森永卓郎の戦争と平和講座

 8月22日からTPP交渉の閣僚会合が、ブルネイの首都バンダルスリブガワンで始まった。閣僚会合自体は2日間で終わったが、引き続き首席交渉官による協議が行われている。TPP交渉の最大の山場である関税協議だ。
 当初、関税協議は暗礁に乗り上げるとみられていた。各国の利害が対立するからだ。しかし、閣僚会議で当初予定通りに年内妥結をするという方向性が確認された。アメリカが年内妥結にこだわったからだ。

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 TPP閣僚会議では、開催国が議長を務めるのが慣例になっているが、今回はアメリカの強い意向で、フロマン通商代表が事実上の進行役を務めることになった。もちろんその理由は、アメリカが主導権を握り、短期間で米国に有利な決着を図るためだ。
 交渉参加に遅れた日本としては、できるだけ交渉を引き延ばして、コメや甘味資源作物、牛肉・豚肉、小麦、乳製品といった重要品目を中心に、守るべきものをきちんと守るというのが本来の戦術だった。
 ところが、8月19日に米国のフロマン通商代表と会談した甘利TPP担当大臣は、米国が要求してきた「年内の交渉妥結」をあっさりと受諾してしまった。しかも日米間の関税交渉を、米国内での手続きの遅れを理由に9月に先送りされてしまったのだ。これでは、交渉妥結までに本格的な交渉を行う十分な時間を取ることができない。
 8月26日には、シンガポール、ペルー、チリの3か国が自国への輸入品にかかる関税をすべて撤廃する代わりに、日本にも関税の全面撤廃を求めていることが明らかになった。おそらく米国もそれに近い市場開放を日本に求めているものとみられる。
 その証拠が、政府から自民党にTPP交渉に関する情報が一切提示されていないという事実だ。日本の提案も、相手国からの要求も、自民党には一切提示されていないのだ。これでは、自民党内でTPPに関する議論をすることさえできない。
 政府は、TPP交渉に参加した際の「秘密保持契約」があるために情報提供ができないのだとしているが、政府と与党は一体だ。与党にまでTPP交渉に関する情報を隠す必要はまったくない。それでも政府が情報を隠すのは、自民党内に農産物の関税撤廃に抵抗する大きな勢力が存在して、もし交渉の実態が明らかになってしまうと、自民党内から次々に反発の声が上がってしまうからだろう。
 おそらく政府は、最終段階になって、「これ以外の選択肢はありません」と、アメリカの要求通りの市場開放策を受け入れることになる。アメリカに対する無条件降伏だ。1945年9月2日に米戦艦ミズーリの甲板上で行われた日本の降伏文書への署名と同じことが、繰り返されるのだ。
 TPPに参加すれば、日本の美しい田園風景は荒廃し、市場原理が猛威をふるって、国民生活から安心が失われる。アメリカ並みの弱肉強食社会に一億総中流社会が変貌するのだ。

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 しかし、1945年の時のように日本は戦争に敗けたわけではない。それなのになぜ日本はアメリカに無条件降伏をしなければならないのか。
 TPP推進派が密かに口を揃える証言は、「TPPは経済問題ではない。安全保障の問題だ」というものだ。つまり、もしTPPに参加しなかったら、日本が戦争に巻き込まれた時にアメリカに守ってもらえないと言うのだ。
 日本は日米安全保障条約でアメリカに守ってもらえることになっている。その代償として基地を提供している。それなのに何故TPPに参加して、再びアメリカの統治下に入らなければならないのか。それは、戦争の危機が高まってきたとTPP推進派が認識しているからだろう。もちろん仮想敵国は、中国や韓国だ。尖閣諸島や竹島をめぐって武力衝突に至ったとき、強固な日米同盟を作っておかないと、アメリカに味方についてもらえないと、彼らは思っているのだ。
 ただ、なぜそうした紛争のリスクが高まったのかといえば、右派の人たちが必要以上に対立を煽ったからだ。いまや日中関係、日韓関係がかつてないほど悪化しているのは、明確な事実だ。右派の人たちが、自らの主張をするのは、言論の自由があるのだから、仕方がない。しかし、政府までがその言説に乗ってしまった代償がTPPの受け入れなのだ。
 これからの日本は、徐々に国土が荒廃するとともに、国民の財産が失われ、自由もなくなっていく。占領下になるのだから、当然のことだ。私はいまからでもTPP交渉離脱を宣言すべきだと思うが、それは不可能だろう。だからTPP参加の日を敗戦記念日に指定し、それ以降の日本製品には、メイド・イン・オキュパイド・ジャパンと表記すべきだと思う。

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※コメントは承認制です。
第62回 間近に控える第二の降伏」 に4件のコメント

  1. magazine9 より:

    「メイド・イン・オキュパイド・ジャパン(MADE IN OCCUPIED JAPAN)」。
    かつて第二次世界大戦後、日本がアメリカ占領下に あった時代、
    輸出する工業製品などにはすべてその刻印が義務付 けられていました。
    再び、その時代がやってきてしまうのでしょうか?
    皆さんは、どう考えますか?

  2. 桜井邦彦 より:

    最近、『反・自由貿易論』(中野剛志著)や『自由貿易は、民主主義を滅ぼす』(E.トッド著)を読んで、「自由貿易は望ましい」というのが誰にとってのことかをよく考えてみる必要があると思いました。

  3. 松宮 光興 より:

    「第二の降伏」。まさにそうだと思います。
    それにしても安倍晋三クンや甘利明クンは、TPPで米国の言いなりになれば、尖閣で戦争になっても米国が守ってくれるなんて考えているのでしょうか。
    もし、そんな事態になったら、米国は中国の見方になるかもしれないのに。

  4. 河野憲司 より:

    TPP推進論者が言うようにTPPに入らないと戦争になった時、守ってもらえないというのであれば、日米安保条約は空手形という事なのでしょうか?ならば即刻安保条約など破棄するべきでしょう。まあ、そもそもまともな外交能力があれば戦争しなくて済むとも思いますが。それとも安倍政権は戦争をできる国づくりにことさら熱心なようなので、TPPも集団的自衛権や、憲法問題と併せて、戦争準備の一環なのでしょうかね?まあ、米国追従の何の自主性もない政府や、軍隊、大義なき戦争が国益にかなうとは一切思えませんが。そしてTPPで、戦争が起こらなくてもなぜか国土が壊滅的な打撃を蒙る、一体安倍政権が何をしたいのか全く分かりません。支離滅裂な破滅願望としか言いようがないです。本当の売国奴は誰なのか?案外簡単な気がします。

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森永卓郎

もりなが たくろう:経済アナリスト/1957年生まれ。東京都出身。東京大学経済学部卒業。日本専売公社、経済企画庁などを経て、現在、独協大学経済学部教授。著書に『年収300万円時代を生き抜く経済学』(光文社)、『年収120万円時代』(あ・うん)、『年収崩壊』(角川SSC新書)など多数。最新刊『こんなニッポンに誰がした』(大月書店)では、金融資本主義の終焉を予測し新しい社会のグランドデザインを提案している。テレビ番組のコメンテーターとしても活躍中。

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