立憲政治の道しるべ

憲法によって国家を縛り、その憲法に基づいて政治を行う。
民主主義国家の基盤ともいえるその原則が、近年、大きく揺らぎつつあります。
憲法違反の発言を繰り返す政治家、憲法を無視して暴走する国会…。
「日本の立憲政治は、崩壊の危機にある!」
そう警鐘を鳴らす南部義典さんによる新連載です。
現在進行形のさまざまな具体的事例を、「憲法」の観点から検証していきます。
*過去回 第15回 憲法96条の改正はできるのか(2) 第9回 憲法96条の改正はできるのかも、あわせてご覧ください。

この3年間の、憲法記念日社説

 本題に入る前に、2011~13年、憲法記念日の社説(見出し)を比べてみましょう。

  2011
(平成23)年
2012
(平成24)年
2013
(平成25)年
読売 東日本大震災 非常時への対応 本来なら憲法の見直しが要る 憲法記念日 改正論議で国家観が問われる 憲法記念日 改正論議の高まり生かしたい
朝日 大震災と憲法 公と私をどうつなぐか 憲法記念日に われらの子孫のために 憲法を考える 変えていいこと、ならぬこと
日経 切れ目なく復旧・復興対策を 憲法改正の論議を前に進めよう 改憲論議で忘れてはならないもの
毎日 大震災と憲法記念日 生命を守る国づくりを 国のかたちを考える⑤論憲の深化 統治構造から切り込め 憲法と改憲手続き 96条の改正に反対する
産経 憲法施行64年 非常時対処の不備を正せ 憲法施行65年 自力で国の立て直し図れ 統治機構と憲法 間接選挙で参院再生を
東京 試される民主主義 憲法記念日に考える 人間らしく生きるには 憲法記念日に考える 歴史がつなぐ知恵の鎖 憲法を考える

 2011年憲法記念日は、東日本大震災・津波被害・福島原発事故の直後でした。当時まだ、12万人以上の方が避難生活を余儀なくされていました。生存権、財産権の保障が最大の憲法的テーマとなるとともに、「緊急事態」に関する条項を憲法に加えることに積極的な論調が目立ったのが特徴的です。そして、2009年衆院総選挙に対する最高裁違憲状態判決(3月)を受けて、一人一票の選挙制度改革に関する記事が取り上げられました。
 2012年憲法記念日は、野田政権(当時)下で続いていた「決められない政治」が、ピークに差しかかった時期でした。二院制、政党政治のあり方が大きく問われるとともに、4月下旬に自由民主党が公表した「日本国憲法改正草案」の論評に紙面が割かれました。
 憲法の施行から66年が経った2013年憲法記念日は、何と言っても「憲法96条改正」(=国会の改憲発議要件の緩和)論が最大の論争ポイントになりました。96条がこれほど話題になった憲法記念日はありません。もっとも、緊急事態条項を憲法に規定することが最優先だと、昨年まで威勢よく主張していた政治家、評論家、研究者、メディア関係者が、今日ではほとんど触れなくなっています。あの威勢のよさはいったいどこに消えてしまったのだろうか、実にご都合主義ではないか、という印象を受けます。

 憲法記念日は毎年必ずやってきますが、メインテーマはいつも異なります。少なくとも8年前からですが、国会の憲法論議が実に不安定であることが原因です。国会(議員)の、憲法に対する向き合い方がおかしいのです。
 そもそも、国会で憲法改正原案を審議する以前の問題として、立憲政治を正常に進めるため、憲法が機能しているか否か、解釈と運用が妥当かどうかなどの観点から行う「調査・検証」がオフになることはありえません。国会の会期中、閉会中にかかわらず、この作業は行われなければなりません。政権交代、再交代があっても変わりません。しかし、その検証作業を脇道に置いて、政治家の側が急アクセルを踏み、96条改正などの問題提起をポンと出してみたり、議論の優先順位を替えてみたり、逆に急ブレーキを踏んで議論を先送り(停滞)させてみたりと、奇妙かつ危険な状態がずっと続いてきています。
 憲法論議の政局的側面ばかりフォーカスするメディアは、いつも場当たり的で、憲法的テーマの選択に一貫性がありません。記事に真実味を欠いています。国民はいつも、その情報に振り回されてきました。5月4日になり、そして大型連休が終わってしまうと、「憲法」の二文字が消えてしまうのです。ほぼ毎年、このパターンです。

衆議院憲法審査会(5月9日)が一つのヤマ

 今回、96条改正論の行方に関する中期的な論考を進めようと考えていましたが、その余裕はなくなりました。
 明日、5月9日(木)午前の衆議院憲法審査会で、憲法第9章「改正」がテーマとなるからです。3月以降、第1章「天皇」から順に各章ごとの調査・討議が進められてきました。今回も同様、各党の意見表明と自由討議が行われます。
 もっとも、96条がテーマになるからといって、ただちに改正の発議につながるわけではありません。そのような方向性で明日の意見が取りまとめられる予定はありませんし、意見は整理集約されることなく、その次の回には第10章「最高法規」へと進んでしまいます。

 明日の議論で、冷静に見極めたいことがあります。
 それは、96条改正論者が、衆議院憲法審査会の前身であるところの衆議院憲法調査会(2000年~05年・中山太郎会長)の議論を超える説得的な主張を繰り広げられるかどうか、改正論を支える新たな事実ないし論拠が明確に提示されるか、ということです。議論の内容が8年前よりバージョンアップされれば、新たな展開として、国民との対話が進む可能性がでてきます。
 この点、憲法調査会の議論を踏まえ2005年4月に公表された「衆議院憲法調査会報告書」の整理では、改憲発議要件の緩和は「多数意見」にはなっておらず、賛否が真っ二つに割れていました。その時点で賛成意見が全体意見の3分の2を超え、「多数意見」となっていれば、改正発議の可能性がわずかにでも生まれていたのですが、当時にしてそうではなかったのです。
 その後8年間、96条改正論に関する国会の公式な議論は一切存在しません(⇔96条に基づく国民投票法制の議論はありましたが、憲法審査会の未始動が続いたこともあり、ある意味当然です)。国民に議論が浸透しているわけではありません。事実、今年の憲法記念日に各紙が公表した世論調査結果によると、各紙いずれも改憲発議要件の緩和に関しては「反対」が「賛成」を上回っていました。憲法改正国民投票では、96条改正案は承認されないことになるでしょう。
 衆議院憲法審査会が開かれる明日の午前中、短時間で96条改正論を一気に成熟させ、コンセンサスを図るということは到底困難です。そうでないにしても、憲法調査会当時の議論を内容的に超えられなければ、同じ意見をくり返す、言いっぱなしの水掛け論に終わり(それを主張する議員の顔ぶれが憲法調査会当時とは異なるというだけです)、96条改正論は早晩、凍結状態に陥ると、私は考えます。

 96条改正問題に関し衆議院憲法調査会報告書で整理されている議論は、表のとおりです(報告書445―447頁)。5年間の調査会活動のなかで、議員の意見はかなり分散していたことがうかがえますが、すでに8年前に、ここまで議論が集約されていたということを、改めて認識しておきたいものです。

▼【賛成論】改正手続の要件を緩和すべきであるとする意見
  改正手続の要件を緩和すべきであるとする意見は、その論拠として次のようなものを挙げている。
 ① 憲法は時代に応じた改正が必要とされ、いつまでも解釈論で済ませるべき問題ではない。要件を緩和し、時宜に適った憲法を作るべきである。
 ② 要件を緩和することにより、憲法の中身を吟味する機会を増加させ、国民的な議論に付し、国民の声を反映した憲法にしていくことが、憲法そのものの価値を高めることになる。また、それこそが憲法制定権者である国民に対する責任である。
 ③ 改正発議の可能性がほとんどない前提のもとで憲法論議を繰り返しても、憲法改正についての国民世論は喚起されない。
 ④ 憲法裁判所制度の導入あるいは違憲審査権の強化等により、違憲判決が多数出されるようになっても、憲法改正が不可能に近い現行の改正手続のままでは意味がない。
 ⑤ 人間の作ったルールは常に時代のチェックを受けるべきであるから、憲法も硬性であるより軟性である方が望ましい。
 ⑥ 参議院の権限等について改正しようとする場合、参議院の3分の2の賛成を要する現行の手続では何もできない。

 さらに、要件緩和の具体案に言及する意見も出された。その主なものは、次のとおりである。
 a ①発案権の主体を国会及び内閣と明記する、②両院の総議員の3分の2以上の賛成で可決した場合には国民投票を要しない、③ただし、国民の権利及び義務に係る改正については国民投票を必要とする、④国民投票の過半数とは有効投票総数の過半数であることを明らかにする。
 b 発議要件は、各議院の過半数の賛成とする。 
 c 発議要件は、衆議院の過半数の賛成とする。
 d 発議要件は、両院のうち一院において3分の2以上の賛成、他方の院において過半数の賛成とする。
 e 発議要件は、両院のうち一院において5分の3以上の賛成とする。
 f 発議要件は、各議院の3分の2以上の出席で、出席議員の過半数の賛成とする。

▼【反対論】改正手続の要件を緩和すべきでないとする意見
  改正手続の要件を緩和すべきでないとする意見は、その論拠として次のようなものを挙げている。
 ① 憲法改正手続は、主権者である国民の立場から考えるべき問題であり、手続のハードルが高いかどうかの問題ではない。
 ② 憲法改正は国の基本に関わる重要問題であるがゆえに、国会の合意形成に誠意を尽くし、その過程を国民に示して、できる限りのコンセンサスを得た上で、国民主権原理に基づく国民投票で民意を確認するという慎重な手続をとることが大事である。そして、それを担保するのが硬性度の高い改正手続であることからすると、改正要件の緩和は憲法本来の趣旨に反する。
 ③ 日本国憲法より硬性度が高いとされる米国憲法が何度も改正されていることからすると、現行憲法の改正要件のハードルが高いとは一概には言えない。
 ④ 公権力行使のルールを定めたものである憲法の改正を考えるに当たっては、たとえ政権交代があった場合でもぶれることのない、一貫した共通のルールを作っていくという視点が大事である。そのためには、国会内における幅広い合意形成を得ることが重要であり、その意味で、3分の2の発議要件には合理性がある。
 ⑤ 3分の2のハードルが高いと言うが、選挙の投票率が60%程度、つまり60%の信任でその3分の2が40%であることを考えれば、このハードルが本当に高いと言えるのか疑問である。
 ⑥ 国民の意識や国際情勢などが多様化するなかで憲法を変えようというときには、「間主観的」な意思統合を図るべきであり、両院議員の3分の2以上の賛成を要するとする部分は残すべきである。
 ⑦ 憲法改正の国民投票は国民主権原理を体現化したものであり、国民投票の規定を削除することは、現行憲法の原則を踏みにじるものであり、許されない。
 ⑧ 現行憲法が硬性憲法として改正手続を困難にしているのは、改憲に対して慎重を期しているということである。よって、その改正手続を緩和するような改憲は、憲法の最高法規性を無視するばかりでなく、近代立憲主義の歴史的経過、近代憲法の存在を踏みにじるものであり、憲法の最高法規性を定める98条1項、公務員の憲法尊重擁護義務を定める99条にも違反するものであり、法理上許されない。
 ⑨ 国会の発議要件を緩和すれば、政権交代の度に憲法改正の国民投票が行われ、国民投票で否決されるケースも出てくるかもしれない。そうなれば、政治ひいては代議制に対する信頼まで損なうことになりかねない。

 なお、この問題に対しては、憲法改正の実質的な試みが一度もなされたことがないにもかかわらず、現行憲法の改正要件が硬性かどうかの議論が行われるのはおかしいとする意見が述べられた。

部分的硬性憲法論の登場?!

 例年、5月4日になり、そして大型連休が終わると、「憲法」の二文字が消えてしまうのですが、今年は良い意味でも悪い意味でも、議論が継続できそうです。良い意味としては96条改正問題を通じ、立憲主義とは何なのか、隅々まで理解が拡がる機会になるでしょう。
 永田町においては、96条改正論の賛意が拡がらないという現実の空気が感じとられ、いったん96条改正が「できない」「無理」ということが政治的に確定するはずです。繰り返しになりますが、明日の衆議院憲法審査会で、96条改正論の機運が一気に高まることはないですし、96条改正を裏付ける新たな論拠が提示されない限り、この議論はフェードアウトしていきます。
 その間、軌道修正の試み(妥協案、折衷案)が出てくることでしょう。国会の改憲発議要件を「3分の2以上」を維持しつつ、一部を「過半数」に引き下げてみるという、「足して二で割る」アイデアです。
 しかし、便宜的に改憲発議要件に高低を付けるというものの、その基準を憲法原理でみるのか、憲法準則(条文)でみるのか、国会では問題提起がなされ議論された試しがありません。その仕分けを厳格に行おうとすれば、議論は錯綜し、長大な時間を要します。実際、自由民主党「日本国憲法改正草案」もそのような内容にはなっていないわけですから(現在の案は、憲法前文・条文のすべてについて一律「過半数」で改正発議を可能としています)、議論は振り出しに戻ることになります。
 96条改正に賭ける内閣総理大臣の熱意とは裏腹に、永田町の憲法論議は迷走を続け、隘路に陥ること必然です。ややこしく、見苦しい立憲政治の現実からも、目を背けることはできません。

 

  

※コメントは承認制です。
第19回憲法第96条の改正はできるのか(3)」 に1件のコメント

  1. magazine9 より:

    これまでになく注目を浴びる「96条改憲」。
    連休中のテレビ番組などでも、
    この問題が繰り返し取り上げられていました。
    しかし、今回も「一過性のものに終わるだろう」と南部さん。
    今のまま96条改憲が進むことが望ましいとはもちろん思えませんが、
    憲法論議がいつも政局に利用された、
    ご都合主義の一過性のものであり続けていることは、
    より本質的な問題と言えるのかもしれません。

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南部義典

なんぶ よしのり:1971年岐阜県岐阜市生まれ、京都大学文学部卒業。衆議院議員政策担当秘書、慶應義塾大学大学院法学研究科講師(非常勤)を歴任。専門は、国民投票法制、国会法制、立法過程。国民投票法に関し、衆議院憲法審査会、衆議院及び参議院の日本国憲法に関する調査特別委員会で、参考人、公述人として発言。著書に『[図解]超早わかり 国民投票法入門』(C&R研究所)、『18歳選挙権と市民教育ハンドブック』(共著・開発教育協会)、『動態的憲法研究』(共著・PHPパブリッシング)、『Q&A解説・憲法改正国民投票法』(現代人文社)がある。(2017年1月現在) →Twitter →Facebook

写真:吉崎貴幸

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