ひとみの紐育(ニューヨーク)日記

1987年からニューヨークで活動しているジャーナリスト・鈴木ひとみさん。日本国憲法制定にかかわったベアテ・シロタ・ゴードンさんを師と仰ぎ、数多くの著名人との交流をもつ鈴木さんが、注目のアメリカ大統領選挙と就任までをめぐる動きについて、短期連載でレポートしてくれます。

*タイトルの写真は、紐育(ニューヨーク)に於ける東洋と西洋の出会いの名所、ブルックリン植物園内の日本庭園。昨年から今年6月まで100周年記念祭を開催(2016年3月30日撮影)。戦前、戦後、二度の放火を経て、紐育っ子達と収容所を出た日系人達が共に再建に尽力した、北米最古の公共施設。

第23回

和して同ぜず

 「彼」が第45代米国大統領に就任した。
 英国からの独立宣言が1776年、と若かった国は年を重ね、任期1期目としては史上最も年かさの70歳、しかも政治家、軍人の経験が皆無、テレビのリアリティ番組で人気を集めた実業家を大統領に選んだ。

 1月20日の就任式当日、日本時間の21日午前1時半すぎ。
 「嫌だ、見たくもない」
 そう言いながらも、結局は式の生中継を見た日米の友人達がいた。就任式のボイコット、とばかり急に成田に現れ、冬休みの日本観光中だったカリフォルニアの友人達は、滞在中の東京のホテルで、それに紐育(ニューヨーク)や日本の仲間達も加わり、各自テレビを見ながらネットでチャット、と相成った。
 「つまらない。全く新しい話がない」
 「選挙戦の演説、スローガンの繰り返し。これが就任演説とは信じられない。それにしても下手な演説だ」
 「(国父と称される初代大統領)ジョージ・ワシントンが怒りまくっているはず。尊厳、品格がない。これはセールスマンの売り込みのような施政方針演説であって、就任式の演説としては受け入れがたい」
(英BBC放送日本版による演説全文と日本語訳はこちら

 日本で「アメリカ人はこんな人達」と聞き、米国で「日本人はこんな人達」と耳にする。そのたびに、ステレオタイプ、先入観、固定観念、単純化、決めつけ、とは恐ろしいもの、と感じる。

 言葉の壁。文化の壁。国籍の壁。
 そして、心の壁。

 私が生まれた年、1957年に評論家の大宅壮一さんが「一億総白痴化」を嘆いた。テレビという媒体の台頭で、テレビばかり見ていると人間の想像力や思考力が低下するぞ、というわけだ。

 テレビの力。活字の力。
 そしてソーシャル・メディアの力。

 「シューリアル」現実離れしている、との言葉が、米ウェブスター辞典の2016年の単語に選ばれた。これは事実ではないはず、あり得ない、信じられない、という話があまりにも増殖していて、真実はどこに、誰が本当のことを言っているの、と嘆きたくなる日々。

 そして、「ツイッターの限られた言葉の世界で生きているから」と、ミレニアル世代が「トゥー・マッチ・インフォメイション」、話が長すぎ、もっとかいつまんで話してよ、となる生ニュース氾濫の世の中。
 この傾向は、ますます強まるだろう。
 だから、もう一度、考える。
 今、自分にできることは、何なのか、と。

 就任式翌日の22日、全米のみならず、世界各地で新大統領に反発する様々なデモや行進、集会が開かれた。各自が主義主張や理想を掲げ、行動し、世に訴える。合衆国という、様々な大「衆」がひとつの大陸に相見「合」う国が誇る伝統でもある。
 事前に、在紐育総領事館、ワシントンの在アメリカ合衆国日本国大使館から、「大統領就任式に伴う抗議デモへの注意」というメイルがあったが、ひとまず無事に終わり、安堵している。

 米国は振り子が右へ、左へ、と揺れ、決して真ん中で止まらない国、と拙書『紐育 ニューヨーク! ――歴史と今を歩く』(2006年 集英社新書)で記した。民主党大統領の8年間から、共和党へ交代した今、その見解は全く変わらない。
 南北戦争、奴隷制度をめぐり、南部と北部の内戦があった国では、両極化も、分断も、今始まった話ではない。

 日本の国会審議を聞きながら、世を憂う。
 日本は、米国は、そして世界はどこへ行くのか。
 新大統領令により、米国は環太平洋経済連携協定(TPP)から永久離脱。昨年、大統領候補を目された民主党のバーニー・サンダース上院議員は、今回の大統領令を支持する。
http://www.bbc.com/japanese/38727771
 だが、彼はフェイスブック、ツイッターなどで新大統領追及の手をゆるめない。
 「こんなに不条理な話でなかったら、ただの滑稽な話だったのにね。億万長者のトランプは、就任式で億万長者に囲まれていたのに、自分は反体制派だ、と言う」(1月23日のツイッターより)

 間違っていることは間違っている、と公言する米国の良心。

 新年早々、古き良き米国を教えてくれた師匠を2人亡くした。7日、小説『ジャズ・カントリー』(1969年 晶文社)で知られるジャーナリスト、ナット・ヘントフ(91)を。そして、就任式前日の19日には敏腕の調査報道記者として紐育で活躍したウェイン・バレット(71)を。新大統領の裏を暴いた彼の本“Trump:The Greatest Show on Earth” (2016、Simon & Schuster)は秀逸作で、日本語訳が望まれる。
 彼らが残していった教えは何か。

 和して同ぜず。

 抗議運動で欧米が揺れ動いた週末、寒空に陽射し溢れる東京。旧友のお父様のご葬儀。故人の生前を語る弔辞で、懐かしい言葉を聞いた。
 優れた人物は、和を重んじ、協調はするけれど、主体性は失わない。決して、むやみやたらに同調しない、という論語だ。君子は和すれど同ぜず。小人は同ずれど和せず。
 そして、流水不濁。流れる水は腐らない。だから、前に進みたい。日本人にだって、このフレーズが分からない人がいれば、米国人の中に、この言葉を知っている人だっている。それが今、壁を信じる者と、信じない者がいる21世紀だ。

 オルダス・ハクスリーが1932年に発表した近未来ディストピア小説『すばらしい新世界』を読みながら、アメリカ合衆国は様々な面を持つ大きな象、と感じる。

 今回、巨象の鼻面だけをなでて、皆さんに報告したのでは、という懸念がある。だからこそ、この狭い地球のどこかで、往還を続けるふたつの大都市の雑踏で、次なる24回目の話を分かち合える日を楽しみにしている。「すばらしい新世界」の原題にある通り、私達は勇気を持ち、前にある新しい道を進むのみ、なのだから。

阪神・淡路大震災から22年、部分的関西人として黙祷した2017年1月17日早朝、東京の空(撮影:鈴木ひとみ)。

 

  

※コメントは承認制です。
第23回 和して同ぜず」 に3件のコメント

  1. magazine9 より:

    この『ひとみの紐育日記~2016アメリカ大統領選挙を巡って~』は、今回が最終回になります。連載開始当時は、まさかこんな状況になるとは、想像していませんでした。それでも、就任式翌日のデモの様子は、一片の希望のように映りました。これからもアメリカの状況から目が離せません。ひとみさんにも、またアメリカの様子をレポートしていただければと思います。

  2. 鈴木ひとみ より:

    マガジン9の編集部と読者の皆さまのおかげで、ここまでたどり着けました。ありがとうございます。現在、米アマゾンでハクスリーの「Brave New World 」は、古典フィクション部門で6位。ジョージ・オーウェルの「1984」は、何とベストセラー部門で1位。言葉の力を信じつつ、感謝をこめて。

  3. 多賀恭一 より:

    言葉には偉大な力がある。
    ただし、間違った方向に人を動かすときだけ。
    言葉は正しい方向に人を動かさない。

    宇宙の真理は常に残酷だ。

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鈴木ひとみ

鈴木ひとみ
(すずき・ひとみ)
: 1957年札幌生まれ。学習院女子中高等科、学習院大学を経て、80年NYに留学。帰国後、東京の英字紙記者に。87年よりNYで活動。93年から共同通信より文化記事を配信、現在に至る。米発行の外国人登録証と日本のパスポートでNYと東京を往還している。著書『紐育 ニューヨーク!』(集英社新書)。
(Photo: Howard Brenner)

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