ひとみの紐育(ニューヨーク)日記

1987年からニューヨークで活動しているジャーナリスト・鈴木ひとみさん。日本国憲法制定にかかわったベアテ・シロタ・ゴードンさんを師と仰ぎ、数多くの著名人との交流をもつ鈴木さんが、注目のアメリカ大統領選挙をめぐる動きについて、短期連載でレポートしてくれます。

*タイトルの写真は、紐育(ニューヨーク)に於ける東洋と西洋の出会いの名所、ブルックリン植物園内の日本庭園。昨年から今年6月まで100周年記念祭を開催(2016年3月30日撮影)。戦前、戦後、二度の放火を経て、紐育っ子達と収容所を出た日系人達が共に再建に尽力した、北米最古の公共施設。

第19回

明けない夜はない

 11月9日早朝(日本時間同日午後)、ドナルド・トランプ氏(共和党)が、接戦の末、ヒラリー・クリントン元国務長官(民主党)を退けて勝利、第45代米大統領に当選した。
 今回の選挙戦は、政治家としては未知数の実業家、トランプ氏の過激な言動や、様々なスキャンダルなど、今までの常識をくつがえした泥沼の闘いだった。
 その、どんな反則技が出てくるか分からない醜い闘いの土俵に、抜け目ない政治家だったはずのクリントン候補が引きずり込まれてしまった感が拭えない。
 いつもならば、クリントン氏が敗北を認め、対戦相手を讃える「譲歩演説」をするのが選挙のしきたりだ。しかし、今回は、9日午前2時(日本時間同日午後4時)、支持者が集まる紐育(ニューヨーク)市内のジャービッツ・センターで、クリントン氏の選挙参謀が「夜が明けてからの結果を見よう」と、帰宅を促した。
 その少し後(日本時間午後5時前)、同市内のヒルトン・ホテルの会場で、トランプ氏の下で副大統領となるインディアナ州のマイク・ペンス知事がスピーチを始め、「次代米大統領」とトランプ氏の当選決定を発表。大歓声の中、トランプ氏が登場し、勝利を宣言、クリントン氏から当選を祝す電話があったことを述べた。
 日本時間午後6時の現時点で、クリントン氏の演説はまだない。米テレビ局は、首都ワシントンのホワイトハウス前に人々が集まり、騒いでいるのとは裏腹に、オバマ大統領の「家」は静まり返っている、と伝える。
 これは、8年間続いた政権を共和党側に奪回された、民主党の驚きを表しているのではないだろうか。
 選挙は水もの。出口調査の数字も、世論調査の支持率の数字も、全くあてにならず。様々な意味で、私達、地球人は、新しい時代を迎えた、と感じる。
 投票日、8日。早朝6時に開いた紐育の投票所。米市民たる有権者達が、「私は投票を済ませました」というステッカーをコートの上に貼り、誇らしげに通勤する姿が目立った。まるで新しいファッション・ステートメント。その、幸せな陶酔感が、あっという間に奈落の底に落ちるまで、あまり時間はかからなかった。
 夜9時。開票速報。テレビ画面に次々に映し出される数字に、一緒に見ていた金融関係の管理職連中が、「だめだ。終わりだ」と真っ青になる。数字の分析に長けた仲間達が、寡黙になる。手元の携帯電話がどんどん速報を出す。
 そして、金融市場は世界的な「トランプ・ショック」。株価も、為替相場も大混乱だ。
 私達は、これから、一体、どこに行くのか。
 周囲の若者達は、口々に不安を訴える。
 2000年、ジョージ・W・ブッシュ大統領(共和党)が、僅かの差でアルバート・ゴア(当時の)副大統領(民主党)に勝った時を思い出した。
 「あと4年待ったら、また変化が訪れるわ。それまで、辛抱強く我慢するのよ」と、ホロコーストの生き残りだった女性の言葉を、今、再び噛み締めている。
 ブッシュ大統領が再選され、任期8年を務めた後が、オバマ現大統領だった。11月7日の米NBCテレビとウォール・ストリート・ジャーナル紙の世論調査によれば、オバマ大統領に3期目を、と願っている人々の率は49%と高い。数字は信じない、と言ってしまったけれど、この数が、現在の大混乱ぶりの好例だ。
 2001年9月11日の同時多発テロ事件の直後、チベット仏教の高僧が「世界の半分がクレイジーならば、後の半分は、正気であることを堅持しなければならない」と言った。
 今だからこそ、平常心を保ちつつ、物事に動じないよう、心がけたい。
 最後に、NHK衛星放送チャンネル、テレビ・ジャパン局は、安倍首相がトランプ氏に祝電を送った、と伝えた。米CBS、CNN各テレビ局は、ロシアのプーチン大統領、英国独立党を率いて、離脱を主導したナイジェル・ファラージュ党首から祝電が出されたことを伝えたが、安倍首相には触れなかったことを記す。
 現在、紐育は朝5時、東京は午後7時。明けない夜はない。頭を切り替えて、また来週。
 

自作投票箱の衣装で、投票を訴える中学3年生の女の子。ワシントンD.C.のホワイトハウス、オバマ大統領夫妻主催のハロウィン・パーティ会場入口で。(2016年10月31日 撮影:鈴木ひとみ)

投票所が開いた早朝6時からから、「投票済証」ステッカーを着けた、誇らしげな人達が目立つ紐育。(2016年11月8日 撮影:鈴木ひとみ)

 

  

※コメントは承認制です。
第19回 明けない夜はない」 に6件のコメント

  1. magazine9 より:

    日本でも、午前9時よりNHKをはじめ民放各局で、開票速報を流し続けていました。鈴木ひとみさんのコラムを通じて、ヒラリー氏への不人気さが気になっていましたが、トランプ氏の勝利は、それだけ米国民が格差と貧困に苦しんでいる、とも感じとれました。グローバル新自由主義経済の行き詰まりが、差別や排除、暴力といった方向に行かないためにどうすればいいか、を考える時だと感じています。

  2. うまれつきおうな より:

    事前調査と結果の落差は結局「陰でなら恥知らずなことも平気でできるのは万国共通」ということなのだろう。「平凡な自分を特別扱いしてほしい」という乙女ちっくな白人男性の甘えを受けいれてくれるのは強い女でなくお金持ちパパだというだけのことなのでは?

  3. 樋口 隆史 より:

    トランプ氏当選は傾きかけた「やじろべえ」を連想させます。良い方向に傾いてくれますように。人類や我々にまだ「幸運」が残されていますように、願うのみです。

  4. 鳴井 勝敏 より:

     両者、土俵を同じくして日本で大統領選を戦った場合、トランプ氏の勝利はあり得ない。理由は簡単だ。選択の基準が「政治」ではなく「人」だからだ。アメリかは選挙をするが日本は選挙をしない。つまり、情緒を反映しているに過ぎないからだ。                       政治に対する諦めは勿論だが、集団主義的思考傾向、排除の論理が身の周りに忍び寄り、物言わぬ、物は言うが行動しない。今、このような人たちが蔓延しているように映る。つまり、主権者が観客の傾向を一段と強めていると映るのだ。これは民主主義が予定している構造とは違う。これは民主主義を嫌う人たち、多様性の精神を敵にする人々にとってはとても喜ばしい構造である。

  5. おおみやのやっちゃん より:

    アメリカは本当に面白い国だと思う。
    最近読んだ「反知性主義: アメリカが生んだ『熱病』の正体」(新潮選書)に書かれていることが当たっていると思った。(誤解があるが反知性主義は侮蔑語ではない。)
    トランプという人物は、知性と権力が結びつくことを嫌悪する、「反知性主義」の土壌から生まれてきた人物と見ると理解できる。
    トランプを派手なパフォーマンスで大人気のキリスト教原理主義の伝道師に重ねて見たらよい。
    トランプのような粗野でトリッキーな人物が出てきて、多くのアメリカ人が喝采を送り、国を引っ掻き回すことは、日本人が思うほど異常ではないのだろう。それもアメリカ流のダイナミズムなんだろう。
    アメリカはニューヨークタイムズやワシントンポストを読んでるような人間ばかりの国ではなく、マスメディアやインテリを嫌悪する、または不信感を持つ人たちが多くいるという、当たり前のことがよく分かる。
    だから、メディアのヒラリーへの肩入れは、逆にトランプに有利に作用したのかもしれない。
    さて、これから支配階層に取り囲まれたなかで仕事をして、トランプは「今までのトランプ」でいられるのだろうか。
    トランプのプロレスでのパフォーマンス映像を見てひらめいたのだが、プロレスの「3カウント内の反則あり」と同じで、案外マトモな言動をするのではないかとも思う。そして、既得権層が慌てることもありそうな予感がする。

  6. 多賀恭一 より:

    トランプ大統領は選挙期間中の公約を次々と誤魔化すだろう。そして米国民の信用を失うのだ。
    「信無くば国立たず。」

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鈴木ひとみ

鈴木ひとみ
(すずき・ひとみ)
: 1957年札幌生まれ。学習院女子中高等科、学習院大学を経て、80年NYに留学。帰国後、東京の英字紙記者に。87年よりNYで活動。93年から共同通信より文化記事を配信、現在に至る。米発行の外国人登録証と日本のパスポートでNYと東京を往還している。著書『紐育 ニューヨーク!』(集英社新書)。
(Photo: Howard Brenner)

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