風塵だより

 沖縄タイムスの5月20日の社説は、次のように書き始められていた…。

 今、こうやってパソコンに向かっている間も、打つ手の震えを抑えることができない。どうか無事でいてほしいという家族や友人、多くの県民の思いは粉々に砕かれてしまった。

 新聞の社説で、こんなにも感情が露わな文章は珍しい。事件馴れしているはずの第一線のジャーナリストにとっても、それほどに衝撃的で辛い事件だったのだろう。4月から行方不明になっていた沖縄県うるま市の20歳の女性が、願いもむなしく遺体で発見され、容疑者として米軍属の32歳の男が逮捕された事件だ。
 事件捜査で公表された女性の、ピースサインを出している明るい写真がなんとも切ない…。
 繰り返される米軍関係者による沖縄での凶悪事件。むろん、それは日本のたった0.6%の面積しかない沖縄県に、在日米軍専用施設の実に74%が集中しているという現実を抜きにしては語れない。

 1995年、当時小学生だった少女が、米軍兵3人に集団暴行されるといういたましい事件が起き、沖縄は悲しみと憤激に揺れた。そのとき、当時の県知事であった大田昌秀さんは先頭に立って、大抗議県民集会のステージ上から米軍基地撤去を呼びかけた。
 その結果が、当時の橋本龍太郎首相とモンデール駐日米大使との間で交わされた「普天間飛行場の返還」という、沖縄県民が歓喜した合意だったのだ。だがその合意は、いつの間にか「代替基地=辺野古埋め立て」というまるで詐欺のような取り決めで、ズルズルと延期されたまま。激しい反対運動が起きたのは当然の成り行きだった。
 大田さんは、今回の米軍属男性による女性殺害事件について、沖縄タイムス(5月22日付)のインタビューで、怒りとともにこう述べている。

(略)事件は沖縄に米軍基地があり続けるが故に起きたとし、抜本的な解決には「基地を全面的に撤去させることが大事だ」という認識を示した。さらに日米地位協定の改定の必要性も指摘し「基地内も日本の法律が適用できるようにしないといけない」と述べた。
 大田氏は、被害女性が生まれた1995年に起きた米兵暴行事件で沖縄の反発が高まった時の知事。行政の責任者として「被害者の尊厳を守れなかったことを謝りたい」と言及した。
 大田氏は「基地を撤去しない限り、いつまでたっても同じことを繰り返す。外国の軍隊を独立国家に置くべきではない」と指摘。同様の事件が続けば「県民の怒りが爆発し、何が起こるか分からない。70年にコザ暴動があったが、今は沖縄中が怒っている」と危惧した。
 その上で「日本政府は、軍事戦略で沖縄を見るのではなく、沖縄戦でどれだけの犠牲者を出したかを理解し、二度と沖縄を戦場にさせないという政策を取ればいい」と話した。

 これは、おおかたの沖縄県民の気持ちを代弁しているのではないか。沖縄県の安慶田光男副知事でさえ、謝罪に訪れた米軍幹部に対し「全米軍基地の撤去も考えなければ…」と初めて言及したほどだ。
 沖縄の米軍基地の存在については、軍事戦略上や地政学的見地からはさまざまな意見がある。だがそれらは、そこに住む人々の尊厳や生命を最大限に重視した上でのことでなければならない。その視点が、安倍政権には決定的に欠けている。
 「日米同盟」を最大の護符として県民の願いや希望の上に位置づけ、そのためには米軍基地の存在を絶対条件とする。米国内でも「在沖縄米軍基地不要論」が出始めているというのに、そんなことには知らぬ顔。自国民よりアメリカの意向を優先するのか、という批判が出るのは当然だろう。
 事件発覚後の嘉手納基地のゲート前で、ひとりの女性が掲げた手書きのポスターがかなしかった…。
 

 【もう無理! もう限界!!】
 わたしたちは今まで耐えてきた。でも、耐えるのにも限界があるのです…。

 沖縄の米軍基地前では、連日のように「抗議集会」が開かれている。基地のゲートを封鎖して、米軍関係の使用車(Yナンバー)の出入りを阻止しようという動きも見える。
 6月19日には、あの1995年の少女暴行事件への抗議県民大会に匹敵するような巨大な集会が、那覇市の奥武山(おうのやま)公園で開催される予定だ。あまりに辛い。沖縄は、いったい何度、こんな集会を繰り返さなければならないのだろう。
 少女暴行事件、教科書問題、普天間基地撤去・辺野古移設反対…と、10万人規模の集会は何度も沖縄で開かれてきた。ぼくも、小さな個人としてそれらに参加してきた。
 6月19日、沖縄では、まだ梅雨は明けていないかもしれない。雨の中に、沖縄の悲しみと怒りの声はわき上がるのか。せめて、その日だけは晴れてくれるよう、ぼくは祈る。

 ネット上でも、このいたましい事件についてのツイッターやブログは数多い。その中で、ぼくも「そうだよなあ」と同感した文章があった。比嘉まりんさんという方が、80歳の女性の意見を引用したもの。

 私が一番望んでいることは、県内の基地撤去だが、それができないなら、全国の47分の1だけを沖縄におくべき。地上戦をくぐり抜けているから80歳になった今も基地撤去を訴えなければならないと思っている。子や孫が安心して暮らしていけたらと思う。

 ほんとうにそう思う。冒頭に書いたように、日本全土のたった0.6%の面積しかない沖縄県に、なぜ74%もの米軍基地を集中させておくのか。もし、米軍基地がどうしても必要だというのなら、日本全土で引き受ければいい(ぼくは米軍基地そのものに反対だが)。せめてそんな議論を真摯にやってから「基地論」を語るべきではないか。
 沖縄で起きていることを、我が事としては考えず「日本の国益のためには、多少の我慢は仕方ない。そのために沖縄には、他府県よりも多額の振興予算を投入しているではないか」と、知ったかぶりの安全保障論を振りかざす人たちがいる。だがその「振興予算」の中身がどういうものかは、先週紹介した『それってどうなの? 沖縄の基地の話。』の中できちんと検証しているように、他府県と比較して決して多いものではないのだ。

 この事件によってさらに高まった沖縄の「基地反対」の声に対し、さっそく、一部の人たちから強い批判が浴びせられ始めた。日本のアメリカ従属を異様だとは思わずに“愛国心”を叫ぶ、奇妙に捩じれた感情を持つ人たちだ。
 橋下徹前大阪市長は、こんなツイートをしていた。

 外国人が犯罪を犯したらその外国人を排斥する。これこそ移民排斥のロジックと同じ。朝日・毎日、その一派は移民や難民に優しいきれいごとを言って、米軍軍属など外国人が犯罪を犯せば外国人は日本から出て行け!とのロジック。きれい事ばかり言う人権派の典型。

 多分、意気揚々、自信満々で書き連ねたに違いないが、きちんと考えれば、この文章のデタラメさはすぐに分かる。
 「米軍軍属など外国人が犯罪を犯せば外国人は日本から出て行け! とのロジック」と書いているが、これは詐欺的な言い替えだ。今、沖縄の人たち(心ある本土の人たちも)が訴えているのは「米軍基地の撤去」であって「外国人追放」などではない。人が言っていることを巧妙に言い替えて、「言ってもいないこと」を対象に批判する、最低の詭弁である。
 「犯罪のもととなった基地を撤去せよ」というのは、当然の要求ではないだろうか。少なくとも、基地さえなければこの米軍属(容疑者)は沖縄にはいなかったはずだし、とすれば今回の犯罪もなかったことになる。ひとつの命が基地の存在によって消えたのは間違いない。
 橋下氏のリクツに、ネット右翼の人たちは大いに賛同したようだ。このツイートに1000を超えるリツイートがなされているのがその証拠だ。よく考えれば破綻したリクツなのに。
 橋下氏は図に乗ったか、こんなことまでツイートしていた。

 米兵等の猛者に対して、バーベキューやビーチバレーでストレス発散などできるのか。建前ばかりの綺麗事。そこで風俗の活用でも検討したらどうだ、と言ってやった。まあこれは言い過ぎだとして発言撤回したけど、やっぱり撤回しない方がよかったかも。きれいごとばかり言わず本気で解決策を考えろ!

 この薄汚い文章には橋下氏の本性がにじみ出ているが、それにしてもあまりにひどい。先のツイートでは最初に「外国人が犯罪を犯したら…」と、外国人一般について話をしていたのに、その後では「米軍属」とか「米兵等の猛者」と限定している。自分の都合のいいように、相手の特性・属性を使い分ける。こういうのを三百代言という。卑怯なリクツである。
 橋下氏は子だくさんで、大の子煩悩だと聞く。娘さんがいるかどうかは知らないが、もし自分の娘がそういう境遇にあったら…などという想像力はまったくないらしい。
 次のような女性の訴えと比べてみれば、橋下氏のリクツの皮相さと想像力の欠如がよく分かる。沖縄タイムス(22日付)の記事だ。

(略)被害者は私だったかもしれない。私もよく夜に歩いている」。シールズ琉球の玉城愛さん(21)は何度も声を詰まらせながら、言葉を絞り出した。午後8時にウォーキング中、被害に遭った女性と同世代。女性の住んでいたうるま市出身で、彼女の出身地の名護市にある名桜大学に通う学生だ。
 ウォーキングという当たり前の日常さえ脅かされる現実。「沖縄で生まれ育ち、将来への夢が彼女にもあったと思う。恐怖と怒り、悲しみで言葉にならない」。充血した目でゆっくり言葉をつなぎ、同世代へ向け、「このまま黙って無関心でいいの」と訴えかけた。(略)

 「精力の有り余る猛者のストレス発散に風俗を使え」などという橋下氏と、「被害者は私だったかもしれない」と、自らの身にひきつけて考える玉城さんとの、ふたりの想像力の絶望的な乖離。橋下氏に同調して沖縄の基地反対派を非難する連中も、この想像力の欠如は同じなのだろう。もし自分が、自分の家族が…という想像力が。

 沖縄の怒りは、反対住民たちだけのものではない。沖縄タイムスのネット配信記事(23日付)だが、元沖縄タイムス記者で、現在フリージャーナリストの渡辺豪さんがこんなふうに書いている。

(略)テレビの画面に見覚えのある顔が映った。沖縄県警刑事部長の記者会見が始まったのだ。沖縄タイムスの社会部で警察担当をしていたとき、よく夜回りし、一緒に酒を飲んだこともある人だ。強面だが、普段は気さくな人である。私には分かった。この人は今、ウチナーンチュとしてすごく怒っている。辺野古で抗議している人たちを冷酷に排除する機動隊だけが沖縄県警の顔ではない。彼らも沖縄県民だ。(略)

 安倍首相や橋下氏ら極右勢力が、いかに火消しに懸命になろうと、沖縄中に燃え上がったこの火は消えない。うるま市や名護市をはじめ沖縄県の各市町村議会は、続々と「米軍基地の整理縮小や日米地位協定の見直しを求める決議」を上げ始めた。

 翁長沖縄県知事は、安倍首相との会談(23日)で「安倍内閣は、できることは全てやるといつも言うが、それは逆に、できないことは全てやらない、との意味にしか聞こえない」と痛烈に批判したという。まさに、怒りの発言である。また、来日するオバマ大統領に直接面談できる機会を設けてほしいと、政府に求めたが、安倍首相はこの要請には返答せず、菅官房長官は会談後の記者会見で「一般論としていえば、外交は中央政府で協議すべきもの」と、あっさりと拒否した。
 だが、これも言い逃れだ。政府が仲立ちして、拉致被害者の会の人たちを米大統領に直接面会させたことがあったではないか。ならば、米軍基地の存在に苦しむ県の責任者を米大統領に会わせる努力がなぜできないのか。

 今週中にケネディ米大使が沖縄を訪れ、翁長知事と会談するという。安倍政権はあてにはならない。翁長知事は、ケネディ大使に直接、大統領との面談を要請すればいい。政府が動いてくれないのであれば、地方が独自に動くしか方法はない。
 「できることは全てやる。できないことでも挑戦してみる」のが、唯一残された道である。

 

  

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76 かなしい訴え
「もう無理! もう限界!!」
」 に3件のコメント

  1. htlookout より:

    橋下徹氏がすっとばす 小躍りするネトウヨたち 詭弁に欺されないでね – 弁護士 猪野 亨のブログ
    http://inotoru.blog.fc2.com/blog-entry-2062.html
    米軍駐留問題と移民問題を意図的にすり替える橋下徹氏 風俗外交をしていたのにね – 弁護士 猪野 亨のブログ
    http://inotoru.blog.fc2.com/blog-entry-2056.html
    橋下徹が沖縄米軍軍属の事件でまた女性差別丸出し「日本の風俗活用」を主張! まさかこんな人物が五輪開催地の知事に|LITERA/リテラ
    http://lite-ra.com/2016/05/post-2276.html
    沖縄女性遺棄事件/橋下前大阪市長とおおさか維新/女性蔑視発言に反省なし
    http://www.jcp.or.jp/akahata/aik16/2016-05-25/2016052504_03_0.html

  2. htlookout より:

    【国際的な恥さらし人間】橋下徹という愚か者に付ける薬なし。こんな男にダマされてしまった有権者の責任は重大だ。 – お役立ち情報の杜(もり)
    http://useful-info.com/hashimototoru-is-stupid
    橋下徹氏の「米兵は風俗を活用せよ」発言は「風俗で活用する女性は性暴力を受け命奪われてもしょうがない」と言っているのと同じ――そもそも風俗で米兵の性暴力はなくせない | editor
    http://editor.fem.jp/blog/?p=2130
    かなしい訴え「もう無理! もう限界!!」|風塵だより#075 | マガジン9
    http://www.magazine9.jp/article/hu-jin/28075/
    橋下徹氏は沖縄の人々に謝罪すべき―「風俗活用」「米軍批判は外国人差別」の論理破綻(志葉玲) – 個人 – Yahoo!ニュース
    http://bylines.news.yahoo.co.jp/shivarei/20160527-00058140/

  3. htlookout より:

    沖縄女性遺棄事件、「予防としての風俗活用案」は最悪の愚策です|勝部元気
    http://www.huffingtonpost.jp/genki-katsube/okinawa_worst_b_10118922.html

    橋下徹「米軍の風俗活用」頭がおかしい社会のダニ・クズ【適菜収】 – YouTube
    https://www.youtube.com/watch?v=H7Va3tlafAY
    深澤真紀×大竹まこと:沖縄の元米兵容疑者と橋下徹市長の暴言 – YouTube
    https://www.youtube.com/watch?v=OfGewq_PSYo
    【問題・政治】橋下徹の冠番組こそ「放送法違反」!?私人と政治家のダブルスタンダード – YouTube
    https://www.youtube.com/watch?v=99wK0ACvGT8

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すずき こう

すずき こう: 1945年、秋田県生まれ。早稲田大学文学部文芸科卒業後、集英社に入社。「月刊明星」「月刊PLAYBOY」を経て、「週刊プレイボーイ」「集英社文庫」「イミダス」などの編集長。1999年「集英社新書」の創刊に参加、新書編集部長を最後に退社、フリー編集者・ライターに。著書に『スクール・クライシス 少年Xたちの反乱』(角川文庫)、『目覚めたら、戦争』(コモンズ)、『沖縄へ 歩く、訊く、創る』(リベルタ出版)、『反原発日記 原子炉に、風よ吹くな雨よ降るな 2011年3月11日〜5月11日』(マガジン9 ブックレット)、『原発から見えたこの国のかたち』(リベルタ出版)など。マガジン9では「風塵だより」を連載中。ツイッター@kou_1970でも日々発信中。

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