立憲政治の道しるべ

憲法によって国家を縛り、その憲法に基づいて政治を行う。
民主主義国家の基盤ともいえるその原則が、近年、大きく揺らぎつつあります。
憲法違反の発言を繰り返す政治家、憲法を無視して暴走する国会…。
「日本の立憲政治は、崩壊の危機にある!」
そう警鐘を鳴らす南部義典さんが、現在進行形のさまざまな具体的事例を、
「憲法」の観点から検証していきます。

党是をこっそり変えた、自民党

 皆さま、新年おめでとうございます。本年も、当連載をよろしくお願いいたします。

 さて、昨年12月のことですが(と言っても最近のトピックですが)、自民党は、憲法改正推進本部のウェブサイト上に、「わが党は結党以来、『自主憲法の制定』を『党の使命』に掲げてきました」と表示していたのを、「わが党は結党以来、『憲法の自主的改正』を『党の使命』に掲げてきました」と、太字部分をこっそりと変更しました。言葉の言い換えにとどまらず、これは、党是の立派な変更行為です。どれだけの党関係者、党支持者が、この事実に気付いているかは分かりませんが。

 「自主憲法の制定」と「憲法の自主的改正」は、似ているようで、まったく別の概念です。
 「自主憲法の制定」という主張は、現行の日本国憲法は当然、無効であるという前提で、革命思想張りにこれを全否定し、真新しい憲法をゼロから形作るという発想であるのに対し、「憲法の自主的改正」は、現行憲法は有効に成立し、施行されているという前提で、憲法の規定を部分的に見直す必要が生ずれば、正規の手続きに従ってこれを改正するという立場です。組織的に、さらに政策論として自覚されているかどうかはともかく、これは、自民党にとって、大きな方針転換なのです。

 もっとも、「自主的改正」とは言うものの、自主的でない「改正」がありうるのでしょうか。冷静かつ論理的に考えてみれば、そのような改正はありえないことは自明です。「自主的改正」とは、じつに変な言葉遣いです。ウェブサイト上、「憲法の自主的改正」とあるのは、やがて「憲法(の)改正」と、再び改められることになるでしょう。

自主的改正を訴えるなら、「草案」の撤回が筋である

 「憲法の自主的改正」と、憲法を遵守しながら改正を考えていくという、ある種、立憲主義の議論の土俵との「糊しろ」を意識した表現に改めたことは、自民党もこれまでの独善主義、独創(走)主義から、現実路線へと転回を果たしたものと言っていいでしょう。自民党内の憲法論議の方針が、一般常識のそれに近づいてきたのであれば、それはそれとして評価すべきです。
 
 しかし、「憲法の自主的改正」と、わざわざ改めたのであれば、自民党が策定した『日本国憲法改正草案』(2012年4月)は、いったん正式に撤回するのが筋でしょう。この『草案』は、ご存知のように、日本国憲法を全面的に、かつ一括で「改正」する内容に他ならず、「改正」の名の下に新憲法(ないし自主憲法)を「制定」しようとするものです。ここでも、無理な論理を押し通そうとしているのです。自主的「改正」を言うのであれば、『草案』のような全面・一括改正方式ではなく、改正すべき部分を内容ごとに区分して提示するのが、憲法改正手続ルールの常道です。個別的で、しかも段階的であるのが、「改正」の本義です。

安倍内閣が憲法改正原案を提出する、という動きを警戒

 安倍総理の国会内外における発言が、さまざまに物議を醸しています。7月の衆参W選挙は、ほぼ既定路線になりそうですが、投票の結果、与党を含むいわゆる改憲勢力で両議院の3分の2以上を確保したい“本音”が明らかになっています。

 前回(第85回)のコラムで、憲法改正論議は、複雑で時間のかかる“多人多脚走”だということを述べました。安倍自民党が今後、この多人多脚走にどう向き合うかは不明ですが、ゴールラインにいきなり近づこうと、インチキな行為を仕掛けてくるおそれがあります。それは、安倍内閣自ら、憲法改正の原案を衆議院又は参議院に提出し、改正論議を促進しようとするものです。

 内閣は、憲法と法律に基づいて、予算案、条約案、そして法律案を国会に提出できますが、憲法改正の原案を提出できるかどうかについてはいまだに先例がなく、研究者の間でも見解が分かれています。ところが、内閣法制局はこの問題について、伝統的に肯定する立場を貫いてきており、提出しようと思えば出来るという立場です。内閣は、その気になればいつでも、衆議院には9条改正の原案を提出し、参議院には地方分権改革に関する改正の原案を提出するという具合に、効率よく、各議院に審議を促すことができるという見解に立っています。集団的自衛権の限定容認に係る憲法解釈変更のさいには、歴代の内閣法制局長官が異議を唱えましたが、内閣に憲法改正の原案の提出権が所在することに関しては、歴代長官は誰一人として、これを否定する立場には寄り添ってくれません。
 
 私も、いますぐに、安倍内閣が憲法改正の原案の提出に動くことはないと思っていますが、内閣法制局が元来から「合憲・合法」としている手法なので、警戒を強めざるを得ないのです。

 一部の政治家、一部のメディアが、ことし(2016年)は「憲法改正元年」だとか、「憲法改正の最大のチャンス」だと言い放っています。しかし、自民党がこっそりとウェブサイトを訂正するような状況で、議論が一気に成熟するはずがありません。また、現行の国民投票法制では、投票権者は20歳以上のままであり、これを18歳以上に引き下げる措置を講じた後でなければ、憲法改正の論議そのものにリアリティが加わらないことは明らかです。10年くらい前から、事あるごとに「最大のチャンス」だと言ってきたわけですが、どういう事情でそれがチャンスとして結実しなかったについては、まったく無検証、無反省のままです。
 「憲法改正元年」というような急展開はありえない話ですが、安倍内閣がこの世に存在する以上、昨年に引き続き、年間を通して憲法、立憲主義について考えることができるのは、憲法教育、憲法啓発を進める絶好のチャンスでもあります。ことしも憲法の視点で、政治の動静を厳しく見ていきたいと思います。

 

  

※コメントは承認制です。
第86回 自主憲法の制定から、自主的改正へと方針転換? した自民党」 に1件のコメント

  1. magazine9 より:

    昨年は、憲法や立憲主義について、あらためて学んだ時期でもありました。目先の議論におどらされず、「憲法にたちもどる」という意識を持ち続けなくてはと思います。
    原稿のなかで、内閣による改憲案の発議権については見解が分かれているという記述がありますが、このことについて、2007年に掲載したマガジン9のコラム「伊藤真のけんぽう手習い塾」でも解説をしていますので、あわせてご覧ください。

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南部義典

なんぶ よしのり:1971年岐阜県岐阜市生まれ、京都大学文学部卒業。衆議院議員政策担当秘書、慶應義塾大学大学院法学研究科講師(非常勤)を歴任。専門は、国民投票法制、国会法制、立法過程。国民投票法に関し、衆議院憲法審査会、衆議院及び参議院の日本国憲法に関する調査特別委員会で、参考人、公述人として発言。著書に『[図解]超早わかり 国民投票法入門』(C&R研究所)、『18歳選挙権と市民教育ハンドブック』(共著・開発教育協会)、『動態的憲法研究』(共著・PHPパブリッシング)、『Q&A解説・憲法改正国民投票法』(現代人文社)がある。(2017年1月現在) →Twitter →Facebook

写真:吉崎貴幸

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