立憲政治の道しるべ

憲法によって国家を縛り、その憲法に基づいて政治を行う。
民主主義国家の基盤ともいえるその原則が、近年、大きく揺らぎつつあります。
憲法違反の発言を繰り返す政治家、憲法を無視して暴走する国会…。
「日本の立憲政治は、崩壊の危機にある!」
そう警鐘を鳴らす南部義典さんが、現在進行形のさまざまな具体的事例を、
「憲法」の観点から検証していきます。

不自然で納得できない、衆議院の正常化

 先週12日(金)、衆議院厚生労働委員会では民主党、共産党の議員が抗議、欠席するなか、渡辺委員長は労働者派遣法改正案の質疑終局を宣言しました。委員長が質疑終局を宣言すると、残る手続きは討論(希望する会派が、法案に対する賛成又は反対の意見表明を行う)と採決だけになり、わずか10分、15分の締めのセレモニーと化してしまいます。派遣法改正案の問題点もさることながら、年金情報の漏えい問題を優先的に質すべきであるとする意見は国民の間に根強く、事態の深刻さに意を配らず、委員会を無理やり“店じまい”にしようとする与党の態度は、厳しく非難されるべきです。この混乱が、安保法制特別委員会、法務委員会などその他の委員会にも波及し、民主、共産両党の議員が委員会を欠席するなどして、衆議院が一時不正常な状態に陥ったことは、至極当然の成り行きでした。
 そんな中、15日(月)午前、与野党の国会対策委員長が会談し、衆議院の“正常化”が約束されました。会談の冒頭、自民党の佐藤国対委員長は「与党が、民主、共産両党の意見に配慮せず、委員会運営を強行したことは遺憾だ、と述べた」と伝えられています。月曜日の会談は、各党代表の顔合わせ程度に終わったにもかかわらず、与党国対委員長の「遺憾」との一言で、一瞬にして正常化してしまったのです。
 冷静に考えれば考えるほど、これは本当に不自然で、納得できません。国対委員長会談はいつもこのパターンですが、与党の委員長が頭を軽く下げただけで、委員会運営がなぜ、何事もなかったかのように正常化するのでしょうか。週末、土日のわずか2日間で、遺憾表明を受け入れるに足る政治的事情が何か生まれたのでしょうか。しかも、「同じことを繰り返しません」という誓約を、誰も取っていないのです。
 実際、安保法制特別委員会は、ごく自然に再始動してしまいました。きょう(17日)の午後には党首討論が、あすは衆議院予算委員会の集中審議がそれぞれ、総理出席の下で行われる予定です。総理を、二日連続で答弁席に立たせる(差し出す)から、民主、共産両党の議員は、委員会室に出てきてくれというのが、与党の言い分なのでしょう。委員会の法案審査をこれからどうやって進めていくべきなのか、正常化を許したことで、野党は一つの交渉機会を失ってしまいました。

「内閣不信任決議案」は、一会期に一回限り?

 「安全保障二法案は、違憲である」との評価、認識が、国民の間に広がっています。どの世論調査でも、違憲との回答が過半数を超えています。違憲法案が委員会に付託され、淡々粛々と審査が進んでいること自体、尋常ならざる状態であると言わざるをえません。違憲法案に対峙し、野党は根本的なところから内閣の責任を追及することが、喫緊の作業となるはずです(これが、野党の存在意義というものです)。政治責任を追及する手段して真っ先に浮かぶのは、憲法に直接根拠を持つ「内閣不信任決議案の提出」です。
 衆議院に安保法制特別委員会が設置されて、そろそろ1か月になります。それにしても、野党はなぜ、安倍内閣不信任決議案を提出しようとしないのでしょうか。野党幹部の脳内には「内閣不信任決議案」の8文字が浮かんでいるにもかかわらず、なぜ実行に移さないのでしょうか。
 私の推察ですが、「内閣不信任決議案の提出(議決)は、一会期に一回」という、一事不再議と呼ばれる先例に、過剰に縛られているからではないかと思います。いま開会中の国会は、会期末が来週24日(水)ですが、会期が延長となる可能性があり、内閣不信任決議案を再提出できないことに鑑みると、あまりに早いタイミングで提出するのは、国対戦術上、得策ではないという判断です。いわば“出し渋り”です。
 このような発想は、国対政治の常識的なレベルで理解できなくはないものの、今回に限っては、いつまでも出し渋っている場合ではないと、私は考えるのです。「内閣をめぐる事情(政治状況)が変化すれば、内閣不信任決議案は、同じ会期でも再提出することができる」というのは、自民党の主張でもあるので、これを逆手にとって、速やかに提出することを躊躇すべきではないと考える次第です。
 一つのエピソードを紹介します。
 2011(平成23)年6月2日、衆議院本会議では菅内閣不信任決議案が議題となりましたが、賛成152、反対293で否決されました。その後、国会は同年8月31日まで大幅延長となったわけですが、決議案の否決後、一定の目途が立ったら辞任すると公言していた菅総理について、容易にそうならない状況が生じたことで、「内閣不信任決議案をもう一度出すぞ」と、菅内閣の総辞職を執拗に迫ったのが、当時、自民党政調会長だった石破茂衆議院議員でした。石破議員は、同年7月6日の衆議院予算委員会で「(内閣不信任決議案の提出、議決は一会期に一回という)一事不再議、これはあくまで慣例である。慣例になっているのは、例外を想定しているから慣例なのです。事情が変わった場合には当然もう一度、その議案が(衆議院本会議に)上がるものである」と、はっきりと発言しています(第177回国会衆議院予算委員会会議録第24号11-12頁)。これは、自民党の公式見解とみなして差し支えないでしょう。
 だから、なおさら、安倍内閣不信任決議案の提出を出し渋っている場合ではないのです。

あさって19日(金)が、提出のチャンス

 野党はいつ、安倍内閣不信任決議案を提出すべきか。安全保障二法案の採決が終わるまで、座してのんびり待つという訳にはいかないでしょう。
 国対委員長会談では、19日(金)、派遣法改正案についていったん質疑終局が宣言されたものの、総理を厚生労働委員会に再出席させて補充質疑を行うことで合意したようです。きょうの時点で、野党の態度、方針は不明ですが、総理出席の質疑時間が経過すれば、委員長は再度、終局を宣言し、討論、採決へと進むはずです。そして、その日の夕方ないし夜に開かれる衆議院本会議で、法案を審議し(委員会採決の当日行うもので、緊急上程といいます)、可決させるというのが政府・与党の目論みのはずです。
 仮にそうだとすれば、当日、厚生労働委員会で法案の採決が終わった直後が、安倍内閣不信任決議案の提出のチャンスになります。当然のことながら、その後の衆議院本会議では、不信任決議案が最優先の議題となります。

内閣不信任決議案で、「維新」を篩(ふるい)にかけるべき

 安倍内閣不信任決議案の提出を急ぐべきと考えるもう一つの根拠は、この期に及んで、与党か野党かはっきりしない政党が今後、幅を利かせつつあることです。維新の党です。
 14日(日)夕方、安倍総理、橋下大阪市長らが会談したことが明らかになりました。派遣法改正案、安全保障二法案の採決に関して、政府側が維新の党に対して協力を要請したのではないかとの見方が一般的であり、事実そうなのでしょう。委員会運営の構図が変わるのか、変わらないのか、維新の党の態度をはっきりさせる必要があります。しばらく、衆議院の解散、総選挙が行われないと見込まれるからです。
 内閣不信任決議案が提出されれば、それが議題となり採決が行われる本会議に出席し、賛成するか反対するか、あるいは棄権、欠席するか、すべての議員は態度を一つ、決めざるを得なくなります。所属議員がどういう投票態度を採るかで、維新の党は与党なのか野党なのか、国民の目前ではっきりすることでしょう。会期は延長になるかもしれませんが、今後の国会運営のことも考えて、維新の党を一度、篩にかけるべきです。
 暴走政権を制止するマニュアルは、探して見つかるものではありません。いまは、野党再編という党利党略を超えて、良識ある議員の英断が必要な局面です。

 

  

※コメントは承認制です。
第71回 安倍内閣不信任決議案を、
出し渋っている場合ではない
」 に1件のコメント

  1. magazine9 より:

    内閣不信任決議は一会期に一回限り、という「慣例」。もちろん、むやみやたらに連発されるべきものではありませんが、動き続ける国会、必ずしもその慣例に縛られる必要はないのでは? とも思えます。
    そして、「維新の党を篩にかける」という提案にも、納得。大阪市住民投票で敗れて「政界引退」を明言していたはずの橋下氏は、安倍首相との会談後、さっそくツイッターで安保法制を支持する「援護射撃」を見せました。一方、現代表である松野頼久議員は、「野党結集の必要性」を明言してもいます。その動きを、これまで以上に注視しておく必要がありそうです。

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南部義典

なんぶ よしのり:1971年岐阜県岐阜市生まれ、京都大学文学部卒業。衆議院議員政策担当秘書、慶應義塾大学大学院法学研究科講師(非常勤)を歴任。専門は、国民投票法制、国会法制、立法過程。国民投票法に関し、衆議院憲法審査会、衆議院及び参議院の日本国憲法に関する調査特別委員会で、参考人、公述人として発言。著書に『[図解]超早わかり 国民投票法入門』(C&R研究所)、『18歳選挙権と市民教育ハンドブック』(共著・開発教育協会)、『動態的憲法研究』(共著・PHPパブリッシング)、『Q&A解説・憲法改正国民投票法』(現代人文社)がある。(2017年1月現在) →Twitter →Facebook

写真:吉崎貴幸

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