森永卓郎の戦争と平和講座

 3月30日に亀井静香国民新党代表が、野田総理に対して連立離脱の意向を伝えた。「国民新党は消費税を引き上げないという国民との約束を破るわけにはいかない」と亀井代表は記者団に語った。政権交代の年、民主・社民・国民新党の3党で取り決めた連立合意では、消費税率を引き上げないこととしていたし、国民新党自身も消費税引き上げには反対すると一貫して言い続けてきたのだから、亀井代表の発言は筋が通っている。驚いたのは、亀井亜紀子政調会長を除く6人の国会議員が連立離脱に反対し、自見金融担当大臣にいたっては、国民新党の議員として、消費税引き上げ法案に署名までしてしまったのだ。

 国民新党最大の公約である郵政民営化見直し法案の成立を見届けたいというのが表向きの理由だが、本当にそうだろうか。郵政民営化見直し法案は、すでに自民党と公明党の間で修正案が合意され、民主党もそれを受け入れる方向で決着がついている。いまさら国民新党が連立のなかにとどまっても、ほとんど影響はないだろう。また、法律の修正案では、ゆうちょ銀行とかんぽ生命保険の株式について、「全てを処分することを目指し、両社の経営状況等を勘案しつつ、できるだけ早期に処分する」ことになっており、国民新党が主張し続けてきた郵政事業に政府関与を残す法律案とは、かけ離れた存在になっている。もし株式を完全処分すれば、農村部の郵便局が切り捨てられるのは確実だからだ。そんな法案を見守るために消費税に関する有権者との約束を破ってよいとは、到底思えない。結局、連立に残ることを選択した国民新党の6人の議員は、与党生活を続けるなかで、権力の魔力に取り憑かれてしまったということなのだろう。

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 もちろん、国民新党のことばかり責めるわけにはいかない。民主党も、09年のマニフェストで国民に約束したことのほとんどを裏切っている。子ども手当、高速道路無料化、最低保障年金創設、ガソリンの暫定税率廃止、製造業や登録型派遣労働の禁止、最低賃金時給1000円、中小企業の法人税率11%など、実現していないものばかりだ。一方で、マニフェストに一切書かれていなかった大企業を含む法人税減税、TPP交渉参加に向けての関係国との協議、そして消費税率引き上げは、全力を尽くして実現してきた。もちろん、国民新党も与党の一角を占めてきたのだから、同罪だ。

 問題は、これらの政策の見直しが全体として、どのような意味を持っているのかということだ。少していねいに見れば明らかなように、2009年の民主党のマニフェストは、きわめて平等化促進の色合いの濃いものだった。最低賃金を引き上げ、景気の調整弁にされてしまう製造業への派遣労働を禁止する。子ども手当で、子どもの育ちを社会として支援する。高速道路無料化で地方経済の活性化を図る。中小企業に限って法人税を引き下げて、小規模事業者の経営を助ける。いかにもリベラル政党が主張しそうな政策が並んでいたのだが、政権獲得後、民主党はそれをすべて裏切った。そして、新たな政策として、大企業の法人税率を引き下げ、社会保障財源を消費税に求めることによって、社会保障に対する企業の負担増を断ち切り、高所得者の負担を軽減した。そして、TPPへの参加によって、市場原理が貫徹する弱肉強食社会をあらゆる分野に広げようとしている。

 なぜ、こんなことになってしまったのかは、政治的には明らかだ。小沢グループ、鳩山グループというリベラル派が支配していた民主党を、弱肉強食社会を望む権力者たちが、よってたかって、陰に陽に、叩きつぶしにいったからだ。

 アメリカ、財界、検察を含む官僚、そして大手メディアに代表される真の権力者たちは、政権を握った人たちをアメとムチで誘導し、そして自分たちの都合のよいように洗脳していった。

 例えば、今後増加する社会保障財源を賄うためには消費税の引き上げが避けられないと、いま多くの政治家が言うし、国民のなかにもそう考えている人が多い。しかし、その考えは明らかに誤りだ。まず、日本の財政には少なくとも200兆円の余裕がある。アメリカは、リーマンショック以降これまでで資金供給を3倍以上に増やしてきた。だから、日本も200兆円の国債発行をして、それを日銀が買い取れば、政府に200兆円の収入が入ってくる。それだけやっても、日銀の資金供給量は3倍には届かない。アメリカが資金供給を3倍に増やして、経済への悪影響がなかったのだから、日本も大丈夫だ。資金供給増の唯一のデメリットは、通貨安と物価上昇だが、日本経済はデフレを続けているのだから、物価上昇と円安は、むしろメリットになる。

 また、社会保障財源を消費税に求めるということ自体も間違っている。医療保険、介護保険、公的年金保険の財源の多くは社会保険料だ。これらの社会保険料は企業と労働者の折半で負担している。社会保障財源を消費税に求めるということは、これまで半分を負担してきた企業の負担をなくすということだ。消費税は企業ではなく、消費者が払うものだからだ。また、消費税は所得税と異なり、低所得者ほど収入に対する負担割合が増える逆進性を持っている。つまり、社会保障財源を消費税で賄うということは、高齢化にともなって増える社会保障負担から企業と金持ちを逃れさせる方策だということなのだ。まさに新自由主義政策だ。

 いま日本が抱えている最大の問題は、リベラル勢力の存亡の危機だ。国民の多くは、自民党にも民主党にも嫌気がさして、橋下徹大阪市長率いる維新の会に大きな期待を寄せている。しかし、橋下市長は行政職職員をわずかな報酬カットで済ませる一方で、交通局の現業職員には4割カットという厳しい給与削減を求めている。国政に関しては、まだ明確な方針を打ち出しているわけではないが、橋下市長の発言から考えると、TPPへの参加や消費税の引き上げは、賛成だとみられる。

 また、大阪市交通局の元嘱託職員が前市長の支援を求める労組名義の職員リストを捏造し、それに基づいて維新の会の市議が議会で質問をしていた事件で、橋下市長は「議員の質問権は最大限保障しないといけない」として労働組合への謝罪を拒否した。とにかく労働組合は「敵」なのだ。

 今後、橋下政権が誕生するのかどうかは別にして、いまの橋下ブームも、新自由主義を強化する結果につながるのだろう。

 民主党による政権交代も、オバマ大統領の誕生も、結果的に新自由主義の抑圧にはつながらなかった。国民的熱狂は、国民を苦しめるだけに終わる。リベラル政策を支持する人たちの受け皿を早く作らないと、日本は大変なことになるだろう。

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森永卓郎

もりなが たくろう:経済アナリスト/1957年生まれ。東京都出身。東京大学経済学部卒業。日本専売公社、経済企画庁などを経て、現在、独協大学経済学部教授。著書に『年収300万円時代を生き抜く経済学』(光文社)、『年収120万円時代』(あ・うん)、『年収崩壊』(角川SSC新書)など多数。最新刊『こんなニッポンに誰がした』(大月書店)では、金融資本主義の終焉を予測し新しい社会のグランドデザインを提案している。テレビ番組のコメンテーターとしても活躍中。

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