ひとみの紐育(ニューヨーク)日記

1987年からニューヨークで活動しているジャーナリスト・鈴木ひとみさん。日本国憲法制定にかかわったベアテ・シロタ・ゴードンさんを師と仰ぎ、数多くの著名人との交流をもつ鈴木さんが、注目のアメリカ大統領選挙をめぐる動きについて、短期連載でレポートしてくれます。

*タイトルの写真は、紐育(ニューヨーク)に於ける東洋と西洋の出会いの名所、ブルックリン植物園内の日本庭園。昨年から今年6月まで100周年記念祭を開催(2016年3月30日撮影)。戦前、戦後、二度の放火を経て、紐育っ子達と収容所を出た日系人達が共に再建に尽力した、北米最古の公共施設。

第7回

トンネルの先に見える灯り

 Dystopia and utopia. ディストピアとユートピア。
 Doom and gloom. 陰々滅々。
 Pessimism and optimism. 悲観主義と楽観主義。

 東京と紐育(ニューヨーク)の間を行き来するようになって36年。言葉や文化の差ではなく、人と人の間の分断ぶりを顕著に感じる。
 その好例が先の日本の参議院選挙であり、この11月の米大統領選に向けた動きだ。
 7月10日の参議院選挙で、改憲勢力は、参議院でも議席の3分の2超を占める結果に。欧米メディアの多くは、この選挙結果を、前もって予測された通り、と報じたが、投票前日の9日、土砂降りの雨の中、期日前投票に訪れた20代のカップル、30代の家族連れ達の明るい表情が、強く印象に残っている。
 混雑する会場。閉まりかけたエレベーターのドアを手で押さえ、親子連れを乗せる中年男性。雨傘を片手に、ベビーカーを折りたたむ親を助ける人達。見知らぬ若者達同士が世間話を始める。投票所でぐずり出す赤ちゃんをあやす、通りがかりの年配女性がいる。
 ひとつの、ほんわかとした、未来への夢と希望、と言えばよいのだろうか。あの空気とエネルギーを忘れたくない。
 何があろうとも、うちの子どもも、よその子どもも、誰ひとりとして戦争に出したくないから。
 そして選挙の翌朝。病院の待合室で、選挙結果を報じるモーニング・ショーのTV画面を見つめる60代から70代の女性達。とある当選女性候補の顔が整形なのかどうか、次に番組が流し始めた芸能人のゴシップを話題にするその雰囲気には、どうあがいても仕方がない、長いものには巻かれろ、という虚無感すら感じてしまった。
 この意識の差はどうだろう。
 さて、アメリカでは実業家トランプ氏が、7月18日から21日まで、オハイオ州クリーブランドで行われた共和党の党大会の最終日に演説し、党の大統領候補指名を正式に受諾した。
 この演説がトンデモ・ワールドだった。
 76分間の雄叫び。「恐怖」「法と秩序」印のガマの油売り。そこのけそこのけアメリカが通る、とばかりに米国第一主義を掲げ、米国をより安全な国に、と強い決意を示したスピーチ、というわけだが、エゴにまみれた独裁者、暗黒の絶叫王の、ひとりよがりのショーケースにしか見えなかった。
 TVのリアリティ番組が生んだ拝金教スターの人気に降伏し、候補の中身ではなく、その人気に引きずられる形となった共和党と、今となっては長いものに巻かれるしか手段がない党員達が、反論することなく、従順に命令に従う。
 はたして、これでいいのだろうか。
 トランプ候補、受諾演説の翌22日、米各紙やソーシャル・ネットワークで目立った言葉は、「ディストピア」。「ドゥーム・アンド・グルーム」。陰々滅々。悲観主義。戦争が、犯罪者が、イリーガルな移民がやって来る、と恐怖を売る候補者。
 これって、どこかの国でもある話?!
 不安の時代。こわいこわい狼がやってくる、だから戦力増強を、というのは今や、世界的な現象ではないだろうか?
 さて、25日から民主党の全国大会がペンシルバニア州フィラデルフィアで始まり、女性初の大統領を目指すクリントン前国務長官は、26日、同党により、大統領候補に正式指名された。28日の大会最終日には、指名受諾の演説がある予定だ。
 党大会開催に先立ち、大統領予備選時に票を集めたバーニー・サンダース候補の人気を妨害する対策を案じた党の内部メールをウィキリークスが暴露。同党全国委員会のデビー・ワッサーマン・シュルツ委員長が、大会開幕の前日に辞任を表明し、同委員会は、大会初日にサンダース候補に対して正式に謝罪。初日から、激しいブーイングや、やじが飛ぶ、異例の幕開けとなった。
 そんな中、25日の初日、ミシェル・オバマ大統領夫人、一時はクリントン候補の副大統領候補と目されたリベラル派のエリザベス・ウォーレン上院議員とサンダース上院議員が次々と応援演説。内輪もめはどこ吹く風、とばかりにクリントン候補をたたえ、先週の民主党全国大会とは裏腹に、楽観主義のトーンを貫き、党の結束を強調した。
 ジャーナリストで政治家、自由民主党の総裁で首相だった石橋湛山(1884−1973)に、「民主主義国家の経営者は国民自身だ」という言葉がある。
 私達の国、都市が激動の時代を生き延びるためにも、この7月31日の東京都知事選は、先の参院選同様、大切なチャンス、と感じる。性別や嘘偽りに惑わされることなく、演説に耳を傾け、政策を吟味したい。 
 米合衆国のオプティミズム、楽観主義に今も学ぶ私は、トンネルの先には灯りが見える、とばかり、とかく滅入りがちな気持ちを立て直すのに必死なのですが。

参議院議員選挙、横浜市の期日前投票所で
(2016年7月9日 撮影:鈴木ひとみ)

 

  

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第7回 トンネルの先に見える灯り」 に1件のコメント

  1. magazine9 より:

    参院選では、改憲勢力が3分の2を占めてしまったものの、32の一人区での野党共闘の実現と11議席の勝利、そして沖縄や福島での現職大臣の落選など、希望もみえました。いまは暗く感じるとしても、トンネルの先の灯りを信じて追うほかありません。

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鈴木ひとみ

鈴木ひとみ
(すずき・ひとみ)
: 1957年札幌生まれ。学習院女子中高等科、学習院大学を経て、80年NYに留学。帰国後、東京の英字紙記者に。87年よりNYで活動。93年から共同通信より文化記事を配信、現在に至る。米発行の外国人登録証と日本のパスポートでNYと東京を往還している。著書『紐育 ニューヨーク!』(集英社新書)。
(Photo: Howard Brenner)

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