立憲政治の道しるべ

憲法によって国家を縛り、その憲法に基づいて政治を行う。
民主主義国家の基盤ともいえるその原則が、近年、大きく揺らぎつつあります。
憲法違反の発言を繰り返す政治家、憲法を無視して暴走する国会…。
「日本の立憲政治は、崩壊の危機にある!」
そう警鐘を鳴らす南部義典さんが、現在進行形のさまざまな具体的事例を、
「憲法」の観点から検証していきます。

安倍総理の「要請」は、絶対にNG

 きょうは2月1日です。通常国会が召集されて2週間ほど経過しました。天皇退位のルールづくりをめぐっては、安倍内閣と衆議院、参議院との間で、「歩調合わせ」が進んでいます。「歩調合わせ」といっても、現実には、安倍内閣が全体の進行スケジュール、新たなルールの方向性まで一元的に掌握してしまっているので、衆議院、参議院は、安倍内閣の後ろに回り、物静かに付いて行くだけの状況です。私の眼には、これまでの経過に関して、重大な憲法問題が映ります。
 安倍総理は、1月24日午後1時から10分ほど、衆議院、参議院の議長、副議長と面会しました。面会の大義名目は、政府の有識者会議が前日(23日)に公表した論点整理の報告を行うことでしたが、当日午後のニュース番組、翌日(25日)の新聞各紙は、安倍総理から衆参両院の議長に対して、与野党の合意形成の「要請」があったと、一斉に報じました。
 「要請」の二文字が目に入ってきて、私の頭はきょうまでずっと、クラクラしています。安倍総理が任意に、論点整理の報告を行うのは一向に構わないのですが、与野党の合意形成を「要請」することは、表現はともかくとして、立法機関である国会(衆議院、参議院)に対する政治的な口出しであり、天皇退位という問題案件に対する両議院の調査権、法律の立案権ないし審議権を侵すものとして、憲法上許されないと考えられるからです。かくも重大な憲法問題について、なぜこんなに軽々しい振る舞いが許されたのか、本当に理解に苦しむところであり、頭痛が止みません。
 誤解を恐れずに言えば、安倍総理は、衆議院、参議院の議長、副議長を、天皇退位の法整備を円滑に進めるための便利な“国会対策要員”として使っているようにしか見えません。「滞りなく、スケジュール通りに立法作業が進むよう、あなたたちはお目付け役に徹しなさい」「国会がゴタゴタすると、天皇陛下にご迷惑が掛かるんですよ」と言わんばかりに、プレッシャーを与えているかのようです。
 国会はこのまま、内閣の諮問機関に成り下がってしまっていいのでしょうか。衆議院、参議院の議長、副議長はなぜ、安倍総理の「要請」に大人しく耳を傾けてしまったのか、面会のスケジューリングを調整する過程で、「報告はお受けしますが、要請はNGですよ」と、クギを刺すことができなかったのか、とても悔やまれます。思えば、東日本大震災・福島第一原発事故発災の後、行政側の負担を軽減し、国会運営を円滑に行うことができるよう、与野党間で真摯な協議が行われたことはありましたが、当時の菅内閣は国会に対して何らかの「要請」をした、という事実はなかったと記憶しています(もし、何らかの「要請」をしても、当時の西岡参議院議長は何も聞き入れなかったことでしょう)。今回、衆議院も、参議院も、憲法上の疑念が残る、おかしな先例を抱え込んでしまいました。下手をすると、内閣の諮問機関どころか、ただの追認機関と化してしまいます。

全会一致の議員立法に拠ってはどうか?

 安倍内閣が全体の進行スケジュール、新たなルールの方向性まで一元的に掌握してしまっているなか、衆議院、参議院はこれから、「“のれんに腕押し”の議論」「囚われの議論」「ポーズだけの議論」を続けていくのでしょうか。いまのところ、3月上中旬を目途に、8党2会派(自民、公明、民進、維新、共産、社民、自由、こころ、無ク、沖縄)の意見集約が行われる予定です。その集約された意見が、内閣に「報告」されることになりますが、内閣と国会、一体どちらが国民の代表機関であり、正規の立法機関なのだろうかと、疑問が尽きません。
 そんな中、民進党の野田幹事長は1月25日、会見で「各党の合意がまとまるのであれば、閣法(内閣が国会に提出する法律案)に拠らず、議員立法で行ってはどうか」と、発言しました。思わず、本音が出てしまったのでしょう。天皇退位立法の“決め方”に対する疑問は、党派を超えてこれからジワジワと広がっていくのではないでしょうか。
 ちなみに自民党は、天皇退位に関する党内の意見集約を、党役員会のメンバーを中心に、少人数で進めることとしています。議論に参加できないその他大半の議員については、1月31日を期限に、文書による意見提出を受け付けていました(…それにしても、たったの数日間の意見募集で、どれだけ寄せられたのでしょうか?)。自民党は本来、「自由」で「民主」的な政党であるはずですが、オープンな議論を許さず、限定された党役員でこのような重要案件を扱っていることに対し、石破茂議員が批判しています。天皇は「日本国の元首」であると、あれだけ威勢のよい憲法改正草案を仕上げている自民党でさえ、真っ正面の議論ができない有り様です。石破議員の批判は、当然のことと思います。

日本人的体質が、健全な立憲政治を阻害する

 衆議院、参議院はいま、天皇の「お気持ち表明」という重大な政治事件に、狼狽が治まらず、自らの立ち振る舞いをどうしたらよいかを模索しながら、忖度に忖度を重ねることで精一杯です。なぜ、こうなってしまうのか、私は、日本人の精神構造にその原因を求めます。
 「日本人は、輪を作って猛獣の襲撃を防ぐ、馬の群れに似ている。自分の眼で、敵の姿を見ることはできない」。日本人の精神構造を、こう評したのは文化人類学者の会田雄次氏(京都大学名誉教授)です。小さな子どもを連れている大人が、山中で偶然、クマと出くわしたとき、「その大人は、子どもを勢いよく後方へ振り払い、自らはクマの前に立ちはだかるポーズを取る」というのが欧米諸国における大人の行動パターンである一方で、「その大人は、子どもを抱きかかえるようにして、クマに背を向けて、しゃがみ込む」というのが日本人の大人の行動パターンであると、会田氏は指摘しています。しかもそれは、他の国には見られない、日本人独特のポーズであるというのです。
 衆議院、参議院で起きている現象は、まさに、天皇退位問題という強敵、難題に恐れをなしてしまい、お尻を向けながらしゃがみ込んでしまっている大人の姿そのものであると、つくづく実感します。「静かな環境で議論すべき」と、各党議員が何度も、自らに言い聞かせるように述べるのも、畏怖の心情の現れでしょう。会田氏の言うとおり、自分の眼で、本質を見ていないのです。
 国会(衆議院、参議院)が本来やらなければいけないことは、①天皇退位のルールづくりの明確な道筋を立て、退位後の天皇を憲法、法律の世界にしっかりと閉じ込めること、②安倍内閣が進めている(先行させている)議論を、隈なく監視しながら、全党全会派が納得する「一致点」を見出すこと、です。国会の役割は、天皇の「お気持ち」や内閣、政府の意向に関して忖度に忖度を重ねるのではなく、憲法に照らし合わせて純粋に判断し、民主的な手続に則って、国民の新たな総意といえるルールをつくり出すことに尽きます。
 通常国会はまだ、召集間もないことから、議論する時間は十分に残されています。安倍総理の「要請」は、憲法上無効と考えるべきです。国会が中心となって、天皇退位立法の“決め方”について、今から仕切り直すことは可能です。私はあくまで、全会一致の議員立法によることが妥当だと考えます。思考停止では、国民の総意を探り当てることはできません。“決め方”の問題に関して、国民は国会に対し、もっと厳しい声を上げなければならないでしょう。

 

  

※コメントは承認制です。
第111回疑問だらけの、天皇退位立法の“決め方”
(その2)
」 に4件のコメント

  1. magazine9 より:

    前回に続き、退位ルールの決め方のおかしさを指摘している南部さん。これまでも、このコラムでは「憲法」の視点で、さまざまな矛盾や問題点を指摘してきました。それだけ、政府や国会が憲法を尊重していないということかもしれません。「これは憲法から見るとどうなのか」という視点を私たちも意識してもたなくては、と思います。

  2. 鳴井 勝敏 より:

    「そもそも国政は国民の厳粛な信託によるものであって、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、福利は国民がこれを享受する。」(憲法前文一段)。
    福利を享受する国民が理解に苦しみ、 悩み、苦しまなければならない総理は至って元気、世界を飛び交う。隣国には「法の支配」を強調、国内では「人の支配」を履行するという離れ業をやってのける総理。
      もしかしたら、憲法の統治機構、中でも三権分立の趣旨が分かっていないのでは。議院内閣制度のため国会と内閣が一体に見えるのでは。そして見逃せないのが「手続」を軽視する国民性である。

  3. 東條健司 より:

    総理の「要請」では、今までの「多数意見」による決定になります。『全会一致の議員立法』であれば
    時間をかけてそれを行う事が出来ます。
    話が変りますが、新しい元号は、これからは公の文書には使わずに、すべて西暦で表すことになりませんか。明治から大正、昭和、平成とすべてを西暦に直すことは、極めて面倒です。生年月日をはじめ、役所の文書はすべて西暦としよう。

  4. より:

     安倍”総理大臣”は「私は今、権力の頂点に立っている」と仰る「立法府の長」なのですから、部下に当たる衆参の正副議長に要請どころか、命令さえできるのは、彼の主観においては当然でしょう。

     彼を掣肘しうるのは彼の母体である自民党位でしょうが、唯々諾々と党規約を変えての総裁三選に賛成する腰抜けぞろいですから、いかんともしがたい。

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南部義典

なんぶ よしのり:1971年岐阜県岐阜市生まれ、京都大学文学部卒業。衆議院議員政策担当秘書、慶應義塾大学大学院法学研究科講師(非常勤)を歴任。専門は、国民投票法制、国会法制、立法過程。国民投票法に関し、衆議院憲法審査会、衆議院及び参議院の日本国憲法に関する調査特別委員会で、参考人、公述人として発言。著書に『[図解]超早わかり 国民投票法入門』(C&R研究所)、『18歳選挙権と市民教育ハンドブック』(共著・開発教育協会)、『動態的憲法研究』(共著・PHPパブリッシング)、『Q&A解説・憲法改正国民投票法』(現代人文社)がある。(2017年1月現在) →Twitter →Facebook

写真:吉崎貴幸

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