ひとみの紐育(ニューヨーク)日記

1987年からニューヨークで活動しているジャーナリスト・鈴木ひとみさん。日本国憲法制定にかかわったベアテ・シロタ・ゴードンさんを師と仰ぎ、数多くの著名人との交流をもつ鈴木さんが、注目のアメリカ大統領選挙をめぐる動きについて、短期連載でレポートしてくれます。

*タイトルの写真は、紐育(ニューヨーク)に於ける東洋と西洋の出会いの名所、ブルックリン植物園内の日本庭園。昨年から今年6月まで100周年記念祭を開催(2016年3月30日撮影)。戦前、戦後、二度の放火を経て、紐育っ子達と収容所を出た日系人達が共に再建に尽力した、北米最古の公共施設。

第6回

投票に行かなくっちゃ

 いつ、どこで、誰が、何をするか分からない、無差別殺人、テロの不気味さと恐怖。私達の頭上に重く垂れこめる灰色の曇り空のように、晴れることのない、どんよりとした、なんとも言えない重苦しい気持ち。不確実性の時代と虚無感、そして、自己保身。
 はじめに、バングラデシュの首都ダッカの飲食店で、7月2日未明に発生したテロ事件で亡くなった人質20人の方々に、心からご冥福をお祈り申し上げます。
 日本人犠牲者7人の棺が、日本時間5日朝、羽田に帰国した映像を前に、言葉に言い尽くせない、やるせない気持ちでいっぱいです。
 この他にも、3日にはイラクの首都バグダッドで爆弾テロがあり、死者157人と過去1年の間で最悪の規模(4日現在、AP電)。4日(日本時間5日未明)には、サウジアラビアにあるイスラム教の聖地、メディナで自爆テロがあり、治安当局者4人が死亡したと、中東のカタール政府が出資する衛星テレビ局、アルジャジーラが報じています。
 今、梅雨空の下、やっと自分の国に戻れたのに、私の心は晴れません。いつもならば、成田空港に帰ってきた途端、「お帰りなさい」というエスカレーターの上の日本語表示に、ほっこりするはずなのに。ようやく自分の言葉を話せて、首までお風呂に浸かれて、自分の布団で寝られて、安心するはずなのに。
 それは、日本人として「自分の身は自分で守る、との心構えを持ち、安全対策に努めてください」(外務省、海外安全ホームページ)との言葉に従い、海外では常に危機感を持って行動していても、自分の国の現状とその行く末に対し、危惧の念を抱いているからです。
 私達の国は、いったいどこに向かって進んでいるのでしょうか。
 そして、私達一人ひとりの行く末は?
 「国家」「会社」「家族」。私達、社会の中の一ユニット、ひとつの単位である家族を見ても、家族の構成員である私達一人ひとりを考えても、今まであった秩序や倫理観、価値観が崩壊し、この危機に対応しなくてはならない、という自覚すら欠如しているような気がします。その結果生まれるのが、自己保身で、自分さえよければ、後はどうでもいい、とする態度と姿勢があります。
 でもね、こうやって偉そうなことを色々と並べ立てても、しょせんはただの人間。
 「あなたは女なんだから、掃除、洗濯、食事、親の世話をするのは当たり前。職業婦人ほど、独りよがりで、鼻持ちならない女はいない」と言う戦中派の母。「お前が悪いんだよ」と、仕事のストレスからか、怒鳴りまくる兄弟を前に、しかたがない、なるようにしかならない、長いものには巻かれろ、という虚無感すら感じ、ため息しかつけず、挙句の果てには、壁に向かって体育座りする還暦前の自分がいます。
 家族間の殺人や心中、心が痛む話の氾濫。
 私達、一体、どうしたら良いのでしょうか。
 ふと気が付くと、日本に限らず、欧米、アジア諸国と、周囲には同じように現況を嘆き、ため息を漏らしながら、ソーシャル・ネットワークを使って意見を分かち合える友達がいました。私達が共有しているのは、この世の中をなんとかしなくては、という、自国、そして世界に対する懸念です。
 「トランプ候補(共和党)も、クリントン候補(民主党)も心から信用できない。かと言って、棄権するわけにはいかない。最後の最後まで、彼らの発言や政策、行動をしっかり見届けて、投票ブースに入ってから決めるわ」と言うのは、20代の韓国系米人女性。
 「有権者達が、政治家の甘言に踊らされたらどうなるか、私の国がその好例だわ」と言うのは、60代の英国人女性。
 「英国EU残留を訴えたキャメロン首相(保守党)が辞意を表明し、離脱派のジョンソン元ロンドン市長は、保守党の次期首相候補を断念。残留派の先鋒だった右派独立党のファラージ党首も辞任を表明。離脱の責任を取りたくない、と、みんな逃げ出したのよ」
 そして、(右派保守の)ドゥテルテ比大統領が6月30日に就任、「嫌なことが起こらなければいいんだけど」と嘆くのは、フィリピン人、40代の女性。「汚職と犯罪を撲滅する、と言いつつも、粗野な行動と発言が心配。記者会見を拒否し続けているのも気になる」
 さてと、色々と考えあぐねても始まらない。動かなくっちゃ。投票に行かなくっちゃ。

「トランプに投票すると、くたばれ民主主義に。ヒットラリー・クリントンを大統領に」サンフランシスコにて、あの独裁者にひっかけた看板の落書き(2016年6月 撮影:鈴木ひとみ)

 

  

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第6回 投票に行かなくっちゃ」 に1件のコメント

  1. magazine9 より:

    国境を越えて、人々は共通する課題に直面しているのかもしれません。同時に「なんとかしなくちゃ」という思いを共有する人たちがいることに励まされます。不安定な時代をどう乗り越えるべきなのか、投票は私たちの選択を示す大事な機会。けれど、もし選挙が思い通りの結果に終わらなかったら…? そのときこそ、不安や虚無感に負けない私たちの意思が本当に問われるのではないでしょうか。

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鈴木ひとみ

鈴木ひとみ
(すずき・ひとみ)
: 1957年札幌生まれ。学習院女子中高等科、学習院大学を経て、80年NYに留学。帰国後、東京の英字紙記者に。87年よりNYで活動。93年から共同通信より文化記事を配信、現在に至る。米発行の外国人登録証と日本のパスポートでNYと東京を往還している。著書『紐育 ニューヨーク!』(集英社新書)。
(Photo: Howard Brenner)

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