この人に聞きたい

96歳の現在まで現役で活躍中の「被爆医師」肥田舜太郎さんには、6年前の2006年の8月「この人に聞きたい」に登場いただきました(「ヒロシマ・ナガサキ」だけでは、核抑止論を乗り越えられない今も世界中で、生み出され続けるヒバクシャたち)。
原爆や劣化ウラン弾など核兵器だけでなく、原発もまた同じ核であり放射線によるヒバクは同じ。そして敵も味方もなくヒバクシャを生み出す内部被曝の恐ろしさについて、繰り返しおっしゃっていました。福島原発の事故が起こった時、まっさきに頭に浮かんだのは、肥田さんがこの事態をどう見ているかということでした。
現在公開中のドキュメンタリー映画『核の傷 肥田舜太郎医師と内部被曝』に合わせて、再びお話を聞きました。

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ひだ・しゅんたろう1917年広島生まれ。1944年陸軍軍医学校を卒業、軍医少尉として広島陸軍病院に赴任。1945年広島にて被爆。直後より被爆者の救援と治療にあたる。全日本民医連理事、埼玉民医連会長、埼玉協同病院院長、日本被団協原爆被害者中央相談所理事長などを歴任。2009年に医療活動から引退後も、執筆、講演活動を続けている。著書に『ヒロシマを生きのびて』(あけび書房)、『内部被曝の脅威』(鎌仲ひとみと共著、ちくま新書)、『内部被曝』(扶桑社新書)。訳書に『死にすぎた赤ん坊—低レベル放射線の恐怖』(アーネスト・J・スターングラス著、時事通信社)、『人間と環境への低レベル放射能の脅威—福島原発放射能汚染を考えるために』(ラルフ・グロイブ、アーネスト・J・スターングラス著/竹野内真理と共訳)など多数。
隠され続けてきた被爆と被曝の被害

編集部 世界各地をまわっての講演や原爆訴訟での証言など、先生はずっとこれまで「核」の脅威について警鐘をならし続けてきました。そのお立場から今回起きてしまった福島の事故についてどのようにお考えですか?

肥田 広島を経験した医者として、ああ、怖れていたことがついに起こってしまう、と思いました。放射線によってすぐに何万人が死ぬということではありませんが、子どもも大人も放射線を出す物質が身体の中に入ったわけですから、これから何十年に渡っていろいろな病気が出てくるだろうということです。事故後1年から、集中して出てくるのは3年から5年ほど経た頃だろうと考えています。この私の計算は、広島や長崎の被爆者を診てきた経験によるものです。今回の原発事故で出てきた放射線は、原爆のものと同じですから、同じようなことが起きて不思議はないと思います。これから起きるべき事態に対して政府は慌てずに対応できるよう、医療体制をちゃんと作っておかなくてはなりません。そして医者も患者をちゃんと診療できる力をつけておかないといけません。慢性被曝の症状を前にして、何だかわかりません、というのでは広島や長崎の時と同じことになってしまう。原爆の被爆者はどこの病院に行っても「病気じゃありません」と言われ、それで理由もわからないまま、多くの人が苦しみまた死んでいったのですから。

編集部 原爆が投下された後の日本の医療現場や医学界というのは、どうだったのでしょうか? 原爆の放射能による健康被害について研究しようという機運は盛り上がらなかったのでしょうか?

肥田 放射能に関する調査も研究も、アメリカの軍事機密といわれて、禁止されていました。当時は占領軍が支配していましたからね。背いたら「厳重に罰す」とされていました。それでも調べるんだという気概を持った医者はいたけれど、みんなクビになりましたね。7年間占領が続き終った後は、講和条約と日米安保条約が結ばれ、日本はアメリカの「核の傘」によって守られることになりました。それによって今度は、日本政府が「核政策」に関係する都合の悪いことを、徹底的に隠すことを始めます。ですから日本は世界で唯一の被爆国ですが、原爆の放射線による健康被害のデータも持っていなければ、医療の研究もまったく進んでいないのです。

編集部 ドキュメンタリー映画『核の傷』にもそのあたりの話が詳しく出ていましたね。アメリカと日本が原爆の死亡者数を隠し続けてきたことや、アメリカのABCC(原爆傷害調査委員会)は、原爆被害の様々なデータを膨大に採り続けてきたにもかかわらず、納得のいく検証は出されていないと。

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