この人に聞きたい

「戦争に行く」とは
「かっこ悪く泥の中を走り回る」こと?

谷口
 そう考えてみると、今「改憲」を言い出してる自民党政治家の多くって、結局「お殿様」なんですよね。昔から支配者階級にいてた人たちの子々孫々。前に麻生さんが自分の支持者に呼びかけるときに「下々のみなさん」って言って批判されましたけど、結局彼らの根底に流れてる感覚は「支配者」なんじゃないでしょうか。だからプロレタリアートの感覚なんて理解しようがないし、『蟹工船』読んでも意味がわからへん(笑)。

編集部
 だから、彼らが立憲主義をわからない、わかりたくないというのは、ある意味筋が通ってますよね。憲法で「縛られる」側なわけですから、それが邪魔でしょうがないわけで…。わからないのは、なぜそこに「下々の者」が乗っかってしまうのか、自分たちの権利を奪うはずの憲法改正になぜ賛成するのか、ということなんですが。

谷口
 直接的には、韓国と中国が「のさばってる」のがうっとうしいから、でしょうか。そういう「近所の国とは仲悪い」っていうのは世界共通ですよね。個人と個人でもそうですけど、近親憎悪みたいなもので。そして、その「近所」を悪者にして、仮想敵をつくって反感を煽ることで一致団結するというのも、国際政治の伝統的な常套手段です。

 特に今北朝鮮が、金正恩体制になってから暴走しているから、「ここで日本も軍事力を持ってなかったら何をされるかわからへん」という感覚が強まっているんでしょうね。でも、それこそ市ヶ谷の防衛省にPAC3が配備されてるとか、攻撃こそできなくても一定の迎撃体制は日本はすでに持っているわけで。「今すぐ武装しないと大変だ」と焦らせること自体がおかしいです。

 そして、考えなきゃいけないのは、そうした政府の煽りに乗って憲法改正に賛成する人たちが、本当にその意味が分かってるんか? ということです。

編集部
 自民党の改憲案には「国防軍の創設」が書かれていますし、4月初めには自民党憲法改正推進本部が、「徴兵制導入の検討」を示唆する内容を含んだ「論点」を公表しましたね。

谷口
 インターネット上でも、「いや、(危機のときには)自分は戦争に行く」とか言ってる人がいます。でも、ゲームの世界ではやり直したら済むかもしれないけど、現実はそうはいきません。みんながトップガンになれるわけでもプラトーンになれるわけでもない。憲法改正改正と威勢よく言ってるオッサンは絶対戦争には行かないし、「下々の者」はかっこよく指揮を執るんじゃなくて、泥の中を鉄砲担いで走らないとあかんはめになる。それをわかってるのかと。

 「戦争に行く」というなら、先に1回、アフガニスタンかどこかの難民キャンプにでも行ってこい、と思います。毎朝爆撃音と地響きで目が覚める。バケツ1杯の、きれいでもない水だけで1日を過ごさないといけない。そういう状況を想像もせんと、何が戦争やと。

 だから、政治家も支配者目線、上から目線ですけど、そこに乗っかってる若い子たちも上から目線なんやと思います。支配される側じゃなくて、する側の目線でものを見るから「憲法改正して軍隊や!」となる。

編集部
 なぜそうなるんでしょうか…。

谷口
 わかりませんけど、いつも思うのは、日本人の、特にオッサンって、「尊敬する人物」にやたら歴史上の人物が多いでしょう。坂本龍馬とか織田信長とか。よく「会うたことあるんかい!」って突っ込みたくなるんですけど(笑)、おばちゃんで尊敬する人物に小野小町や北条政子を挙げる人なんて聞いたことあります?

 まあ、女性はそもそも歴史上にあんまり名前が出てきませんよね。つまり、今に伝わってる歴史というのは、オッサンの歴史であって勝者の歴史なんですよ。そこに憧れるっていうのは、やっぱり勝者、権力者に対する憧れが強いんやと思います。自分を権力者にして下々を支配したいというか。「サムライジャパン」っていう言い方とかも私は嫌いなんですけど、「いや、日本人の8割は農民で小作人やったから!」と突っ込みたくなる(笑)。

編集部
 「日本に誇りを取り戻す」みたいな言い方も、その流れにあるような感じがしますね。

谷口
 「今まで誇りがなかったん? かわいそうに、気の毒やなあ」と思いますね。「そらみんなで”よしよし”してあげなあかんわ」という感じです、おばちゃんとしては(笑)。しかも、これで本当に憲法を改正して軍隊を持つなんてことになったら、それこそ「アメリカの犬」になるようなものでしょう。

 押しつけ憲法を改正してアメリカの犬になる、みたいな自己矛盾を引き起こしてまで、何かを改正して存在をアピールしたいんやったら、憲法より先に変えるべきものはたくさんありますよ。例えば民法には、相続のときに非嫡出子は嫡出子の半分しか権利がない(900条4号)とか、女性だけに離婚後の再婚禁止期間が設けられている(733条)といった、差別的な規定がいくつもあります。刑法で定められている「堕胎罪」が、母親だけを罪に問う規定になっているなんていうのもおかしすぎますよね。民法も刑法も、基本のところは明治時代にできた産物ですから、憲法どころじゃなく「時代に合わない」部分がたくさんあるんです。

 それを放置していながら、少々時代と合わなくなってきていても、まだ解釈でなんとか対応できている憲法を変えたがるって、ほんまに何がしたいんや? と思います。「憲法を今すぐ変えないとすごく困る」人がそんなにいるとは思えませんが、民法や刑法の前時代的な規定については、それで実害を被っている人たちが実際にいるわけで…。「ええことやった」「偉かったねえ」って褒められたいんやったら、そっちに先に手をつけたほうがええのになあ、と思いますね。

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(構成/仲藤里美 写真/白井基夫)

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谷口真由美さんに聞いた(その2) 自民党の改憲草案は、
上から目線の「オッサンの押し付け」憲法
」 に1件のコメント

  1. magazine9 より:

    「時代に合わないから」「押し付けだから」変えるべき、といわれると、
    「そうなのかも」とも思ってしまいがち。
    でもその前に、「ほんとにそうなの?」と疑って、考えてみる習慣をつけたい。
    これ以上、「オッサン政治」に好き放題されないために、
    「おばちゃん党」仕込みの「ツッコミ力」、重要です。
    谷口さん、ありがとうございました!

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