ひとみの紐育(ニューヨーク)日記

1987年からニューヨークで活動しているジャーナリスト・鈴木ひとみさん。日本国憲法制定にかかわったベアテ・シロタ・ゴードンさんを師と仰ぎ、数多くの著名人との交流をもつ鈴木さんが、注目のアメリカ大統領選挙をめぐる動きについて、短期連載でレポートしてくれます。

*タイトルの写真は、紐育(ニューヨーク)に於ける東洋と西洋の出会いの名所、ブルックリン植物園内の日本庭園。昨年から今年6月まで100周年記念祭を開催(2016年3月30日撮影)。戦前、戦後、二度の放火を経て、紐育っ子達と収容所を出た日系人達が共に再建に尽力した、北米最古の公共施設。

第12回

恐怖、そして変化。

 9月17日、夏の残り香と共に、街が華やぐ土曜日の夜、紐育(ニューヨーク)で爆発事件が起きた。
 「テロがひんぱんに起きる、恐怖の街」とのイメージが強い摩天楼、紐育。
 先日訪れたロスアンゼルスの高級ショッピング街、ビバリーヒルズで、日本から観光に来た中年マダム達が「紐育は何が起こるか分からないから、怖いわよね。行く気がしないわ」とうなずきあうのを、通りすがりに小耳に挟んだのを思い出した。
 「不安」「おびえた表情」「懸念する」などの表現が、事件の報道に目立った。だが、当日の夜、29人が負傷した事件現場から徒歩10分ほど南のレストランにいた私が知る限り、紐育っ子達は、何事もなかったかのように平常心で通常通りの生活を続けている。
 それとは好対照に、レストランやジャズ・クラブを埋めていた内外の観光客達は、事件の知らせと共に、あっという間に蜘蛛の子を散らすようにねぐらに帰った様子だった。真夜中をとっくに過ぎた、24時間運転の地下鉄では、帰宅途中の見知らぬ地元っ子達が「まるで観光ブーム前の昔に戻ったみたいだね。僕らの街が戻ってきた」と笑い合うほど。週明けのミッドタウン、ホテルのフロントマンは「(事件で)客のキャンセルはないが、皆さん、出前を取るなど、心なしか部屋で過ごす時間が増えたようだ」と語った。
 非暴力主義を貫いたインド独立の父、マハトマ・ガンジーの「私達の敵は恐怖だ。憎悪だと思うかも知れないが、実は恐怖なんだ」という言葉を思い出す。
 それと共に、投票日まであと7週間に迫った米大統領選挙戦のありさまを考える。
 建前と本音の世界は、日本だけではない。アメリカの一般層、特に保守派白人層の間では、有色人種や、女性、性的マイノリティなどへの偏見、差別がある。8年前、民主党のオバマ上院議員(当時)が、共和党のジョン・マケイン上院議員を相手に闘った大統領選で「黒人大統領になったらどうしよう、という恐怖」が根強くあった。
 それがどうだろう、今回は「女性大統領になったらどうしよう、という恐怖」だ。
 中でも、トランプ候補(共和党)はミソジニスティックな、女に憎悪を抱いた、数々の女嫌いの発言で知られる。
 「(クリントン候補が)持っている唯一の切り札は、女、ということだけだ。彼女が男だったら、支持率の5%も得られないだろう。彼女は女、というだけで選挙活動を続けているが、女達は彼女を嫌っている」
 女なんかに政治を任せておけない。女がリーダーに立って、何かお国の一大事があったら、どうするんだ、という恐怖心を彼は売り物にしている。そんな意味では、縁起をかついで今まで文字にしなかったが、9・11という米本土が初めて攻撃された15年前の朝、紐育の観光名所ロックフェラー・センターに飾られていた万国旗は、一夜にして全て米国の星条旗に変わった。それ以来、米は戦争状態にあり、紐育の街角で、大きなライフルを構えた迷彩服姿の州兵が、睨みを利かす風景が日常茶飯事になってしまった。
 そんな恐ろしさ、つまり、大規模なテロがまた起こった時、耳触りが良いメロディーで、嘘っぱちといかさまを奏でるホラッチョの笛吹き、差別と侮蔑の塊たるトランプ候補がテロに乗じ、アメリカ合衆国の保守的な愛国者達の心をわしづかみにしてしまう可能性は、大いにある。
 選挙は水もの、水のように流動的だ。テロや爆弾よりも、開票結果が出ない限り、皆目お先が見えない不気味さ、不透明さ。デマゴーグ、扇動家として、センセーショナルな、扇動的なマスコミを操り、民衆の利益の増進を目指す、ポピュリズムのリーダーぶった実業家が、女々しい女になんか国を治める資格はない、とばかり、アメリカ合衆国の大統領になる可能性が多々あるのが、私には怖い。
 21世紀は女と政治の時代、と言われて久しい。だが、男女平等はまだまだ建前の世界と感じる。主張を続けることで権利を勝ち取ったアメリカでも、前途は多難だ。米初の女性大統領を望む人と、望まない人達が真っ二つに分かれ、両候補の支持率は拮抗を続ける。
 一方、男尊女卑の国として西洋諸国に知られる日本では、小池百合子東京都知事、稲田朋美防衛相、民進党の蓮舫代表の台頭ぶりが「日本でも女性首相の誕生間近か?」と欧米メディアに取り上げられ、小池都知事は8月31日、英BBC放送のインタビューで「今の人たちは新しいものや新しい人を欲しがります。社会を変えるために新しいものや新しい人を求めるのです。私が当選したのは、私が女だからだと思います」と語った。
 2013年。クリントン候補が言った。
 「女性と少女達の権利を得るための、21世紀に於ける私の仕事は、まだ終わっていない、と信じている」
 2008年の大統領選に立候補したものの予備選で敗退。その時の政敵、オバマ大統領の求めに応じ、彼の政権第一期、2009年から務めた国務長官を退任時の演説だった。
 「世界中の至るところで、女性と少女達が男性と対等の権利、尊厳、機会を得られるのなら、私達は世界のどこにあっても政治的な、そして経済的な成長を手に入れることができるのです」
 フランスの哲学者、シモーヌ・ボーヴォワールは著書『第二の性』(1949年刊)で、「人は女に生まれるのではない、女になるのだ」と論じた。女性解放運動、フェミニズムの国として知られるアメリカで、男が第一、女は二の次という男性優位主義はどう変わっていくのか。奴隷制度があった国が、初の黒人大統領を選ぶ、という革命から8年。今回、果たして、変化は訪れるのだろうか。

爆発事件後、現場近く西23丁目駅を通過する地下鉄車内(写真上)と、同夜、プラットホーム左奥の警備ブースで監視を続ける市警官(写真下)。(2016年9月18日0時半頃 撮影:鈴木ひとみ)

 

  

※コメントは承認制です。
第12回 恐怖、そして変化。」 に3件のコメント

  1. magazine9 より:

    ニューヨークの繁華街で起きた爆発事件は、日本でも大きくニュースで取り上げられました。誰が何の目的で? 背景は? と未だ情報は流動的です。一方、大統領選挙は11月の本投票に向けて、いよいよ公開ディベートが行われます。まるで「ボクシング」だというその模様を引き続き、鈴木ひとみさんに伝えていただきます。お楽しみに!

  2. 多賀恭一 より:

    女性を大切にした角栄なら「女々しい女になんか国を治める資格はない」などという発言など無かっただろう。
    9条改悪も起こらなかっただろう。だが、9条改変に向けて歴史は動き出している。

  3. 馬だ鹿を より:

    女性が戦争の最前線?に行く事が平等なのだろうか?

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鈴木ひとみ

鈴木ひとみ
(すずき・ひとみ)
: 1957年札幌生まれ。学習院女子中高等科、学習院大学を経て、80年NYに留学。帰国後、東京の英字紙記者に。87年よりNYで活動。93年から共同通信より文化記事を配信、現在に至る。米発行の外国人登録証と日本のパスポートでNYと東京を往還している。著書『紐育 ニューヨーク!』(集英社新書)。
(Photo: Howard Brenner)

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