三上智恵の沖縄〈辺野古・高江〉撮影日記

沖縄・普天間基地へのオスプレイ配備をめぐる抵抗運動の様子や、新たな米軍基地建設計画が進む沖縄本島北部・東村高江の住民たちの闘いを描いたドキュメンタリー映画『標的の村』を撮影した三上智恵さん。辺野古や高江の 現状を引き続き記録するべく、今も現場でカメラを回し続けています。その三上さんが、本土メディアが伝えない「今、何が沖縄で起こっているのか」をレポートしてくれる連載コラムです。毎週連載でお届けします。

第16回

敗者は暴走する安倍政権~沖縄県知事選挙が壊して見せた枠組み~

 11月16日夜8時。連日シュプレヒコールと工事車両の音と怒号とが飛交っていたキャンプシュワブのゲート前が、この瞬間「歓喜」に包まれた。時報とほぼ同時に各社が雪崩を打って翁長候補の当選を報じた。次々に入る吉報にみんなの歓声、絶叫と拍手と指笛が重なり合ってマグマが吹き上がるようなエネルギーが炸裂した。
 辺野古だけではない。各地の翁長選対はどこも勝利の声とカチャーシー、オリオンビールとシマー(泡盛)の乾杯が途切れず、深夜まで明かりがついていたという。

 現職の知事に10万票の大差を付け、初めて政党の枠を越えた知事候補を押し出し勝たせた沖縄県民。この大勝利はいったいどこから来たのか。それは何を意味するのか。

 今回の選挙ではっきり言えるのは、次の4年の県政を誰に任せるかという、いつもの県知事選挙ではもはやなかったということだ。基地に「NO」といえる本物の沖縄の代表を初めて押し出す。それが翁長支持者の最大の願いだった。
 現職の仲井真知事を推す側が、翁長個人の人気を削ぐネガティブキャンペーンに精を出していたところを見ると、翁長支持者が見つめている地平を全く理解していなかったと思う。翁長支持者には仲井真知事個人の資質など、もうどうでも良かった。彼らが仲井真知事に見ていたのは、「金目」に自ら絡め取られて「いい正月が迎えられる」と言い、身内に基地負担を押しつけられているのに毅然と拒否できない沖縄のリーダー像だった。

 そのリーダー像はなにも仲井真氏に始まったことではない。敗戦後、植民地同然のアメリカ軍統治時代以降、丸腰の占領民が生き抜くためには、プライドを捨てても実を取るという選択しかない悲しい歴史があった。正論やかっこいいことを言って正面からぶち当たってどうにかなる相手ではない。相手を怒らせずに上手に交渉をして、もらえるものをもらって県民を守る。子や孫のためにはプライドを捨てるのはなんでもない、というリーダーたちがいてこそ今がある。

 それで沖縄が得たものはもちろん多い。社会基盤の整備は見違えるほど進んだし、格差は埋められてきた。しかし一方で失ったものも多い。誇り、自立する力、豊かな自然、正論を言う勇気。特に見て見ぬふりをせず、思考停止もしないで不条理に向き合っていく力が弱められているのではないかという声を、この1年、良く聞くようになった。

 ひとつのきっかけは、昨年末報道された、県民が忘れられないあの光景である。沖縄選出の自民党議員たちが辺野古容認にくら替えさせられ、石破幹事長の横でうなだれて並んでいたあの姿だ。「平成の琉球処分」と言った人もいた。ここまで自分たちは惨めなのか。このままでいいのか。そういう怒りや焦りの声を、今年は正月明けから各地で聞いた。それは保守系の人たちの間からも噴出していた。経済界の重鎮たちも、今度ばかりは政府と自民党の沖縄軽視に反旗を翻す人たちが続々現れていた。保守・革新でもない。基地か経済の二者択一でもない。沖縄の誇りの問題だ。既に基地経済は沖縄の根幹を揺るがすほどの地位を占めなくなり、逆に発展の阻害要因だという認識も共有した。地殻変動は1年かけて徐々に深部に到達していった。

 もうひとつ今回鮮明に現れた特徴は、沖縄県内の対立はもううんざり、という県民感情だ。保守と革新、基地と経済、機動隊と反対運動、知る者と知ろうとしない者…。いくつもの対立軸を作り、お互いの苛立ちを本当の敵にぶつけられないまま、県民同士で傷つけ合う。私自身ここで取材報道をして20年、そうやって消耗し合う年月が恨めしかった。だからこそ映画「標的の村」ではその構図を描きたかった。
 沖縄の苦しみを見て見ぬふりをしながらさらなる負担を押しつけようとする政府と、本土の無関心。こんな巨大な敵と闘わねばならないときに、自公だ、革新だ、と中央政治のタテの流れに倣って政治地図を作っていては、本物の敵に勝てるわけがない。

 翁長新知事を歓迎しない人たちはいう。すぐに兵糧攻めにあうよ。政府に締め付けられれば持ちこたえられない。安保も自衛隊も意見が違うのに、支持母体が既に瓦解しているじゃないか。見ててごらん、ひどい目に遭うよ、と。

 確かに、利益の流れを止めないで! とすがる人たちは兵糧攻めが怖いだろう。金目で最終的に沖縄は黙ると見下している人も、音を上げる沖縄が見たくて仕方ないのだろう。
 でも翁長候補を推した人は、日米両政府を相手にいきなり全勝できるスーパーマンなどいる訳がないのは百も承知だ。予想される政府からの冷たい仕打ちに、共に耐える覚悟があるからこそ票を入れたのだと私は思う。どうやっても動かせなかった壁にぶち当たっていくリーダーを選んだのだ。県民の方もバカではない。試練は折り込み済み。島ぐるみで支えるから、70年の怒りと悲しみを終わらせてくれ。そういう積年の思いと覚悟が詰まった1票であり、票の質が全然違うのだ。

 実感として、これまで動いていなかった若い世代や主婦層などが、面白がって選挙応援に加わっていったのは驚きだった。この選挙期間は「初めてのオール沖縄の知事」を支える側にとっても、まず政治的な思いをカミングアウトし、連帯を模索し覚悟を問われる試金石になった。それは今後の知事のバックボーンを作るためのレッスンでもあった。そして実際に動いた人たちは、これは新しい沖縄に繋がる道だと手応えを感じている様子がよくわかった。勝ったはいいけどすぐ崩れる、とタカをくくっている人たちは、たぶんあまり動いていない人たちなのだろう。

 さらに本土からの応援は、かなり積極的で情熱的なものだった。
 「沖縄の闘いが全国の希望です」「今回沖縄が勝てれば次の選挙は勝てる気がする」「安倍政権に活を入れられるのは、もはや沖縄だけ」「本土の分まで頑張って」「国の暴走を沖縄から止めよう」などなど、多少虫のいいエールもあるのだが、戦争につき進んで行く安倍政権に抗う最前線が、辺野古の基地建設を巡る闘いなのだと位置づける人も多い。
 自分のことのように関心を持ってくれる人も増えていて、翁長当選に沸く辺野古の動画を当日深夜にフェイスブックにアップしたところ、1日足らずで4500回視聴された。沖縄の、いや日本の地殻変動の地鳴りを聞こうと、わざわざ探して動画を見てくれる国民は大勢いる。その存在を含め、我々は勝った。負けたのは暴走する安倍政権なのだ。

 私たちは絶対に戦争する国にはならないし、戦争に加担したくない。原発で地球を滅ぼしたくもない。必死で叫んでいる民の声を聞かない政府には、交代してもらうしかない。

 沖縄の新しいステージは始まった。この平成島ぐるみ闘争が全国に飛び火して、国民のための本物の政治を引き寄せてくる原動力になれれば、70年の戦世(イクサユー)はたちまち弥勒世(ミルクユー)に昇華していくだろう。

イクサユー:争いの時代
ミルクユー:慈愛と豊穣に満ちた平和な世。沖縄独自の弥勒信仰に基づく理想の時代を指す

三上智恵監督新作製作のための
製作協力金カンパのお願い

沖縄の基地問題を描く、三上智恵監督新作の製作を来年の2015 年完成を目標に開始します。製作費確保のため、皆様のお力を貸してください。

◎製作協力金10,000円以上、ご協力いただいた方(もしくは団体)は、映画HPにお名前を掲載させていただきます。
◎製作協力金30,000円以上、ご協力いただいた方(もしくは団体)は、映画エンドロール及び、映画HPにお名前を掲載させていただきます。
※掲載を希望されない方はお申し込みの際にお知らせ下さい。

■振込先
郵便振替口座 00190-8-513577
名義:三上智恵監督・沖縄記録映画を応援する会

 

  

※コメントは承認制です。
第16回 敗者は暴走する安倍政権~沖縄県知事選挙が壊して見せた枠組み~」 に5件のコメント

  1. magazine9 より:

    動画に登場し、当選の知らせを満面の笑みで祝う91歳の方。その人生のなかで、沖縄は何度もつらい思い、悔しい思いをしてきたのだと思います。テントで思わず飛び上がってよろこぶ姿には胸を熱くさせるものがありました。これからの道のりも長いかもしれませんが、「オール沖縄」という思いがひとつ実を結んだのは確かです。
    沖縄知事選の様子については、「風塵だより」でも紹介しています。こちらもあわせてご覧ください。

  2. 宮坂亨 より:

    選挙が終わった途端、防衛局も海保も牙を剥き出しました。海では違法な工事用桟橋を作ろうとして、抗議のカヌーを拘束。陸でもビデオに出てきた84歳の島袋文子さんが救急車で運ばれるなど大荒れ。総選挙での勝利を目指すだけでなく、辺野古現地へ足を運ぶ支援もお願いします。

  3. 三上智恵 より:

    筆者より追加情報です。映像に登場している島袋文子おばあが、昨日埋め立てを止めるためトラックの進入を防ごうとしていたところ、後ろから警察に引っ張られ、サイドミラーに捕まっていた手の指を剥がされる形で後ろに転倒、救急車で病院に搬送されました。知事選からわずか数日で現場はなりふり構わず建設を進めようとしています。記者や映画撮影の妨害もあからさまになっています。年輩者への暴力に至ったこと、怒りと悔しさでいっぱいです。

  4. うまれつきおうな より:

    喜びに水を差すようで申し訳ないが、これで本当に潮目が変わるのだろうか?沖縄の人にとって利益のため強者に媚びるのは誇りを捨てる事という自覚があるけれど、<徳の有る人=金持ち>現世利益第一の宗教観を持つヤマト民族にはそんなことは”当たり前のコンコンチキ”で誇りを捨てている自覚すら薄いと思う。それどころか今回の選挙結果を「弱者のくせに強者にたてついて秩序を乱した」 「バカじゃないの」 「しょせん日本人とは違う」と冷めた目で見ている人が多いのではと心配になってしまう。ちなみにウチの家族は民謡番組で沖縄民謡が流れると「こんなのは日本の歌ではない」とチャンネルを変える。(私は生理的に沖縄民謡しか受け付けないが)

  5. Rikako Matsuda より:

    信じられない。年をとった人を振り落としてまでも、違法な工事をすすめようとしている人々。みなさん、この沖縄の自体は沖縄だけの問題ではありません。人々のためも政府が、人々を踏みつけコントロール政府となる象徴です.どうかシェアおねがいします。

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三上智恵

三上智恵(みかみ・ちえ): ジャーナリスト、映画監督/東京生まれ。大学卒業後の1987年、毎日放送にアナウンサーとして入社。95年、琉球朝日放送(QAB)の開局と共に沖縄に移り住む。夕方のローカルワイドニュース「ステーションQ」のメインキャスターを務めながら、「海にすわる〜沖縄・辺野古 反基地600日の闘い」「1945〜島は戦場だった オキナワ365日」「英霊か犬死か〜沖縄から問う靖国裁判」など多数の番組を制作。2010年には、女性放送者懇談会 放送ウーマン賞を受賞。初監督映画『標的の村~国に訴えられた沖縄・高江の住民たち~』は、ギャラクシー賞テレビ部門優秀賞、キネマ旬報文化映画部門1位、山形国際ドキュメンタリー映画祭監督協会賞・市民賞ダブル受賞など17の賞を獲得。現在も全国での自主上映会が続く。15年には辺野古新基地建設に反対する人々の闘いを追った映画『戦場ぬ止み』を公開。ジャーナリスト、映画監督として活動するほか、沖縄国際大学で非常勤講師として沖縄民俗学を講じる。『戦場ぬ止み 辺野古・高江からの祈り』(大月書店)を上梓。
(プロフィール写真/吉崎貴幸)

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