ひとみの紐育(ニューヨーク)日記

1987年からニューヨークで活動しているジャーナリスト・鈴木ひとみさん。日本国憲法制定にかかわったベアテ・シロタ・ゴードンさんを師と仰ぎ、数多くの著名人との交流をもつ鈴木さんが、注目のアメリカ大統領選挙をめぐる動きについて、短期連載でレポートしてくれます。

*タイトルの写真は、紐育(ニューヨーク)に於ける東洋と西洋の出会いの名所、ブルックリン植物園内の日本庭園。昨年から今年6月まで100周年記念祭を開催(2016年3月30日撮影)。戦前、戦後、二度の放火を経て、紐育っ子達と収容所を出た日系人達が共に再建に尽力した、北米最古の公共施設。

第8回

保守と革新

 なんだかなー、という日本語の表現を覚えたのはいつだったか。
 釈然としない、しっくりとこない、何か不条理なものを感じた時に使う言葉。
 21世紀の日本と米合衆国を行ったり来たりするうちに、このフレーズを使う頻度が増えた。
 保守と革新。コンサバとリベラル。嘘と真。男と女。東と西。白と黒。
 様々な意味で、色々な理由で、物事の境目があいまいに、ファジーに、ますますぼやけていく時代を感じる。
 そのいい例が、7月28日、米東部フィラデルフィアで開かれた米民主党の党全国大会で、大統領候補の指名受諾演説を行ったヒラリー・クリントン氏であり、7月31日、東京都知事選で圧勝した小池百合子氏だ。
 「ガラスの天井」を破った、とされる初の女性大統領候補。
 「鋼鉄の天井」にひびを入れた、とされる初の女性東京都知事。
 タイミングも手伝い、「初」の「女性」とのテーマで、この二人の政治家達をつなげる見解がある。
 だが、二人の間には、保守と革新の境目があいまいな政治的姿勢、という共通点があるのではないだろうか。
 指名受諾演説で、米国民のユニティ、結束を訴え、人種問題や経済格差の手直しを誓い、多種多様な人々からなる民衆が合致した国、ユートピアたるアメリカを描いたクリントン氏。
 一方、トランプ氏は共和党大会の指名受諾演説で、「米国第一主義」を掲げ、排他主義者たる姿勢から、違法移民やテロなどの様々な脅威を示し、米国の危機、ディストピアを描いた。
 リベラル派の民主党。保守派の共和党。
 二人の候補間のコントラストは、分断する米そのものだ。
 そして、保守とリベラルの間の境目のあいまいさ。二つの相反する要素が、複雑に絡み合い、共存共栄している現況。
 折しも8月1日、米軍は「イスラム国」(IS)撃退のため、リビアで空爆を強化、と発表。クリントン氏は、オバマ氏の現路線を引き継ぐ、と表明しているが、この辺りが、私にとっては実は革新に見えても保守、なんだかなー、と感じる所以である。
 さて、東京都知事選で初当選し、初の女性知事として2日、都庁に初登庁した小池百合子知事。
 欧米メディアはメトロポリス、東京都に初の女性知事が誕生した、と報じたが、これもなんだかなー、と感じたリポートぶり。辛辣な紐育の同業者、米女性記者に言わせれば「それが最も簡単で、キャッチーで、売れる切り口だから。それだけよ」となる。
 「元々、日本は旧体制の国、とのイメージが強い。しかも、米国が生んだフェミニズムとは程遠い文化。ここ3、4年、日本の男尊女卑、ミソジニーの傾向は前にもまして深まっている、との話はよく伝えられているし」と彼女。
 「クリントン候補の指名受諾の直後でもあり、初の女性知事が当選、のニュースは、実に好タイミングだった」
 だが、今回の初当選の裏にある、ドブ板選挙の底を流れるドロドロとしたヘドロのような政界や、その人間模様、2020年東京オリンピックに向けた利権。加えて、各候補者の政策がなんだかあいまいで、明確なものではなく、どうぞ票を入れてください、という訴えしか聞こえてこなかったこと。
 また、私の脳裏からどうしても離れないイメージ、小池百合子知事が自民党の広報本部長だった当時、迷彩服を着てヘルメットを被り、戦車の上から上半身を出し、敬礼している2013年の写真を見せて、この長年の旧友たる米国人記者に説明すると、彼女は吐き捨てるように言った。
 「結局、政治家っていうのは、どこもかしこも同じ生き物なのよ。右か左か、保守か革新か、嘘か本当か、自分のスタンスをあいまいにし、口先だけの戯言を並べ立て、くどき上手で、とにかく一票でも多くゲットしようとする。だから、有権者は目を大きく見開き、耳を研ぎ澄まして、彼らの動向を見守り、だめだったらだめ、嘘だったら嘘、と意見をはっきり言い続けるしかない。日本人はガリブル(gullible)。だまされやすいし、おとなしすぎるのよ」
 感情論やヘイト、憎悪に満ちた世界で考える。デモクラシー、民主主義とは、一人ひとりの人間が、お互いの存在と意見を尊重しあってこそ成り立つ社会ではないだろうか。

7月27日早朝。紐育ペンシルバニア駅で、ヒラリー・クリントン氏が前26日、米民主党の大統領候補に正式指名されたことを伝える、地元無料日刊紙。
(2016年7月27日 撮影:鈴木ひとみ)

 

  

※コメントは承認制です。
第8回 保守と革新」 に2件のコメント

  1. magazine9 より:

    「初」の「女性」という共通のキーワードをもつ2人の政治家が、日米で注目を集めていることは偶然なのでしょうか。革新的なイメージでいながら、その中身は保守というところまで同じとは…。今回、都知事選で投票した人たちは、一体どこまで小池氏のスタンスを理解していたのだろうかと思わずにはいられません。「キャッチーで売れる切り口」に乗っかってしまうメディアと、それに「だまされやすい」国民。このパターンを変えていくことが必要です。

  2. 多賀恭一 より:

    保守と革新の劣化は米国だけではない。日本・EU・南米etcetc・・・。地球規模で民主主義の死が近づいている。一般市民達は民主主義に失望している。マスメディアの腐敗に市民達は絶望しているのだ。都合の悪いことは報道しないマスメディアが元凶だ。マスメディアが情報隠蔽を行っているのだ。ここが刷新されない限り最悪のシナリオを人類は進むことになる。

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鈴木ひとみ

鈴木ひとみ
(すずき・ひとみ)
: 1957年札幌生まれ。学習院女子中高等科、学習院大学を経て、80年NYに留学。帰国後、東京の英字紙記者に。87年よりNYで活動。93年から共同通信より文化記事を配信、現在に至る。米発行の外国人登録証と日本のパスポートでNYと東京を往還している。著書『紐育 ニューヨーク!』(集英社新書)。
(Photo: Howard Brenner)

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