立憲政治の道しるべ

憲法によって国家を縛り、その憲法に基づいて政治を行う。
民主主義国家の基盤ともいえるその原則が、近年、大きく揺らぎつつあります。
憲法違反の発言を繰り返す政治家、憲法を無視して暴走する国会…。
「日本の立憲政治は、崩壊の危機にある!」
そう警鐘を鳴らす南部義典さんが、現在進行形のさまざまな具体的事例を、
「憲法」の観点から検証していきます。

憲法第9条改正“枝野私案”

 『文藝春秋』2013年10月号に、「憲法九条 私ならこう変える」と題した枝野幸男・民主党憲法総合調査会長の論稿が掲載されました。
 内閣法制局長官を入れ替え、憲法条文の論理解釈を政治的に操ろうとする安倍首相的発想とは、態度が180度異なります。立憲主義の原点に還って、憲法で以て国の防衛行政、武力組織に対して真正面から歯止めを掛けていく目的で、第9条の2、第9条の3を新設する憲法改正が提案されています。
 条文の見出しは、私が便宜的に付しました。第9条の2は、自衛権(個別的・集団的)の行使とその要件について、第9条の3は、国連平和維持活動への参加協力についてです。

(戦争放棄、戦力の不保持)
第9条 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
2 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。

 という、現行第9条はそのままに、

(自衛権の行使とその要件)
第9条の2 我が国に対して急迫不正の武力攻撃がなされ、これを排除するために他に適当な手段がない場合においては、必要最小限の範囲内で、我が国単独で、あるいは国際法規に基づき我が国の平和と独立並びに国及び国民の安全を守るために行動する他国と共同して、自衛権を行使することができる。
2 国際法規に基づき我が国の安全を守るために行動している他国の部隊に対して、急迫不正の武力攻撃がなされ、これを排除するために他に適当な手段がなく、かつ、我が国の平和と独立並びに国及び国民の安全に重大かつ明白な影響を及ぼす場合においては、必要最小限の範囲内で、当該他国と共同して、自衛権を行使することができる。
3 内閣総理大臣は、前二項の自衛権に基づく実力行使のための組織の最高指揮官として、これを統括する。
4 前項の組織の活動については、事前に、又は特に緊急を要する場合には事後直ちに、国会の承認を得なければならない。

(国連平和維持活動への参加協力)
第9条の3 我が国が加盟する普遍的国際機関(*1)によって実施され又は要請される国際的な平和及び安全の維持に必要な活動については、その正当かつ明確な意思決定に従い、かつ、国際法規に基づいて行われる場合に限り、これに参加し又は協力することができる。
2 前項の規定により、我が国が加盟する普遍的国際機関の要請を受けて国際的な平和及び安全の維持に必要な活動に協力する場合(*2)においては、その活動に対して急迫不正の武力攻撃がなされたときに限り、前条第一項及び第二項の規定の例により、その武力攻撃を排除するため必要最小限の自衛措置をとることができる。
3 第一項の活動への参加及び協力を実施するための組織については、前条第三項及び第四項の例による。

(*1)現状では国連のこと
(*2)多国籍軍やPKO等、国連軍創設以外の場合

 という二つの条文を付け加えるものです。
 集団的自衛権の行使に関しては、自民党憲法改正草案等で示されている条文改正と、政府解釈の変更という二本立て(あの手この手)で事が進められようとしています。そういう時期になぜ、野党側からこのような提案がなされるのか、疑問に感じる方も少なくないでしょう。
 第9条の2、第9条の3の意義に触れながら、今後の憲法論議に与える影響等、政治論的に考察しようと思います。解釈に関わる部分は、すべて私見です。

第9条は現行どおり維持

 そもそも、現行第9条をそのまま維持し、第9条の2、第9条の3という条文を新設することの意味を確かめておく必要があります。
 第9条の2、第9条の3で新たに明文化される内容は、第9条に関する従来の政府解釈を上書き(追認・変更)するものです。他方、それ以外の内容については、現行第9条の文言に従い、政府解釈が踏襲されるということを意味します。もし、これを否定するのであれば、条文の改正が同様に検討されなければならないはずです。
 例えば、「第9条第1項で侵略戦争を放棄し、自衛戦争は放棄しないものの、第2項の戦力不保持の規定に従い、自衛戦争のための戦力をも保持することはできない」という政府解釈は、そのまま維持されることになります。「戦力未満」の実力組織として、自衛隊の位置付けも変わりません。

第9条の2は、自衛権の限界を画する

 枝野私案の新設条文をチェックしていきましょう。
 第1項は、個別的、集団的の区別なく、自衛権の行使を明文化するものです。(1)わが国に対する急迫不正の侵害があること、(2)これを排除するために他の適当な手段がないこと、(3)必要最小限度の実力行使にとどまるべきこと、という旧来からの個別的自衛権の行使に関する三要件(*3)は、個別的、集団的の区別なく、適用されることになります。政府見解の表現とほとんど変わりません。
 第2項は、他国部隊に対する攻撃の排除に関する規定ですが、前記三要件がそのまま当てはめられています。さらに、「国及び国民の安全に重大かつ明白な影響を及ぼす場合」という第四の要件が課されます。「国及び国民の安全に重大な影響を及ぼすことが明らかである場合」と言い換えたほうが趣旨が伝わる気がしますが、これにより「影響が及ばない場合」には自衛権を行使しないことが明確になります。外交・防衛論では「死活的利益」という曖昧な表現が使われることがありますが、「国及び国民の安全」のためということが法文上謳われています。

(*3)衆議院議員森清君提出「憲法第九条の解釈に関する質問主意書」に対する政府答弁書(1985年9月27日)

第9条の3は、政府解釈をそのまま踏襲

 第1項は、国連平和維持活動に対する参加協力の条文です。ここでは国連の明確な意思決定と、国際法に基づくことが条件とされています。
 ただし、現行第9条が残ることの趣旨を踏まえると、同条第1項が禁ずる「武力の行使」又は「武力による威嚇」にあたる行為は、従来の政府解釈により当然、許されないことになります(*4)。
 また、「武力行使との一体化論」も問題となります。外国部隊の輸送、医療行為の提供、燃料等の補給など、日本の実力組織が直接、憲法第9条第1項が禁じる「武力の行使」を伴わない活動を行う場合でも、他国の武力行使と一体化するとみなされるときには、その活動自体が武力行使にあたらなくても、憲法上許されないとする考え方です。第9条の3第1項は、武力行使との一体化論には直接触れていませんが、ここでも第9条第1項の趣旨、解釈が及ぶと考えられます。政府見解どおり、(1)戦闘活動が行われている、又は行われようとしている地点と当該活動がなされる場所との地理的関係、(2)当該活動等の具体的内容、(3)他国の武力行使の任に当たる者との関係の密接性、(4)協力しようとする相手の活動の現況等の諸般の事情を総合的に勘案し、個別具体的に判断することになる(*5)と考えられます。
 第2項は、自衛措置、具体的には「武器の使用」に関する条文です。この点、「その活動に対して急迫不正の武力攻撃がなされたとき」と、「活動」という用語が使われています。自己の生命又は身体を防護するための自己保存的な自然権的権利として憲法上限定的に許されてきた「武器の使用」の要件が、およそ「活動」に対するものとして緩やかに解されそうですが(いわゆる「駆け付け警護」)、条文上「前条(第9条の2)第1項及び第2項の例により」とあることから、日本の部隊が無限定に、他国の隊員を警護するために移動して駆け付け、武器を使用することは容認されません。
 以上、ここまでが解釈論です。

(*4)衆議院安全保障委員会(1998年5月14日)における、秋山収内閣法制局第一部長の答弁。
(*5)衆議院予算委員会(1997年2月13日)における、大森政輔内閣法制局長官の答弁。

政治論として、枝野私案をどう評価するか

 今回、憲法第9条に関する改正意見が条文案の形で出てきたことに、政治論(憲法論議の帰趨)としての意義を見逃せません。
 2005年10月、自民党が「新憲法草案」を公表したさい、民主党は「憲法提言」という、改正条文の形式を採らない意見整理の体裁で、種々の論点を提示したことがあります。それは、各議院の総議員の3分の2以上の賛成がなければ、国民に対して憲法改正の発議を行うことすらできないという「3分の2の壁」を意識すればするほど、各党が改正条文案で相争うのではなく、せめて「大綱」「骨子」のような、糊代付の文体で、徐々に意見をすり合わせていくのが妥当と考えられていたからです。各党が条文案で争うと、議論は進展するかに見えますが、党派を超えたコンセンサスからどんどん遠ざかる(そして、憲法の空洞化が深刻になっていく)という関係に立ちます。したがって、民主党「憲法提言」は、改正案を一切示さない、合意形成の一歩手前の段階で立ち踏みをしていたのです。
 そこで今回、枝野私案が条文の形で示されたことは、別の評価が可能です。
 私見ですが、あえて自民党憲法改正草案の対抗軸として、3分の2以上の合意形成を阻止する立場を鮮明にすると同時に、政府解釈の変更にもブレーキを掛けるという知恵と戦略に基づいて提案されたものであると理解します。
 自民党が単独で公表する憲法改正案は、他党が何も協力せず、そのまま放っておくだけで、憲法改正発議に向けた合意形成を阻むことができます。自民党単独では「3分の2の壁」を超えられないからです。
 しかし、今夏以降、状況が一変しています。安倍首相ほか政府与党幹部が、条文改正よりも、政府解釈の変更を志向するようになってきています。憲法解釈の変更の場合、他党が放っておいては、政府内部で事が決定されてしまいます。主権者・国民も傍観者的地位に置かれ、為す術がありません。
 解釈には解釈で対抗するのが原則ですが、限界があります。立憲主義の理念・目的により適合する解釈変更ならば大いに歓迎、支持されるべきところですが、現実は真逆であり、現職国会議員のほとんどがこの危険度を肌で感じていません。解釈の変更は、手続論上は問題が様々あるにせよ、政府が任意に行うことが許されてしまいます。
 条文改正と解釈変更が同時に追求されている現在のような状況では、「何もしない」単なる不作為では有効な歯止めになり得ません。

立憲政治を取り戻す「止揚」

 枝野私案は、憲法論議の悲惨な現状に対する積極的「止揚」として、その限りにおいて理解され、評価されるべきものと考えます。自民党「憲法改正草案」をベースにした具体的な議論を完全停止させ、与野党間の合意形成の可能性をゼロにするだけでなく、対案としての意義を国民に広く示すことで、今回、論理的な解釈を政治的に変更しようとする目論見を自然停止させる「逆ベクトル」が作用すると考えます。
 何が「逆ベクトル」になるのか。内閣(法制局)が採る解釈は一つの論理として安定を保つことができても、時の政権、議会の多数派によるプレッシャーの下では、「歯止めが一瞬にして脆弱と化す」ことの問題点を指摘することで、憲法解釈変更の手法に対する批判が拡がっていくことが「逆ベクトル」に他なりません。枝野私案は、新設条文をあえて示しながら、「硬性憲法典」を根拠に、その歯止めを確保し、維持しようとしています。枝野私案を議論すればするほど、立憲主義の本質は何か、政府の憲法解釈の意義とは何か、といったそもそも論が、政治部門のなかで一層浸透する契機となるでしょう。
 さらに、誰が起草した条文改正案であれ、伝統的な政府解釈がどのような内容のものなのか、正確な知識と理解が無ければ、その本質的意義は理解できません。議論を重ねる過程で、相当な年月を要します。
 このように言い切ってしまうと、枝野私案が「憲法改正原案」として衆議院に提出され、審議されることを期待していないように受け止められるかもしれませんが、それで構わないというのが私の立場です。それ自体、3分の2以上の合意形成を阻止するという戦略目的から外れます。憲法改正原案としての発議を目指すのではなく、枝野私案の背景にある考え方、思想のレベルで、今後数年、数十年単位で真摯な議論を重ねる方が、日本の立憲政治の発展に資すると考えます。何より、政府与党の有力な対立軸であり続けることが肝要なのです。

 

  

※コメントは承認制です。
第28回 “枝野私案”は、
政府・自民党の有力な対立軸になりうるか?
」 に2件のコメント

  1. magazine9 より:

     民主党内でも賛否両論、と伝えられている「枝野私案」。
     枝野氏は、安倍政権が進めようとしている、解釈改憲による集団的自衛権の行使容認には絶対反対、とも発言しており、そうした動きに歯止めをかけたいという意図があるようです。
     「私案」の条文内容自体には賛否両論がありそうですが、「歯止めをかける」戦略として、そして立憲主義に立ち返っての議論をする契機として、一定の評価はできる、との南部さんの指摘にはうなずけます。

  2. くろとり より:

    憲法9条を正直に読めば自衛隊は違憲、自衛の為の武力行使すら出来ず、国を保つことすら出来ないので解釈改憲もやむを得ないでしょう。
    憲法をクソ正直に守り、他国に占領され、奴隷にされたり、死にたくは無いですからね。

    そもそも憲法9条など不要です。ばっさり削除しないといけません。
    その意味では自民党の改憲案にも不満があります。

    なぜ日本だけがクソ正直に武力の行使に制限をかけないといけないのでしょう。
    他の国と同様に武力を振るう事が出来るようにするべきです。

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南部義典

なんぶ よしのり:1971年岐阜県岐阜市生まれ、京都大学文学部卒業。衆議院議員政策担当秘書、慶應義塾大学大学院法学研究科講師(非常勤)を歴任。専門は、国民投票法制、国会法制、立法過程。国民投票法に関し、衆議院憲法審査会、衆議院及び参議院の日本国憲法に関する調査特別委員会で、参考人、公述人として発言。著書に『[図解]超早わかり 国民投票法入門』(C&R研究所)、『18歳選挙権と市民教育ハンドブック』(共著・開発教育協会)、『動態的憲法研究』(共著・PHPパブリッシング)、『Q&A解説・憲法改正国民投票法』(現代人文社)がある。(2017年1月現在) →Twitter →Facebook

写真:吉崎貴幸

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