森永卓郎の戦争と平和講座

 安倍総理の暴走が止まらない。いわゆる解釈改憲によって、日本を再び戦争ができる国にすべく、着々と法整備を進めようとしているのだ。
 新しく作られる武力攻撃事態法では、まず個別的自衛権の行使として、「我が国への攻撃が発生したか、発生する明白な危険が迫っている」場合に自衛隊の出動を可能にすることに加え、「事態が緊迫し、武力攻撃が予測される」場合にも自衛隊に対して待機命令を出せるようにする。そして、集団的自衛権の行使に関しては、①我が国に対する武力攻撃が発生したこと、又は我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これにより我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険があること、②これを排除し、我が国の存立を全うし、国民を守るために他に適当な手段がないこと、③必要最小限度の実力行使にとどまるべきこと、という3要件を満たせば、自衛隊の防衛出動ができることにする方針だという。

 しかし、「我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険」というのは、とても曖昧な表現の歯止めだ。
 例えば、イスラム国の掃討作戦に自衛隊を参加させよという要求がアメリカからあったとしよう。イスラム国は、すでに、我が国を「十字軍」の一員とみなしている。イスラム国の電子機関紙『ダビク』は、2月12日に、「安倍(首相)による思慮のない支援表明後は、すべての日本人と日本の施設が標的になった」と述べている。国内で十分な議論がないまま、いつの間にか日本は、イスラム国を攻撃する有志連合の一員となってしまったのだから、日本や日本人がイスラム国から攻撃を受ける可能性が大きく高まったことは、間違いない事実だろう。そのことは、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険が日本に生じたことを意味する。だから、もし武力攻撃事態法が成立すれば、日本はイスラム国掃討の戦線に、自衛隊を送り込むことになる可能性があるのだ。それは、日本を再び戦争への道に向かわせる第一歩だ。

 実は、戦争への道は、あらゆるところで進んでいる。政府は3月6日に、防衛省設置法改正案を閣議決定した。陸海空自衛隊の幕僚監部(制服組)に対する防衛省内局(背広組)の優位(文官統制)を定めた12条を改正し、制服組と背広組が対等な立場で防衛大臣を補佐する形に変更される。政府は、この改正で背広組と制服組がそれぞれ有効に機能し、シビリアン・コントロールはより強化されるとの立場を取っている。菅義偉官房長官も記者会見で、文民統制が弱まるとの懸念を完全に否定した。しかし、この改正で制服組の自由度が増したのは事実だし、そもそも文官統制は、太平洋戦争の際の軍部の暴走を止める仕組みとして、何重にも作られた歯止めの一つだ。他にも、歯止めがあるとは言え、歯止めの一つが外れたことは事実だ。
 しかも、歯止め外しは、少し前からすでに始まっている。例えば、民主党政権の発足前までは、軍部の暴走を止める仕組みとして、「事務次官会議」があった。閣議前に各省の事務次官が集まり、閣議決定に回す内容を事前に審査する。この会議では、たった一人でも次官が反対をすれば、閣議にかけないという不文律があった。しかも、反対する次官は、反対の理由を述べる必要もなかった。軍部の独走を繰り返さないための知恵だった。しかし、その事務次官会議も、廃止されてしまった。
 少しずつ、しかし確実に、軍部が独走できる環境整備が整いつつあるのだ。

 もちろん、そうした仕組みがあったとしても、最終的に戦争に参加するかどうかの判断は、民主主義の選挙で選ばれた政治家をトップとする政府にゆだねられる。だから、日本がふたたび戦争への道を歩むはずなどないという意見もある。しかし、その政治家が一番危ないと私は思うのだ。
 2月25日、首相官邸で「21世紀構想懇談会」の初会合が開かれた。戦後70年を迎える今年8月に、安倍総理は、「安倍談話」を世界に向けて発信しようとしている。21世紀構想懇談会は、その談話内容を議論するために招集された有識者の集まりだ。そこでは当然、戦後50年の区切りの年に発表された当時の村山富市総理が発表した「村山談話」が議論の対象となる。
 安倍総理は一貫して、「全体としては村山談話を継承する」と国会で答弁してきた。しかし、それはあくまでも「全体として」なのだ。安倍総理は、2013年4月の参議院予算委員会で、「安倍内閣として、村山談話をそのまま継承しているわけではない」と言い切っている。それでは、安倍総理は村山談話のどこを変えようとしているのだろうか。

 私は、安倍総理が一番変えたいのは、村山談話が認めた「日本はアジアを侵略した」という事実認識なのだと思う。そう考える根拠はある。同じ参議院予算委員会で、「侵略の定義は学界的にも国際的にも定まっていない。国と国との関係でどちらから見るかで違う」と答弁しているのだ。

 安倍総理が、日本の「侵略」を認めたくない理由は、安倍総理の祖父、岸信介元総理が、太平洋戦争のときに東条内閣の閣僚の一人だったからだと思う。祖父が行った戦争は、侵略ではなかったと思いたい。その気持ちは、家族の一人である個人の考え方としては、理解できないこともない。しかし、個人の歴史観と総理談話は、まったく別のものだ。総理談話は、国として歴史を評価し、将来日本がどのような国を目指しているのかという日本のグランドデザインを示すものだ。そこには、世界の注目が集まっているのだから、その表現には、慎重のうえにも慎重を期す必要があるのだ。
 私は、太平洋戦争のときの日本軍のアジアへの侵攻を「侵略ではなかった」とするのは、いくらなんでも無理だと思う。客観的な侵略の事実もあるし、何よりアジア諸国だけでなく、欧米でも日本軍の侵略があったという評価は、すでに定着しているからだ。
 むしろそこで、「侵略などしていない」と強弁すれば、世界は確実に「日本が戦前に戻ってしまった」と認識するだろう。

 戦後、世界はずっと日本が軍事大国に戻るのではないかという懸念を持ち続けてきた。IAEA(国際原子力機関)が日本の原発に査察に入る時の最大の関心事は、日本が核兵器開発をしていないかチェックすることだ。日本人の多くは感じていないかもしれないが、世界は、日本がいつか核開発に乗り出すのではないかという疑いの目でみているのだ。
 安倍総理が就任して以降、日本の軍国主義化への世界の懸念は高まっている。日本のメディアはまったく使わないが、欧米のメディアは、安倍総理のことを「右翼」と紹介することが多い。「極右」と評するメディアさえあるのだ。
 その総理大臣が過去の侵略を否定などしたら、世界はどう思うだろうか。確実に大きな非難が巻き起こるだろう。安倍総理は、そうした非難を打ち消すために、「積極的平和主義」を打ち出すものとみられる。しかし、それは逆効果になるだろう。日本が世界平和実現のために自衛隊を派遣するということは、事実上、日本が戦争の片棒を担ぐようになるとみられてしまうからだ。戦後70年、日本は「戦争をしない国」を貫いてきた。しかし、日本が「戦争をできる国」に変貌したと世界はとらえるようになるだろう。

 そうなれば、日本全体が戦争に巻き込まれるリスクが大きくなるとともに、これまで比較的平穏だった国民生活が、テロの脅威にさらされるようになる。
 私は、国益を考えたら、絶対に村山談話を変えてはならないと思う。21世紀構想懇談会が一つの結論でまとまることはないだろうが、8月に予定される安倍談話は、21世紀構想懇談会が内容を決めるわけではない。談話の内容は、安倍総理自身が決める。首相の権力は、それだけ強大なのだ。

 なぜこんなことになってしまったのか。私は、民主党政権のときに、あまりに経済をひどくし過ぎたことが、大きな理由なのだと思っている。過去の歴史をみても、独裁者は多くの場合、経済的困窮のなかから生まれる。人間は、弱れば弱るほど、強いリーダーを求めてしまうのだ。アベノミクスは、庶民の生活を改善していないと言われるが、失業率は劇的に下がり、派遣切りは影をひそめた。強烈な金融引き締めで景気を悪化させたことをリベラル勢力はいまだに反省をしていない。経済への無理解を安倍総理に突かれてしまったのだ。
 ただ、今に至っても、安倍総理の暴走を止める手立てがまったくないわけではない。村山談話は、閣議決定されている。だから、安倍総理も当然、安倍談話を閣議決定しようとするだろう。その閣議の席で、公明党の閣僚が敢然と反対の意思を表明すればよいのだ。
 そんなことをすれば、当然、自公の連立が壊れて、公明党は野党に転落するだろう。しかし、安倍談話は、戦後日本が築いてきた平和主義を根底からひっくり返すリスクをはらんでいると思う。平和と福祉を掲げる公明党にとって、ここが一番の正念場になるのではないか。
 村山談話は、「杖るは信に如くは莫し(よるはしんにしくはなし)」という言葉で締めくくられている。最後に頼りになるのは信義だという意味だ。私は、公明党が平和主義を掲げてきたことを信じたいと思う。

 

  

※コメントは承認制です。
第66回 安倍総理の暴走がなぜ止められないのか」 に11件のコメント

  1. magazine9 より:

    曖昧な歯止めしかない武力事態法と、同じく曖昧なまま採決されてしまった特定秘密保護法。曖昧とは、「意識的に」物事をはっきりさせない場合にも使われる言葉です。なんとなくまだ大丈夫と思っていたら、すでに戦争への外堀が固まっていたということになりかねません。経済か平和かは、二者択一にできるものではないはずですよね。

    • 風雷坊君子 より:

      外堀が埋められたことに気付かない国民。目先の経済で今を判断する国民。それが残念。

  2. AS より:

    安倍氏は対日講和条約を破棄しポツダム宣言受諾と降伏を撤回したいのではないかとインターネット上でもっぱらの噂です。もしそうなったら“軍国主義者の復権”ということで国連憲章第53条に基づき、旧連合国の制裁が行われるかもしれません。

  3. Shunichi Ueno より:

    安倍氏は「21世紀に相応しい未来志向の談話」と言われるが、やってることは20世紀をもう一度繰り返そうとしているように見える。
    かつて村山談話の「侵略」の表現について「侵略かどうか定義する立場にない。そういう謙虚さが必要だ」とはぐらかし、どう認識するかには応えなかった。それで未来志向を語るのは謙虚ではなく不遜というべきだろう。

  4. やまぐちさん より:

    文章の中で、安倍首相の“積極的平和主義”という語について違和感があります。
    国連などとの共通認識をもたない、首相独自の語だと思います。
    だから、「首相が言うところの“積極的平和”(注:本来は、「単に、戦争がない状態を平和というのではなく、人としての尊厳が守られる=貧困や差別さえも存在しない状態」を言うんですけどね)」としてほしいです。
    日本の国民に、間違って刷り込まれることがこわいです。

  5. アベノミクスは本来、菅さんが総理の時にやるべきだったんだよな〜。鳩山さんが辞めてジャストタイミングだったんだけど、周囲の反対に負けて、責任とるのが嫌だから日よってしまった。原発の対応も突発的に行って、あとひたすら守りを固めるだけだったし、何も考えずにクリミアに行く鳩山さんの爪の垢でも煎じて飲ませたい。
    ちなみに、右翼は鳩山さん殺しちゃダメだよ!ああいう馬鹿なことできる人は国の宝なんだから!!

  6. L より:

    森永さんは曖昧に書いているけど、日本国は、ポツダム宣言受諾、極東国際軍事裁判判決と執行、サンフランシスコ講和条約批准、日本を「敵国」と分類する国連憲章下の”国連”こと連合国加盟他で、15年戦争が侵略戦争であることを繰り返し明確に認めている。世界が、安倍政権に苛立つのは、にも関わらず、安倍総理がそれを誤魔化したり否定したり、美化したり、質の悪いデマを飛ばすからだ。日本が戦勝国の人々を2000万人殺し辱め、多くの財物を奪い破壊したことをわが身に置き換えて思えば、彼らが安倍政権に対して極めて不愉快かつ怒りを覚え、軍事・政治的に強く警戒するのは自然だろう。

  7. es より:

    今の安倍氏の暴走ですが、彼は自分は正義でやっていると、おごり高ぶっておられるのではないでしょうか。だけど世界は武装する日本ではなく、提案する日本を求めているのでは?と思います。
    安倍氏は、強い武装した日本を世界が求めていると勘違い、または何かの利権でそう思われているのか。。政府は、自分は正義だと主張して戦って、政治的利権が合えば仲間になって、また争いを生むという負の連鎖を止める方法を議論するべきと思います。このまま正義を振りかざしては、同じ歴史を辿ることになるのではと危惧しています。
    アメリカも正義という言葉でイラクを攻撃して、ISという新たな別の正義を生み出してしまいました。ISだって聖戦という正義で戦っています。今の泥沼に、それこそ精神的無防備で入って行くことはどうかと思っています。

  8. 虎猫milktea より:

    議員が信用出来ますか?ワークオブバランスが悪く知らない間に法律が決まってしまう日本。マイナンバー法は国会で十分審議がされて成立した日本の法律です。
    とありますが今私はがん医療について調べています。海外の医療より10年以上遅れている日本のがん医療。これらの事を与党のがん対策本部長をしている議員は全く知りませんでした。驚くべきなのは他の政治家も把握していなかったのです。ドキソルビシン(doxorubicin)は、抗悪性腫瘍剤(抗がん剤)の一種。アドリアマイシン(Adriamycin)ともいう。商品名はアドリアシン(販売:協和発酵工業)。発がん性有りこの抗がん剤を強力に議員たちは広めていました。国際がん研究機関 (IARC) による発がん性リスク
    アメリカ食品医薬品局(FDA)は15年前に抗がん剤を禁止。WHOは抗がん剤を自粛するよう通達も議員たちは知りませんでした。いか議員たちが勉強していないか。
    順天堂大学大学院教授・白澤卓二先生 薬が売れるように、病気の診断基準を作っているんです。まず、医者が言っていることが間違ってる。そもそも医者が使っている教科書が間違っていて、学会が間違っているんです。この先生は海外の状況を良く調べてますが大抵の医師は海外の状況や論文に疎いです。日本の医学教育の基準が世界の基準を満たしていないことで新たな問題が生じてきている。それが「2023年問題」だ。実はこの問題、一般にはまったくと言っていいほど知られていない。マイナンバーも国民の声は無視。システム構築は既に済んでいる。おかしい情報操作情報統制が行われている私は政治的には中立ですがもはや看過出来ぬ状況

  9. K・S より:

    私は現在の政権には、我が国を戦争への道に推し進めようとしているのではないかと恐怖感を覚えています。
    国民の皆様はご存知かどうか知りませんが、安部首相は元A級戦犯者であった岸元内閣総理大臣のお孫さん
    です。確かに自分の国をしっかりと守るために強力な兵器の開発は必要かも知れませんが、周辺国の脅威にならぬ程度にとどめるべきであります。本年の春にバラク・オバマ米国大統領が広島を御訪問なさったとき、原爆犠牲者の慰霊碑にお花を供えられ、「二度と核兵器を使用してはならない」とコメントをされました。このことを
    考えたら侵略戦争の否定発言や周辺国への脅威となる兵器の開発は、絶対にしてはいけないと思います。

  10. 駑馬 より:

    真剣に考えていますか?
    ・日本国憲法前文を読んだことありますか?
    ・現在の国際状況が日本国憲法の前文の様な状況にあると思いますか?・名誉ある地位に就きたいと思うことは間違いですか?
    ・自国の家族が殺されてからでないと防衛できませんか?
    ・自分の国を自分たちの血で守らない国が、交際社会で認められると思いますか?
    ・拒否権ばかり発動される国連が機能していると思いますか?・なぜ日本の戦国時代が終わったと思いますか?話し合いで終わったと思いますか?・中国の共産党体制の言論統制を信頼できますか?・オタクの世界は国境がありませんが現実世界は国境があります。国境がいやなら、中国の一部orアメリカの一部の州になりますか?

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森永卓郎

もりなが たくろう:経済アナリスト/1957年生まれ。東京都出身。東京大学経済学部卒業。日本専売公社、経済企画庁などを経て、現在、独協大学経済学部教授。著書に『年収300万円時代を生き抜く経済学』(光文社)、『年収120万円時代』(あ・うん)、『年収崩壊』(角川SSC新書)など多数。最新刊『こんなニッポンに誰がした』(大月書店)では、金融資本主義の終焉を予測し新しい社会のグランドデザインを提案している。テレビ番組のコメンテーターとしても活躍中。

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