森永卓郎の戦争と平和講座

 6月26日の衆議院本会議で、消費税増税法案が可決された。メディアでは、民主党小沢グループを中心とする造反の動きだけが、話題の中心になったが、もし造反がなければ、実に9割以上の圧倒的多数で消費税増税が可決されるところだった。

 社会保障改革を伴わない消費税増税に賛成する国民は、半分以下だろう。にもかかわらず、国会議員の圧倒的多数が、消費税の増税に賛成してしまう。そうした密室談合政治こそ批判されなければならないのに、大手メディアは、まったく問題にしなかった。

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 なぜこんなことになってしまったのだろうか。改めて、政権交代に結びついた2009年の民主党マニフェストを読み返してみると、実に明確で、整合性がとれていて、よいマニフェストだと思う。高速道路を無料化し、子ども手当を月2万6000円支給する、最低保障年金を7万円支給する。そうした施策の財源として、徹底的に予算のムダを削減する。そのため、天下りを禁止し、公務員人件費を2割カットする。現時点でこのマニフェストを提示しても、そのまま通用するくらい実現可能性もあったと思う。

 その改革が実現できなかった一番大きな理由は、2010年の参議院選挙で民主党が大敗し、ねじれ国会となったせいで、民主党の提出する法案が通らなくなってしまったからだ。

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 それでは、なぜ2010年の参議院選挙で民主党が惨敗したのかと言えば、鳩山総理が辞任してしまったからだ。もし鳩山政権が続いていたら、マニフェストを片端から否定していくような政権運営はなされなかっただろう。少なくとも、消費税率が引き上げられるようなことは、鳩山元首相がいまもって消費税に反対していることから考えても、なかったはずだ。

 ところが鳩山氏は「少なくとも県外」としていた普天間基地の移設先を突然辺野古へと変更し、辞任してしまった。総理を辞任しなければ、大変なことになると官僚から圧力がかかったという説もある。確かに、鳩山総理には、亡くなっている人から個人献金を受けていた「故人献金事件」や母親から大金を小遣いでもらっていた「子ども手当」事件が発覚している。政治資金報告書に記載した土地購入の年次がずれていたという「期ズレ」事件で、小沢一郎氏がいまだに裁判を強いられているのと比べると、鳩山氏は税金の追徴以外、一切お咎めがなかった。鳩山総理辞任の裏側で何があったのか。いまだに大きな疑問だ。

 ただ、民主党崩壊への実際の動きが始まったのは、参議院選挙前に後任の菅直人総理大臣が、突然消費税増税を打ち出したことだった。この方針転換で、民主党は惨敗した。つまり、直近の民意は、消費税増税に対してノーということなのだ。なぜ菅前総理は、唐突に消費税増税を打ち出したのか。その理由は、菅氏が総理大臣を務める前に財務大臣を務めていたからだろう。財務大臣になると、朝から晩まで財務官僚がご進講に来る。官僚の中でも最も優秀な人材が財務省に就職するから、彼らの手にかかると、財務省の思想に簡単に染められてしまう。ましてや菅氏は、財務大臣時代、消費性向と乗数効果の区別がつかずに国会審議を4回も止めてしまうほどの経済の素人だ。財務省にとって、菅氏を自らのシンパに作り替えるのは、赤子の手をひねるより簡単だっただろう。

 だから、菅総理が就任した時には、財務省は大喜びをしたに違いない。小沢グループ・鳩山グループが主導した2009年の民主党マニフェストは、徹底した脱官僚思想に貫かれていたからだ。案の定、菅政権以降、民主党政権の官僚への扱いは大きく変わった。天下り禁止は完全な骨抜きになり、廃止されていた事務次官会議も事実上の復活をみた。国家公務員人件費の2割カットも、復興財源捻出のための給与の7.8%カットだけに終わり、しかも給与削減は2年間の期間限定になった。官僚側の完全勝利だ。

 そして、野田総理になってから、財務省の支配力はさらに強まった。野田総理は、財務副大臣、財務大臣と上り詰めた生粋の財務省シンパだ。民主党代表選挙のときから消費税引き上げを打ち出し、政治生命をかけて消費税引き上げ法案の自民党との談合に臨んだ。

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 法案修正協議で、税制部分の民主党の担当者は、藤井裕久氏だった。大蔵省に入省して、財務大臣も務めた。一方、自民党の担当者は町村信孝元官房長官だったが、実質的に議論をリードしたのは、顧問の伊吹文明氏だった。伊吹氏も大蔵省に入省して、財務大臣を務めた。さらに民主、自民という二大政党のトップを務めているのは、野田佳彦元財務大臣と谷垣禎一元財務大臣だ。

 これだけの人材が揃えば、財務省のシナリオどおりに事が運ばないはずがない。こうして、民意を無視した消費税引き上げは、見事に達成されたのだ。しかし、財務省が達成したのは、消費税引き上げだけではない。民主党のマニフェスト自身を完全崩壊させることにも成功したのだ。

 消費税法案の修正協議で、自民党が何を実現したのかが、自民党のホームページに記されている。「経済への配慮」という項目は、次の通りだ。「消費税の引上げに際しては、経済状況を勘案することとし、その判断にあたってはわが党の主張により、法案の景気条項に『成長戦略や事前防災及び減災等に資する分野に資金を重点的に配分するなど、わが国経済の成長に向けた施策を検討する』ことを盛り込みました」。

 つまり、消費税増税で増える財政資金は、今後、防災及び減災を目的とした公共事業を拡充するために使われるのだ。民主党マニフェストの「コンクリートから人へ」が雲散霧消したということだ。

 エネルギー政策についても、民主党は大幅な政策変更を図ろうとしている。この点については、自分の不明を恥じるしかないが、私は民主党政権が打ち出した原子炉の寿命を40年として、それ以降は廃炉にするという方針を信じ、支持していた。

 ところが、6月29日の関係閣僚会議で、政府は、2030年の原発依存度を「0%」「15%」「20〜25%」の三つとする選択肢を決めた。この選択肢にもとづいて、今後国民からの意見を聞いたうえで、8月末にエネルギーの長期政策を決定するという。しかし、原子炉を40年で廃炉にするとしたら、2030年時点の原発依存度は現状の26%から15%まで低下する。なぜ、25%という現状の原発依存度に近い選択肢が必要なのだろうか。いまの国民世論を踏まえたら、選択肢は0%と15%の二つだけで十分だろう。25%という数字を示すこと自体が、政府が脱原発の方針を撤回する布石なのだろう。もちろん、その背後には、原子力村に利権を持つ官僚の姿がある。

 結局、政権交代が目指した政治主導はどこかに消え失せ、再び自民党型の官僚主導政治が復活したということなのだ。

 鳩山氏にしろ、小沢氏にしろ、官僚の利権をつぶそうとすると、総攻撃を受けて失脚してしまう。だから国民が選挙で政策を選択できない。この問題をどう解決したらよいのだろうか。

 ちなみに私がいま一番心配しているのは、今後、重税と閉塞感に苦しむ庶民が、より強いリーダー、つまり独裁者を育ててしまうのではないかということだ。それが悲惨な結果をもたらすことは、1930年代の歴史が証明しているのだが、これだけ官僚の悪行が続くと、私の心のなかでも悪魔の声が高まってきている。「もう官僚を倒せるのは、独裁者しかいないのではないか」と。

 

  

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森永卓郎

もりなが たくろう:経済アナリスト/1957年生まれ。東京都出身。東京大学経済学部卒業。日本専売公社、経済企画庁などを経て、現在、独協大学経済学部教授。著書に『年収300万円時代を生き抜く経済学』(光文社)、『年収120万円時代』(あ・うん)、『年収崩壊』(角川SSC新書)など多数。最新刊『こんなニッポンに誰がした』(大月書店)では、金融資本主義の終焉を予測し新しい社会のグランドデザインを提案している。テレビ番組のコメンテーターとしても活躍中。

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