小石勝朗「法浪記」

 警察に逮捕された容疑者には、弁護人との接見(面会)が権利として認められている。そして、その内容が警察に知られることがないように、立会人なしで接見できることも権利として刑事訴訟法で保障されている。「秘密交通権」といい、「直ちに弁護人に依頼する権利」を定めた憲法34条に由来しているそうだ。

 接見とは、今後の捜査や裁判に向けてどんな方針で臨むのか、容疑者と弁護士が作戦を話し合う場だから、手の内を捜査機関に知られないようにするのは当然のことである。接見の後で捜査機関が容疑者に内容を質問すること自体を違法と判断した判決(2011年・福岡高裁)もあるという。

 容疑者の権利の根幹をなす秘密交通権が、明らかに侵害される事態が警察署内で起きていた。

 1966年6月末に静岡県で一家4人が殺害された「袴田事件」でのこと。発生から1カ月半後に強盗殺人などの容疑で逮捕された元プロボクサー袴田巖さん(79歳)が弁護士と接見している時の様子が、なんと「盗聴」されていたというのだ。袴田さんの再審請求にあたっている弁護団をして「前代未聞で言語道断」と怒りあきれさせる大問題である。

 発覚した端緒は、昨年10月に突然、袴田さんの警察での取り調べの様子を録音したテープが静岡県警清水警察署の倉庫で見つかったことだった。そもそも検察はこれまでの再審請求の審理で、取り調べのテープは「(すでに開示された)1本しかない」と弁護団に答えてきており、事件発生から半世紀近くも経った今ごろになってテープが出てくること自体が不自然なのだが、そこは措く。録音された音声は今年1月末に、東京高裁で行われている再審請求審の審理の中で袴田さんの弁護団に開示された。

 昔のオープンリールテープ23本に、約48時間分が収められている。全体に音質は悪く聞き取りにくいのだが、内容を再生・分析しているうちに接見のやりとりが4分30秒余り含まれていることがわかった。

 弁護団によると、このテープの外箱には「8月22日 №2 午後4時40分~45分 岡村弁ゴ士」と書かれていた。岡村鶴夫弁護士(故人)が、袴田さんの当時の弁護人である。

 留置場の記録や後の公判での証言と照合したところ、実際にこの日時に接見があったことが裏づけられ、やりとりの内容も合わせて、弁護団は接見場面の録音と断定した。8月22日は袴田さんが逮捕されて5日目で、弁護士と初めての接見だった。場所は清水署で、接見室だったのか取調室だったのかは不明という。

 秘密交通権に鑑みれば、警察が接見を録音すること自体が違法であり得ないことだから、「盗聴」されて録音されたとしか考えられないのだ。逮捕されてから20日目に犯行を「自白」させられるまで、袴田さんは真っ向から犯行を否認していたから、弁護士に「秘密」を漏らさないか、警察が接見の内容を探ろうと企んだであろうことは想像に難くない。

 この場面の音声にもノイズが多く、特に袴田さんの声はよく聞き取れないが、「パジャマに血が付いていると言われても、わからないんですよ」と話しているのが確認できるという。

 逮捕直後のこの段階では、件の「5点の衣類」は見つかっておらず、袴田さんの犯行着衣はパジャマとされていた。身に覚えのないことを追及されて、戸惑いながら必死で無実を訴えている様子が垣間見られる。一方の弁護士は「(袴田さんの)家族に言われて来た」「担当検事に会った」などと話している。

 弁護団は4月13日に東京で記者会見を開き、こうした経緯や概要を説明した。弁護団の西嶋勝彦団長と戸舘圭之弁護士は「秘密交通権は刑事手続き上、最も重要な権利の一つ」と位置づけたうえで、「これほどあからさまな違法が、逮捕後、わずか5日目から行われていたとは…。違法に違法を重ねたうえで、この事件は成り立っている。一刻も早い再審無罪を」と強調した。

 ご存じかと思うが、弁護団が袴田事件の捜査に対して「違法に違法を重ねたうえで」と批判するのには理由がある。

 一つは、袴田さんの再審を認めた昨年3月の静岡地裁決定だ。事件発生の1年2カ月後に発見され、袴田さんの犯行着衣とされてきた「5点の衣類」について、「袴田さんのものでも犯行着衣でもなく、後日捏造されたものであったとの疑いを生じさせる」「このような証拠を捏造する必要と能力を有するのは、おそらく捜査機関(警察)をおいて外にない」と言及している。

 もう一つは、自白を取らんがための無理な取り調べだ。起訴するまでの1日平均で12時間、長い日は午前2時まで16時間超にも及んだ。死刑を言い渡した1968年の静岡地裁判決でさえ、起訴前に警察が作成した28通の自白調書を「任意性に疑いがある」とすべて証拠から排除し、捜査に対して「適正手続きの保障という見地からも、厳しく批判され、反省されなければならない」と強い言葉を浴びせている。

 それにしても今回の接見盗聴問題、法曹界もマスコミも、もっと深刻に受けとめるべきではないだろうか。4月14日の参議院法務委員会で質された法務省刑事局長は「(盗聴というような形で接見の)秘密を侵害することは許されない行為」、警察庁刑事局長も「一般論として、捜査機関が密かに弁護士との接見を録音することは許されない」と答弁している。

 半世紀近く前のこととはいえ、今でも警察が同様の盗聴をしていないとは言い切れない。しかも、袴田事件に限ったことではなく、疑惑はあらゆる事件の接見にあてはまるのだ。刑事事件に関わる日本中の弁護士が、危機感を共有するべきだろう。たとえば、日本弁護士連合会(日弁連)には然るべき対応を取ってほしいし、地方版でしか報じていない朝日新聞や毎日新聞もきちんと取り上げるよう求めたい。

 袴田事件に話を戻す。

 接見盗聴問題を受けて、袴田さんの弁護団は4月16日に東京高裁(大島隆明裁判長)で開かれた三者協議(裁判所、検察、弁護団)で「録音テープは他にももっとあるはずだ」と主張し、取り調べや接見の録音をすべて開示するよう強く求めた。検察は「1月に開示したものがすべてだ」と答えたそうだ。

 しかし前述したように、検察が「1本しかない」と言い張ってきたテープが実はあったのだから、検察と警察が徹底的に調査をやり直し、すべてを弁護団に開示するのは当然のことに違いない。裁判所も、強い姿勢で臨んでほしい。

 さて、この日の三者協議では新たな展開があった。

 再審開始決定を出した静岡地裁が新証拠の一つと認めたのが、「5点の衣類」に付いた血液のDNA鑑定だったが、その鑑定手法の有効性を確認する検証実験の実施が確実になったのだ。再審開始決定を不服として即時抗告した検察が求めていた(これまでの経緯については、拙稿「DNA鑑定をめぐって綱引きが続く『袴田事件』~高裁審理に長期化のおそれ」をお読みください)。

 地裁が新証拠としたDNA鑑定にあたったのは、弁護団が推薦した法医学者H氏だった。検証実験の対象になるのは、唾液や皮脂、汗などが混じっている可能性のある試料から血液に由来するDNAを取り出す「選択的抽出方法」と呼ばれる手法だ。検察は「H氏独自の手法で有効性がなく、鑑定結果には信用性がない」と主張している。

 検証実験について弁護団は「必要ない」との立場を取り続け、同日提出した意見書でもその論理を展開した。検察の意見書でH氏の手法を批判した法医学者A氏が、H氏の反論に答えていないとして「選択的抽出方法に関する科学的な議論は決着した」と捉え、検証実験の実施は「徒に審理を長期化するだけ」と訴えた。即時抗告審のあり方としても、地裁決定の妥当性を事後的に判断するのが原則で一から事実調べをやり直すことは想定されていないから、実験は「法律上許されるものではない」とも指摘している。

 しかし、東京高裁は検証実験に積極的で、この日の三者協議でも「強く希望した」という。弁護団としても「必要ない」と言い続けるだけでは、不利な条件のまま裁判所の職権で強行されてしまう可能性が出てきた。すでに検察は「選択的抽出方法が失敗するようなやり方」(弁護団の笹森学弁護士)を提案してきている。

 このため弁護団は実施条件の対案の提示には応じる意向で、具体的な検討を始めるそうだ。早ければ次回5月の三者協議で、検証実験の実施が決まるかもしれない。

 ただ、弁護団は「裁判所がどういうことを何のためにやりたいのか、現段階では趣旨がよくわからない。それによって実験のやり方が変わってくる。次回の三者協議で真意を聞きたい」(笹森弁護士)と東京高裁への不信感を払拭できておらず、慎重に臨む方針だ。たしかに、どんな実験結果が出れば選択的抽出方法に有効性があると認めるかの基準をはじめ、事前に確認しておくべき事柄は多い。実施するにしても、誰もが十分納得できる条件や評価基準を設定するよう望みたい。

 ということで、東京高裁での審理は長引くことが確定的になった。高裁がDNA鑑定以外の争点をどう審理するかにもよるが、決定が出るまでに少なくともあと1年はかかるのではないだろうか。

 もちろん、真相の究明は大前提に違いない。しかし、今回の接見盗聴のように、市民感覚からすると死刑にした捜査におかしなことが続々と露呈しようがお構いなしに、裁判は「業界」のペースで続き、時間だけが過ぎていく。

 来年6月で事件発生から50年。その前に袴田さんは傘寿を迎える。

 

  

※コメントは承認制です。
第47回
警察が接見の盗聴までしていたとは…~袴田事件、それでも険しい再審への道
」 に1件のコメント

  1. magazine9 より:

    袴田さんの釈放から1年あまり、またも遠ざかった「再審開始」。今回明るみに出た「接見の盗聴」をはじめ、死刑判決に関してこれだけおかしな点が指摘されている以上、少なくとも再審は一刻も早く開始されるのが当然と思えるのですが…。裁判員制度導入の目的には「司法に市民感覚を反映させる」ことも謳われていましたが、むしろこうしたところにこそ、「市民感覚」が反映されるべきなのでは?

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

←「マガジン9」トップページへ   このページのアタマへ↑

マガジン9

小石勝朗

こいし かつろう:記者として全国紙2社(地方紙に出向経験も)で東京、福岡、沖縄、静岡、宮崎、厚木などに勤務するも、威張れる特ダネはなし(…)。2011年フリーに。冤罪や基地、原発問題などに関心を持つ。最も心がけているのは、難しいテーマを噛み砕いてわかりやすく伝えること。大型2種免許所持。 共著に「地域エネルギー発電所 事業化の最前線」(現代人文社)。

最新10title : 小石勝朗「法浪記」

Featuring Top 10/77 of 小石勝朗「法浪記」

マガ9のコンテンツ

カテゴリー