピア。
 楽観論と悲観論。
 2008年、当時米上院議員だったオバマ氏が大統領候補になった時、「彼が大統領になると、米国内の人種差別意識が強まり、私達はみな、各自の肌の色により気をとらわれがちになるだろう」との憶測が知識層をはじめ、一部の一般層の間にあった。
 これは、イギリス領アメリカ植民地の時代から、南部の農業生産を担う手段として、アフリカから連れてこられた奴隷達が使われていた歴史に起因する。今はリベラルな街、紐育でも、英国領下の植民地時代初期から、奴隷売買が盛んに行われていた。1790年の米連邦政府初統計によれば、記録に残るだけで黒人奴隷が2369人いたし、ダウンタウンの市庁舎そばには、17世紀から18世紀の黒人奴隷埋葬地がある。
 この奴隷制度は、南北戦争(1861〜1865)によって廃止されるまで続いたが、「この国では、黒人の血が一滴でも入っていたら、その人間は黒人とみなされる」(アフリカ系アメリカ人、60代女性)との言葉通り、肌に色がついた者を見下す姿勢は今でも残っている。
 そんな歴史背景から、「イエス、ウィー・キャン」私達には出来る、という楽観主義の合言葉と共に、米初のアフリカ系アメリカ人の大統領が誕生したのは、新天地アメリカならではの「民主主義政治」革命、といえるのではないか。
 その、オバマ氏就任から8年。私達地球人、そしてアメリカ人の中の差別、侮蔑意識はどう変わったのか。進化したのだろうか。それとも退化、劣化したのだろうか。
 オバマ大統領は、ケニア出身の留学生だった父と、学者である米カンザス州出身の 白人の母を持ち、ハワイで生まれた。その任期初めから「彼はアメリカで生まれた米国人ではない。ゆえに、大統領になる資格はない」と主張する人々がいた。
 いわゆる「バーサー(birther)運動」だ。
 大統領が出生証明書を公開しても、静まる勢いを見せなかったこの運動の先頭に立ったのがトランプ氏、そして運動を擁護したのが共和党だった。
 今、米国は様々な形で両極化、二分化、分断化している。前回、映画『國民の創生』(1915年米公開)について触れたが、あの映画で描かれた南北戦争は、英語で「Civil War」。面白いのは、civilized とは文明化した、教養の高い、礼儀正しい、公共心のある、という意味で使われる一方、uncivilizedとは野蛮な、未開の、洗練されていない、という意味に使われる。
 そんな意味では、今、私達の周りにある世界は、各国、そして個人レベルに於ける「文明の闘い」ではないだろうか。 
 何だかんだと偉そうに言葉を並べ、色々考えこんでしまったが、米国は巨大な国だ。
 米国と日本を行ったり来たりする回数や、年数が増えるほど、まるで大きな象を撫で回して、ひとりいい気になり、分かったふりをしている感が抜けない。老眼鏡を掛けていても、何も見えていない己の愚鈍さを恥じる。
 ただひとつ言えるのは、米国にはアメリカン・オプティミズム、楽観主義があることだ。
 ジョージ・W・ブッシュ(共和党)が大統領に再選された2004年、「しょうがないわ。あと4年待てば、新しい世界が開けるわよ。それまでの我慢ね」と笑ったのは、カリフォルニア州で生まれ、幼少時を収容所で過ごした日系2世の女性だった。
 「どんなに酷いことがあっても、いつも、この先に何か明るいサプライズが待っている、と思って生きてきた。だから大丈夫」と言ったのは、オーストリアのウィーンに生まれ、戦後、英国を経て米紐育にたどり着き、米国に帰化したホロコーストの生き残り、今は亡き精神分析医の女性だった。
 そして今、南アフリカ生まれの黒人が父で、母は米南部出身の黒人、紐育で生まれた30代末、専門職の女性は言う。
 「確かに、オバマ氏が大統領になってから、みんな肌の色やルックスを余計意識するようになった。でも、自分の肌の色や、この顔を変えることは出来ないでしょ。自分をあるがままに受け入れるしかない。(トランプ候補の人気で)あからさまに差別されるようになって、こんなに滅茶苦茶な世の中は今までかつてない、と思えるほど、ひどい世の中になったと思う。だけど、今がどん底で、ここから先は上に昇るしかない、と考えるようにしている。そのためには、候補者をきちんと見極め、現状を良い方に変えてくれそうな人に、きちんと投票したいわね」。

ブルックリン、ヒラリー・クリントン候補の選挙本部に近いフォート・グリーンにある、生活困窮者のための支援団体入り口、ヒラリー支持と難民歓迎のポスター(2016年6月 撮影:鈴木ひとみ)

 

  

※コメントは承認制です。
第5回 文明の闘い~両極化していく米国~」 に2件のコメント

  1. magazine9 より:

    英国ではEU離脱派が国民投票で勝利。しかし、その後「こんなはずではなかった」という離脱に票を投じた英国民からのコメントなども聞こえてきています。ますます不安定な要素が広がるように見える社会のなかで、ゼノフォビアなどのあおりに流されることなく、どうしたら私たちは冷静な目を保ち続けられるのでしょうか――米国や欧州の動きに、近づく日本の参院選のことを重ねて思わずにはいられません。

  2. 多賀恭一 より:

    英国のEU離脱は、結局、英国が泣いてEUに帰ることになるだろ。
    フランスはすでにドイツのプードルであり、イギリスもドイツのブルドッグになるのだ。そして、ロシアはドイツに食べられている。既にウクライナは西半分が食べられてしまった。東方生存圏はヒトラーの夢であったが、今、その夢を見るドイツ人が一人もいないにもかかわらず、ヒトラーの夢が実現しそうである。歴史は皮肉と悪意でできている。

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鈴木ひとみ

鈴木ひとみ
(すずき・ひとみ)
: 1957年札幌生まれ。学習院女子中高等科、学習院大学を経て、80年NYに留学。帰国後、東京の英字紙記者に。87年よりNYで活動。93年から共同通信より文化記事を配信、現在に至る。米発行の外国人登録証と日本のパスポートでNYと東京を往還している。著書『紐育 ニューヨーク!』(集英社新書)。
(Photo: Howard Brenner)

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