- 特別企画 -

緊急パーソナルルポ
戦争法案廃案! 安倍政権退陣! 8.30国会10万人・全国100万人大行動

日本の中心の国会前で、
「民主主義ってなんだ?」と
10数万人と一緒に叫んだ日
(報告:LOVE&PEACE)

「まだ昨日の興奮が残ってるよ」
 連れ合いは、8月31日にこう言った。それは興奮ではなく、小雨の中6時間近くも国会前に立ち尽くしていたための疲労感かもしれなかった。だけど、ネット上でさまざまな写真や映像を検索していた私も「そうだね」と同意した。
 2015年8月30日。戦争法案反対の大規模集会。正式な名称は「総がかり行動」なのか、国会前10万人なんとか、なのか申し訳ないけどよくわかっていない。ともかく、反安倍、反戦争法案の勢力を総結集して国会前と全国各地で反対の声を上げようというものだ。SEALDsの毎週金曜日国会前抗議にずっと参加してきた私は、この日も絶対に参加しようと決めていた。学生のみならず、労組や政党系の団体、学者の会、大学で組織した会、反原発から始まった団体、いろんな種類の団体が全国で声を上げる。国会前に10万人以上の人が集まれば、それは民意の強烈な可視化だと思った。今後戦争法案が可決されたとしても、自分が国会前で反対の意志を示した一人だったことを記憶にとどめたかった。そして参加団体の一つであるSEALDsの若者たちと一緒に、声を上げることを望んでいた。One of them として、あの場で見たものを書いておきたいと思う。

12:00 国会前到着

 前日ツイッター上で、8月30日当日に高校生たちがレ・ミゼラブルの「民衆の歌」を合唱するようだという情報を得た。フランス革命を舞台にした有名ミュージカル(当然、原作はユーゴーの小説)の、あの民衆が立ち上がる場面での名曲だ。その情報を知っただけで、もうじ~んときてしまった。「怒れるものの声が聞こえるか 鼓動とあのドラムがこだまするとき」……それも高校生が歌うって! これは、絶対聞かなくてはならない。12時50分から、国会前北側歩道の通称「希望のエリア」で自由の森学園の高校生有志が行うことは確認できた。
 桜田門駅を出て、内堀通りを渡り、すでに警察によって鉄柵が設置されている。反原発デモで官邸前に多くの人が集まったときも、数週間前のSEALDsの金曜抗議のときも、鉄柵はがっちり組まれていたので、いつもどおりの光景だと思った。すでにかなりの人が集まり始めている。高校生たちが「Sing for Peace」の横断幕を握りしめ、スタンバイしているところへ到着。電子オルガンもギターもマイクもスタンバイして、もう彼らはやる気十分。予定の時間前なのに、人ごみに囲まれ、「じゃあ、リハーサルで」と言って歌い始めた。それが、ブルーハーツの「青空」だったのだ。ブルーハーツ好きの私は、ここですでに涙目(この曲をご存じない方、ぜひ検索してきいてみてください。いい曲です)。そして、「民衆の歌」。

12:40 希望のエリアでの合唱

 きちんとした高校生代表の挨拶があり、合唱が始まる。私たちは有志であること、自分たちがここで歌いたいと思ったこと、政治的なメッセージのプラカは掲げないこと、マスコミのカメラに映りたくない人はシールを貼っていること、歌詞カードは回収すること、ゴミは持ち帰ること……とても配慮された行動だ。彼らをサポートする先生たち、そして「弁護士」という腕章を巻いた大人が控えている。カメラの列が鼻先に並び、緊張した面持ちの高校生たちは、私があまり知らない曲も含めて4~5曲を懸命に歌っている。人だかりは大きくなり、囲んだ人々からも歌声が起こる。
 素敵な光景だけれど、さて、場所を移動しなくてはならない。「怒れるものの声」を響かせるために、いつもの国会前の北側歩道の先頭エリアへと人をかきわけ進む。そこに陣取るや、友達からLINE。「有楽町から向かいたいけど、タクシーがつかまらない。駅はどこがいい?」 私が返事をしていると、「今日は、SEALDsはここじゃないらしいよ」と連れ合いが噂を聞きつける。すぐにきびすを返し、高校生たちのほうへ戻る。そこから桜田門駅よりのところに、SEALDsの面々が憲政記念館の植え込みの石垣の上に陣取っていた。

13:00すぎ SEALDsコール始まる

 高校生の歌が終るころ、いつものSEALDsコールが始まる。前日にネット中継された記者会見で立派な発言をしていた、全国から集まった若者たちの代表者の顔も見える。「憲法まもれ」「安倍はやめろ」「民主主義ってなんだ?」「集団的自衛権はいらない」……いつものコールが始まる。すでに歩道は、警察設置のコーンで仕切られ、通りぬける人とSEALDsとともに声あげる人でいっぱい。それでも、大きな混乱はない。全体の集会は14時からなのに、大学生は元気だなあと思っていると、友達2人が合流。「あ、あの子、ネットで見たことある」と興奮気味に初SEALDsコールを体験。
 突然、それは起こった。「コーラーがこれから前へ進みます!」と宣言。と同時に、いつもの彼ら数人が大きなメガホンマイクを肩に背負って、コールしながら歩道を進み始めた。人々はそれにつられて国会方面へ前進。 あああ! 前進する人、横に退く人、人々が動く。あっけにとられる私の目の前を大きな声とその決意を秘めた表情が通りすぎていく。あの一瞬の情景を私は絶対に忘れない。大げさかもしれないけど、レミゼの民衆たちだった。前に進む人々の姿だった。
 私の横を通り抜け、道路に止めてある給水(ボランティアで人々に水をサービスする人たちがいるんですよ)用のワゴン車の脇から、混乱は道路にあふれ出た。

13:45ころ 警官ともみあう

 給水車のほうまで進めば、スムーズに道路に出られたのだろう。ただ、私は人々の波に押されて、警官が手をつなぎ「出ないで、出ないで」と制止している真ん前にきてしまった。「いた~い。そっち側へ出して」とちょっとカヨワイ振りをして、私は警官ともみあうことになった。だって、どんどん人に押されてしまうからだ。人生初めて警官ともみあった。そして、騒いだおかげか突破成功。広い道路に歩みでると、人々がじわじわと国会正面の道路を国会に向けて進んでいく情景が見えた。SEALDsは、すでに私からは遠い。
 小雨にけぶった国会に向かって、ゆったりと確実に人々が進んでいく。振り返れば、鉄柵のない箇所から人々は次々と出て行く。あちこちからコールや歓声が起こっていたのだろうけど、あの人の波で空間が満ちていく瞬間の音を私はあまり覚えていない。
 ああ、やった! と思ったとき、「やったね。解放区だよ」と連れが言った。

14:00 集会始まった(らしい)。そして巨大なバルーン幕

 小走りに道路の真中の植え込み(分離帯)に上がる。目の前に初めて見る光景が広がり始めた。脇の歩道からだけでなく、お堀のほうからも、人がどんどん増えてくる。老若男女。思い思いにプラカを持ち、手作りボードを持ち、ノボリを持ち、子供の手をひき、グループで、カップルで、一人で……気づくと、数人が輪になって太鼓をたたきながらコールを始めている。「戦争反対」「平和をまもれ」「廃案、廃案」ドラムの音とともに、輪が広がる。おばあちゃんがドラム隊の中で一緒に踊っている。その横では、中高年のグループ「MIDDLEs」のノボリの下で声を上げる女性。後ろのほうでは、創価学会の三色旗を囲んで集会をしている。少し前には、学生が一人でメガホンマイクのでかいスピーカーを抱えてコールしている。あの子は、高校生グループの「T-ns SOWL」の子じゃなかったか? 学者の会のノボリの隣にたたずんでいるのは、有名な広渡先生だ。早稲田大学、立教大学、いろいろな大学のノボリも見える。くだんのドラム隊は、するすると場所を移動し始め、ドラムとコールが人々のなかをうねっていく。静かだった一帯が、盛り上がり始める。どこもが、抗議の最前線だった。
 国会の正面。警察車両に阻まれてそれ以上近づけない場所では、どうもSEALDsの本体がコールし続けているようだ。そろそろ「戦争させない・9条壊すな! 総がかり行動実行委員会」(注・後から正式名を確認しました)主催のメインの集会が北側歩道のコーナーで始まったらしいが、マイクの音量は道路の中央付近にいる私の耳には届かない。野党の政治家が挨拶を始めたのかもしれない。さまざまなコール&レスポンス、そして演説やらスピーチの声。騒然としながらも、混乱なく不思議な秩序があったように思う。誰もが雨に濡れながら、ある一点を求めていたからかもしれない。「立憲主義をまもれ」と。

 道路にあふれ出たときから、歩道のあたりで目の端に白と黒の風船がちらついていた。数十個の白黒風船の塊が2つ、カーニバルのように中空に浮かんでいた。カーニバルにしては、色が不穏だ。その2つの塊が、人々の真中、道路の中央にいつのまにか移動している。ふありと浮き上がると、その下には白い布に「安倍やめろ」の大きな文字が描かれていた!! すごい。でかい。そして、そのバルーン幕(?)がゆっくり国会に向けて前進し始めたのだ。おおおお!というどよめきが周囲から立ち上がる【あとから得たツイッター情報では、これを作成したのは、反ヘイトスピーチの活動を実践してきた〝あの人たち〟らしい】。一番前まで進んだ巨大バルーン幕は、しっかり新聞社の空撮におさまり、埋め尽くした数万の私たちとともに、8月30日の歴史の記念物となった。
 しばらくして、そのバルーン幕は、私の足元に放置されていた警察の鉄柵に黒いTシャツ姿の男性たちによって結び付けられ、雨のなか、ゆらゆらと揺れていた。

憲政記念館の木陰にも

 ツイッターの私のTLでは「どこにいます?」と知り合いからの連絡や、国会議事堂前の駅で人々が足止めされているとか、警察によって参加者が日比谷公園へと誘導されているといった情報がとびかっていた。会社の同僚に3人会い、元上司夫妻とも出会った。室井佑月さん、山口二郎先生、五野井郁夫先生、稲葉剛さんも見かけた。マガジン9でお世話になった枝元なほみさんにも遭遇した(平野啓一郎さん、高橋源一郎さん、中川敬さん、篠原勝之さん、雨宮処凛さんetc. みんないた、とツイッター上であとから確認した)。
 憲政記念館のお手洗いに行こうと思い立ち、敷地の中へと進む。集会は続行中で、位置的に近くなったので、さっきよりよくスピーチが聞こえる。各団体の代表者、作家の森村誠一さん、沖縄からきた方……次々と戦争法案反対の声をあげる。いつも国会前抗議に来るときは、夜なのでこの中へは入れない。小学校の社会科見学以来、私はこの敷地に足を踏み入れた。たくさんの人がいた。木の下にレジャーシートを広げ、悪天候のピクニックを楽しむかのように座っているグループ。ベンチで一息いれているお年寄り。幼児が走り回り、遊んでいる親子づれ。集会のメインステージ近くの敷地内で柵ごしに、持参した簡易椅子を設置して座りスピーチを傾聴する人もいる。なんということだ? ここにもこんなに人がいたよ。私は驚いた。
 何万人が集結したのかとカウント方法で物議をかもしているが、憲政記念館の樹木の下にもたくさんの人々がいたことを証言しておきたい。航空写真に写らない人たちがいたのだ! 加えて、先に帰った先ほどの友達からも「日比谷公園にたくさん人がいる!」とLINEあり。3万人のわけがないじゃないか!

 ツイッターでは「教授登場」と盛り上がっていたのに見落として、お手洗いに行っている間に、坂本龍一氏のスピーチが終わってしまった。病気療養していた教授の元気な姿を、生の声を聴きたかった。「いま、起きていることは、フランス人にとってのフランス革命と同じようなこと」と彼は(集会全体の中のSEALDs担当コーナーで)スピーチし、SEALDsの奥田愛基さんと同じステージに立っていたと後から知る。聞きのがしてしまった。ネット上でそのスピーチを確認して、ほら、やっぱりフランス革命なんだよ、と思った。でも、違うことがある。私たちは屍を越えて歩いては行かない。非暴力で、国民の権利を行使するんだ。そして屍を出さないために、外国でも日本でも殺したくないし、殺されたくない。命を平和的なやり方で守っていきたい。一人ひとりがその意思を持ってあの場所にいたんだ。

16:00~国会の前面と いつもの北側歩道のコーナーで

 意を決して、群衆の中へ入っていくことにした。正面最前列では、集会中もずっとSEALDsの数人がずっとコールし続けている。メガホンマイクの音量には限界があるが、取り巻く人々も声をからす。むっとする汗のにおい。そぼ降る雨。誰も帰らないので、最前列にすべりこむのは難しい。
 16時に全体の「総がかり」集会は終了。ぱらぱらと人の動きがある。この雨だ。遠くから来た人、お年寄り、体力に自信のない人は帰っていっても仕方がない。それでも、周囲の人口密度、動きにくさはあまり変わらない。いつもの国会前北側歩道の先端エリア近くへと移動。そこでも、全体集会後にまたSEALDsの大学生がコール&スピーチを開始する。いつものコール。そしてマガ9に「ゆんたくるー」のメンバーとしてコラムを書いてくれた沖縄出身の元山仁士郎さんのスピーチ。彼はいま、SEALDs RYUKYUも立ち上げている。「はいさーい」で始まる元気な彼の、沖縄の歴史をふまえたスピーチは本当にすばらしかった(ネット上の映像か、スピーチの採録をみてください)。他にも、合唱をした自由の森学園の高校生など、実に聡明なスピーチが続いた。

 目の前を、「弁護士」という腕章をまいたびしょ濡れの青年が通りすぎていった。傘もささず、合羽も着ていなかった。何かトラブルが起きたときのために、ボランティアで人々の側に立ってくれる弁護士さんたちが大勢出ていた。その姿を見送って思った。給水車で、大変な数の紙コップで水や飴を配っていた人もいる。マイクのセッティングや警察との折衝、人々の誘導と縁の下で支えた人たちがどのくらいいたのだろう? そういう人たちの存在に私は感動してしまう。
 3・11以後、反原発や反ヘイトスピーチで私たちは、抗議する経験を積み重ねてきた。抗議デモで成果が出たか、結果が出たかという人もいるが、私はこれだよ、と言いたい。最近みた小熊英二監督のドキュメンタリー映画『首相官邸の前で』でも記録されているように、人々が積み重ねた経験やノウハウがこういった大規模行動を呼びかけ、実行し、事故なく終えることのできる、ある種の「体制」を作り上げてきた。普通の人たちによって、普通の人が行動を起こす基盤を整えられてきたのではないか? これこそが、「民主主義ってなんだ?」の一つの答えのように思える。

 17時が近くなってきて、SEALDsはこの日の行動を締めくくる。私は、SEALDsの奥田愛基さんが最後に言ったこの言葉が忘れられない。
 「みんな、一人ひとりが考えてここにきたんでしょ? だったら、これからも声を上げていきましょう」
 そう、私は私で考えて、8月30日に国会前に行ったのだ。

17:30 セッション。そして……

 桜田門の駅に向かって歩く。解放された道路は17時半をもって、車の通行を再開すると警察が叫んでいる。さすがに人が少しずつ減っていって、だいぶ歩きやすくなってきた。8・30行動は終わりだ。歩道にあがると、3人ほどの若い高校生と種類の違う太鼓をたたくおじさん2人、そしてサックスをふく男性が不思議なセッションを繰り広げていた。制服姿の女子高校生がトラメガで叫んでいる。「憲法まもれ」「戦争反対」。とてもいい感じだった。彼らはここで出会って、ここで心を通わせパフォーマンスしている。若い高校生たちに、この経験は何をもたらすのだろう。
 もちろん、ここですべてが終わったわけではない。なにも達成されていない。私たちはまだ戦争法案を廃案に追い込んだわけではないのだ。
 ただ、ここまで学習し、経験した人々は「言うこときくような奴らではない」。「言うこときかせる番だ、おれたちが」とみんな心で思っている。一人ひとりが、日本の憲法について考え、日本の平和のあり方について考え、行動することを覚え始めている。おかしいと思ったことに声をあげ前へ進むことの充実感、あの道路へ歩み出た瞬間の興奮を経験してしまった私は、おそらくこれからもそうすることを選ぶだろうと思う。
 また、国会前で会いましょう。近いうちに。

*ここに書かれていることは、個人の目からみた感想です。スピーチや参加者の詳細については、報道等でご確認ください。

 

  

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