森永卓郎の戦争と平和講座

 安倍総理が消費税引き上げ延期を宣言する可能性が高まってきた。安倍総理が開催した国際金融経済分析会合には、ノーベル経済学賞を受賞者したポール・クルーグマンとスティグリッツの2人の経済学者が招かれ、ともに消費税引き上げの延期を提言したからだ。
 もちろん、これは茶番だ。この2人を招けば、何を言うかは、経済学を少し勉強している人なら誰でも分かる。安倍総理は、消費税引き上げ延期を宣言するためのアリバイ工作として、あえてこの2人を招いたのだ。私は、安倍総理が消費税引き上げを延期する可能性は7割から8割だと考えている。

 安倍総理は、公式には、「東日本大震災やリーマンショック並みの経済危機が起きない限り、予定通り消費税を引き上げる」と表明している。しかし、「リーマンショック並みの危機」という条件は、すでにほぼ満たされているのだ。
 リーマンショックのとき、日本経済は2年連続のマイナス成長に陥った。2年連続は、このとき以外、戦後一度も経験していない事態だ。ところが、2014年度は、消費税率引き上げの影響で、すでに▲0.9%のマイナス成長が確定している。そして、15年度は、4〜6月期が▲0.4%、7~9月期が+0.3%、10~12月期が▲0.3%という前期比成長率になっている。つまり、今年1〜3月期に相当な高成長を達成しない限り、15年度全体のマイナス成長が避けられないのだ。これは、リーマンショックのときと同じ2年連続のマイナス成長だ。
 だから、安倍総理が消費税引き上げ延期を発表したら、野党は反発してはならない。「選挙目当ての暴挙だ」という批判は、安倍政権の思うつぼになってしまうからだ。生活が苦しい国民にとって、消費税増税を回避してくれる安倍総理とそれを批判する野党という構図は、野党を窮地に追い詰めるだろう。それでは、2014年12月の衆議院選挙の二の舞を演じることになってしまう。

 いま野党は、安倍政権の暴走を止めるために選挙区調整を行うと同時に、共通政策のすり合わせを行っている。しかし、合意できているのは、安全保障関連法案の廃止など、安全保障政策が中心だ。私は、いますぐにでも、経済面での共通政策として、「消費税率の5%への引き下げ」を打ち出すべきだと思う。それも、安倍政権が消費増税の延期を発表する前が望ましい。そうすれば、消費税を下げてくれる野党といまの消費税率を続ける安倍政権という対立図式になるからだ。
 ただ、残念ながら、消費税率を引き下げようと主張している野党はひとつもない。引き下げの財源が確保できないと思い込んでいるからだ。しかし、財源を確保することは、十分可能だ。一つの方法は、法人税率の引き上げと、国家公務員人件費のカットだ。
 消費税率を5%に戻すためには、7兆円の財源が必要になる。法人税の実効税率は、2016年度から20%台に引き下げられたが、これを安倍政権発足前の40%台に戻す。そうすれば、税収が4兆円増える。もう一つは、国家公務員人件費の3割カットだ。国家公務員法に書かれた公務員給与の水準は、「民間準拠」だ。ところが、その原則がないがしろにされている。
 例えば、昨年冬の賞与は、東証一部上場企業の平均が73万円だった。一方、一般企業の平均は37万円だ(まだ正式な統計はでていないが、シンクタンクの推計による)。勝ち組企業と一般企業の間には2倍近い格差があるのだが、実は国家公務員の賞与は72万円だった。つまり、国家公務員は、いま、勝ち組企業と同じ賞与を得ている。つまり勝ち組準拠になっているのだ。この他、退職金の水準が高いといった点も含めて考えると、国家公務員の給与や賞与を3割カットして、はじめて民間並みになるということだ。国家公務員の人件費を3割カットしても、それによって節約できる予算は1兆5000億円だが、国家公務員の給与を下げれば、天下り団体への補助金もカットできる。そうした間接効果を含めれば、3兆円は予算を削減できるだろう。つまり、法人税増税と公務員人件費カットを組み合わせれば、消費税率を5%に戻す財源は十分得られるのだ。
 また、当分の間は、財源を確保しなくても消費税減税は可能だ。消費税率引き下げで財源不足になる分の国債を発行し、それを、市場を通じて日銀が買ってしまえばよいのだ。
 消費税の引き下げで7兆円財源が不足するなら、毎年7兆円余分に国債を発行し、それを日銀が買い取って、代わりに日本銀行券を発行するイメージだ。政府は日銀に国債金利を支払わなければならないが、それは日銀からの国庫納付金として政府に戻ってくる。だから、政府に負担はないのだ。
 そんな錬金術のような話はあり得ないと思われるかもしれない。もちろん、こうした財源調達には、副作用が存在する。一つは、物価が上昇するということだ。日銀の資金供給を増やすのだから、お金の価値が下がる。つまり物価が上昇してしまうのだ。しかし、いまの日本の物価上昇率は、ゼロだ。日銀の目標の2%にまったく追いついていない。つまり資金供給増の余地はまだまだあるということになる。
 もう一つの副作用は、国債価格が下落する、つまり国債金利が上昇するということだ。しかし、これも心配はない。何しろ、日本の国債は買いが集中して、価格が高騰し、金利がマイナスになっているほどだからだ。
 もちろん、こうした状況がずっと続く保証はない。ただ、当分の間は、日銀が国債を買う形で、消費税減税は実現できるのだ。

 実は、アベノミクスが危機的状態から日本経済を脱出させたのも、同じメカニズムだ。アベノミクスで日本の経済のパイは拡大した。しかし、その成果が、一部の地域、一部の大企業、一部の富裕層に集中して分配されているために、大部分の国民に景気回復実感がないのだ。それでも、雇用情勢はアベノミクスによってよくなっているから、その面での恩恵に国民はあずかっている。
 だから、本気で安倍政権を打倒しようと思ったら、アベノミクスよりも景気をよくする経済政策を提示しなければならない。消費税率を引き下げれば、国民の実質所得が増えて、消費が増え、確実に景気はよくなる。
 私は、民主党が政権をとっている時代から、このことを言い続けてきた。しかし、誰も耳を貸してくれなかった。そして民主党は、金融緩和政策を安倍総理に奪われ、没落した。日本のリベラル勢力は、きちんと経済学を勉強すべきだと思う。社会保障を守るためには、消費税が必要だというのは、財務省が富裕層の負担を軽くし、庶民に重税を課すための詭弁にすぎない。そのことに一日も早く気付いて、経済政策を転換しないと、日本のリベラル勢力は、万年野党に甘んじ、安倍政権の暴走がますます強まるだけだろう。

 

  

※コメントは承認制です。
第70回 なぜ野党は「消費税引き下げ」を言わないのか」 に3件のコメント

  1. magazine9ね より:

    安保関連法の廃止はもちろん大事です。しかし、多くの人が暮らしへの不安や疑問を抱いているいま、野党が希望を見出せるような政策を共通して打ち出せるかどうかが、広い層の支持を得るための鍵になってくるのでしょう。 クルーグマン氏はこの会合での発言を公開していて、こちらで読むことができます(英文)。

  2. 佐藤稔 より:

    消費税について日本共産党はもともと、所得の少ない人ほど負担が重くなる最悪の不公平税制であり、暮らしも経済も財政も壊すものだとして廃止を掲げています。
     2012年に日本共産党が発表した「消費税の大増税ストップ! 社会保障充実、財政危機打開の提言」でも、(1)富裕層と大企業に応分の負担を求める税制改革(2)国民の所得を増やす経済改革で税収を増やす―という二つの改革を提案し、この道を進めば消費税廃止の展望が開かれることを示しています。今回の総選挙の分野別政策でも廃止を明記しています。

  3. アオノトウ より:

    消費税減税よりいいアイデアがあるので書きます。
    ただ消費税を減税しても景気はよくならない。
    それだけの財源があるなら思い切ったことした方がいい。それはガソリン税の撤廃と高速道路無料化、高速道路のさらなる充実に向けるべき。
    ガソリン税撤廃は東京から地方への所得移転につながり地方が潤い、ガソリン安、高速道路無料化が地域間の移動を活発化させ経済が潤う好循環を生みだすと思う。

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森永卓郎

もりなが たくろう:経済アナリスト/1957年生まれ。東京都出身。東京大学経済学部卒業。日本専売公社、経済企画庁などを経て、現在、独協大学経済学部教授。著書に『年収300万円時代を生き抜く経済学』(光文社)、『年収120万円時代』(あ・うん)、『年収崩壊』(角川SSC新書)など多数。最新刊『こんなニッポンに誰がした』(大月書店)では、金融資本主義の終焉を予測し新しい社会のグランドデザインを提案している。テレビ番組のコメンテーターとしても活躍中。

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