マガ9対談

前回(その1)では、「おっぱい募金」は、法的な見地から見ても違法であり立件も可能だが、今は一種の「脱法風俗」状態になっていると言えるのではないか、との指摘が太田弁護士よりありました。しかし、これに類するJK(女子高生)ビジネスなどの脱法風俗しかり、コンビニで手にとれる雑誌のグラビアやスポーツ新聞しかり、公共空間には男性目線の「エロ」が溢れ続けているようにも思います。またそういった現象への違和感や嫌悪感について発言した女性への攻撃が後を絶たず、ジェンダーの問題を語りにくい空気があることも気になります。そこで(その2)では、そういうものを生み出す背景は何なのかについて考えていきたいと思います。

異論を唱える女性へのバッシングはなぜ起きるのか?

編集部 まず、素朴な疑問なのですが、男性にとって「おっぱい募金」は、いわゆる娯楽なんでしょうか? それとも性的に興奮するものなのでしょうか? 一体どういうジャンルというか、位置づけなのでしょう。

勝部 一種の悪ノリのようなものでしょうか…。男同士のホモソーシャル(女性嫌悪等を含む男性同士の強い連帯)な楽しみのようなもの、と言えるかもしれません。これを積極的に肯定し参加したいと思っていなくても、取り立てて問題視する必要はない、と思っている人が大多数でしょう。そういう意味では、もはやある種「空気」という感じかもしれません。「エロ」を題材にした様々な形態の「商品」は、私たちが生まれた時からずっと社会に普通にあるので、そのように男性側も洗脳されているのです。

太田 私が気になっているのは、今の日本社会に溢れている性風俗や性表現に、ハラスメントの要素が強いものが多くみられることです。また、いわゆる「萌えキャラ」も、以前は、秋葉原周辺の一部のアニメ好きの人たちが好むキャラクターという存在だったと思うのですが、三重県志摩市だったり、岐阜県美濃加茂市観光協会だったりと、自治体や公の機関のPRのための公式キャラクターとしてあちこちに出てきた現状には、背景にどういうことがあるのだろうかと衝撃を受けました。さすがに反対の声があがり、色々議論はあった末に取り下げられましたが。
 「萌えキャラ」に代表されるようなアニメの「女の子」の描かれ方として、顔立ちは幼くていかにも従順そう、それでいて胸やお尻は過剰に性的に強調されている。特に美濃加茂市観光協会の「のうりん」の、過剰に大きな胸を強調しているキャラクターは「職場であれを見せられたらセクシャルハラスメントだよ」という絵柄で、よくこれを観光協会のポスターに採用しようと思えるなとのけぞる思いでした。私的にそういう絵柄を好むというのを越えて、大人の男性というかパブリックな社会が、当たり前のように公共空間にあることを許容している、そのメンタリティーについても考えてしまいますね。

編集部 あれらを「クールジャパン」と言って、海外に紹介することに抵抗があります。

勝部 女性の性を扱った表現や商品、いわゆる性風俗におけるハラスメントの要素が強いものについては、それらは単純な男性の性欲というよりは、支配欲、加虐欲、庇護欲などの要素のほうが強いとも言えます。そういったことが社会的に認知されていればいいのですが、その認識がなく、「これは男性の性欲だから仕方がない」という空気がつくられている。そうやって「公共化」されていることが問題ではないでしょうか。ちなみに加虐欲を持っている人間は確かにいますが、それを理性で抑えられずに行動に移す人は、薬物依存症やアルコール依存症と一緒で、治さなくてはいけない病気だと考えます。

編集部 たしかに「性欲」となると、「健康的な男性の証拠だから、まあ、いいじゃない」みたいな言われ方で終わる。ただ性欲は女性にもあるわけです。しかし、性風俗や性産業を見れば、圧倒的に男性の性欲を満たすものが溢れ、様々なオプションがあり、テレビや公共空間でも堂々と展開されている。この不均衡さは何なんだろう、と思います。

太田 「性欲」という言葉だと、どこかに「本能だから仕方ないよね」的なニュアンスが出てしまう気がしますよね。本当は女性にも性欲はあるし、そもそも本能だとしてもそれを適切に制御すべきなのが人間なわけですから、正当化にならないんですけど。問題は、勝部さんがご指摘の通り、「支配欲」の表出なのだと感じています。性表現一般が問題だと言っているのではなく、そこに支配欲を感じるもの、ハラスメント要素があるものを問題視しています。
 日本社会に溢れている「性表現」には、子どもが見る漫画などにおいてもハラスメントの要素が満載だと感じています。そこに対して指摘をすると今度は私に対しての攻撃がやってくる。そして「あなたはセックスフォビアですね」という見当違いな批判がきたりして、疲れてしまいます。性表現一般を批判しているのではない、性差別表現、セクシャルハラスメント表現を批判している、ということなのですが、そこの区別がつけられないのか、意図的に混同しているのか…。こんなことを考えたり言語化しているとほんとに疲れます。

雨宮 本当に、女性がこのテーマで発言をするとボロボロにされてしまう。急に「心の狭い人」レッテルを貼られたり、人の言論に対する「言葉狩り」の人のように言われたりもします。また、「そんなことを言っていると、女は幸せになれないよ」とか、「君は本当の女の幸せを知らないんだね」と、言ってくる男性もいたりします(笑)。余計なお世話ですが本気で言っている。彼らの言う「女の幸せ」って一体何なんだろうと考えてしまうわけですが…。この社会の中では、女性はジェンダーについては、黙っていないと不幸になるぞ、と言われているように感じます。

勝部 女性に比べれば些細なものですが、それは私の場合でもあります。ジェンダーに関することで議論になり、こちら側が理論的に優位な展開になり、先方は反論が出来ないという場面になった時に、「まあ、いいよ。君も結婚すればわかることだから」とか、言われます(笑)。

太田 それは失礼ですよね…。しかし、そういうことは女性同士でもありそうです。「そんなことでいちいち怒っていないで、もっと大人になりなさいよ、男なんて子どもなんだから、手の平で転がしておけばいいのよ」とかね。私の中では、憲法の問題について語るのも、おっぱい募金の問題について語るのも、同じテンションで行っていることだし、同根だと思っています。なのに、ジェンダーの話、特に性売買について現状に批判的に言及すると、急に揶揄や攻撃、冷笑にさらされるので、ああ、このテーマは日本社会の「地雷」なんだ、ということに改めて気が付いたというわけです。憲法について発信しているときも、それなりに大きなものに異議申し立てをしてるはずなのに、全然こんなに攻撃的で感情的なツイートこなかったよ! という感じです。

雨宮 ジェンダーのことは、いつものように問題を真正面で捉えて問題提起すると、先ほどのようなことを言われるので、少し笑いを混ぜたり、工夫して書くようにしています。
 例えば最近書いたコラムでは、男女の非対称性について触れました。その時、象徴的な話として、イスラム国の兵士は、戦死すると「天国に72人の処女が待っている」と教えられている、ということを書いたんです。イスラム国兵士にとって、それは戦死に対する「褒美」なのかもしれない。だけど、もし女性兵士が死んだとして、天国に72人の童貞が待っていたら? それって地獄ですよね(笑)。中学校の部室みたいな臭いがしそう(笑)。そんなふうに、「なんか変だな」と違和感を持ったら男女を入れ替えてみるとおかしさの原因が発見できるかもしれないよね、というスタンスで書くようにしています。自分とは少し距離を置いて、笑いも含めた提起の仕方じゃないとなかなか受け入れてもらえない実感がある。

勝部 なるほど。それにしても男性にとっても72人の処女って、本当に天国なんですかね。少なくとも私にとっては、地獄のように思えるんですけれど(笑)。

太田 それもいわゆる、「ファンタジー」ですよ。男ならこれに欲情するべし、ということも、設定されてしまっているように感じます。今の例で言うなら「処女とヤリたいよね? 処女とヤるって興奮するよね?」と。冷静に考えたら勝部さんみたいに、「ほんとにそれって天国か?」と思う人はいるのかもしれないけど、「処女→興奮」みたいに条件反射するようなストーリーの刷り込みがある気がします。本当に様々なところに刷り込みがあって、私の息子だって、この社会で放っておくと、おっぱい募金に並ぶのではないかと、と危惧しています。

勝部 経験したことがない相手が感じる怖さや痛さやコンプレックスに配慮する気が全く無いから天国だと感じるのでしょうね。男性だけは、ちゃんとした性教育を学校教育の中でも受けていなく、いわゆる「アダルト」の文脈でしか性の知識を得ていない、それがおかしなことを引き起こす原因になっているのではないでしょうか。やはり正しい知識を大人が子どもに伝えることも、必要だと思いますね。5年ほど前から、中学や高校で性教育の授業を行う団体に参画していますが、何としても正しい性のリテラシーを広めていきたいです。

男性へのジェンダー教育、性教育の必要性がある

編集部 それは必要な取り組みですね。男性へのジェンダー教育については、どうなんでしょうか? 以前、武蔵大学でジェンダー社会学を教えてらっしゃる田中俊之先生から伺ったのですが、リタイアした男性向けの市民講座でジェンダーの話をして欲しいと言われるのだとか。会社の肩書きが無くなったところで、地域社会とどうつながったらいいのか、奥さんとどう向き合ったらいいのかわからない、という60歳以上の方にニーズがあるそうです。

太田 それはリアルな話ですね。でも、定年後だとちょっと遅すぎやしませんか。

勝部 現役世代の男性の中にも、これがジェンダーの問題であるということにうすうす気がついている人は、少しずつ増えてきているとは思うのですが、強固な年功序列を前に、若手からは言いにくいということがあります。男性自身のためにも、もっとメンズリブ的な話をしたいのですが、なかなかみんな乗ってこないですね。

太田 男性は、自分で自分の生きづらさを認めること自体が、ハードルが高いのかなと思います。女性はそういう意味ではまだ、「女性の生きづらさ」とか言いやすいのでしょうね。

勝部 男性は、メンズリブ的なことを言った時点で、「負け組」だというレッテルを貼られますからね。今の若い層でも80%ぐらいが、「男性が稼ぎ手の中心であるべきだ」という考えに賛成しているとの調査データもあり、その割合は欧米に比べても日本が突出して多い。国の産業構造上そんなモデルはもう成り立たなくなってきている時代なのに、まだ幻想をひっぱっている。それは不幸以外の何ものでもないでしょう。

雨宮 ずっと非正規雇用で40代にもなると、一生低賃金労働で結婚も子育てもない人生を受け入れ始める人が私の周りでも増えてきています。しかし、それより下の世代で「まだ頑張ればなんとかなるかも」と思っている男性は、男が正社員で働いて妻子を養うみたいな高度成長時代のイメージに縛られている感じもあります。状況は厳しくなっているわりに、ジェンダー的な意識は上の世代とあまり変わらない。そのことが当人をより苦しめている気がします。

勝部 ジェンダー規範の強い日本社会の歯車にはまって、がんじがらめに動けなくなってしまう。だから男性は見下せる存在をつくる事で、楽になろうとするのだと思います。江戸時代と同じですね。男性の中にも強固なピラミッド構造があるわけで、自分が支配されていると感じているからこそ、コンプレックスを抱えているからこそ、自分より下の存在を作って優越感を持ちたいと考える。そういった自分の弱さや劣等感を覆い隠したいために、自分よりさらに弱い人を叩きたいと思っている、というのもあるでしょう。

編集部 そこで自分より弱いと思われる女性に、性欲という名前のもとに、支配欲や加虐欲が向けられるということでしょうか。

太田 男性が好きな女性のイメージに、萌えキャラしかり、自分の意見を主張しなさそう、反対意見を言わなそうで、自分より賢くない方がかわいいとか、そういうことが相変わらずあるように思います。

雨宮 男性でジェンダーを研究している立命館大学講師の伊田広行(イダ ヒロユキ)さんをご存知ですか? 彼は「主流秩序」という概念を提唱し、そのことを『閉塞社会の秘密―主流秩序の囚われ』(アットワークス)という著作でも書いているのですが、ジェンダーの問題や性の商品化の問題を理解するのに、非常に役に立ちました。というか、私自身もどこか大きく救われました。主流秩序とは、ものすごくざっくり言うと、みんなが信じている序列のようなものです。可愛い方がいい、若い方がいいだとか、そういう価値観が母国語の文法のように当たり前に共有されてしまっている。メディアも人を容姿などで序列化し、それが多くの人の生きづらさに繋がっている。男女問わず、ぜひ知ってほしい概念です。

だからやっぱり、だまらないでいこう

太田 「おっぱい募金」について、私が批判的な意見をFacebookで書いた時に、バッシングもありましたが、男性からの好意的な意見もあったのです。自分も嫌だと思う、声を上げてくれてありがとう、というダイレクトメッセージを複数人からもらいました。男性でそう感じる人とそうでない人の違いは、何なんでしょうか?

勝部 女性観の違いでしょうか。あとは、人権意識でしょう。

編集部 リプロダクティブ・ヘルス/ライツ(性と生殖に関する健康・権利)への理解度の違いもあるでしょうか。

勝部 そうですね。ただ、日本人男性のリプロダクティブ・ヘルス/ライツは現状無いに等しいですし、男性自身も自分の性や人権のことまるでわかっていませんからね。だから女性のことも実感しづらいんでしょう。

太田 『男しか行けない場所に女が行ってきました』(田房永子/イースト・プレス)は、風俗ライターをしていた田房さんが、男性用性風俗の数々を仕事で見聞きしたことをもとに書かれた本ですが、「男社会」と「エロ」、それを許容し続けてきたこの社会について、考えさせられた本でした。性の問題に長年携わってこられた先輩女性弁護士も、「これはジェンダーの教科書にしたい」と言っていました。私も付箋だらけです(笑)。

勝部 性風俗という娯楽を完全に否定はしませんが、性を考えるベースには人権があるべきです。ちょっと外れたところに娯楽もある、ということならわかるのですが、今はこれが逆転しているようで、「性=娯楽」しかない人も多い日本の状況は異常だと思います。

編集部 「性」をどう扱うか、というのは、人間の尊厳に関わることであり、差別とも関わっていると思いますし、自分の「性」をどうするかを決めるのは自分だという「性の自由」もあります。だから、この問題を語るときには、その内容によって相手を傷つけてしまうのではないか、ということもやはり考えてしまいます。またそれについて発言した相手の反応によって、私も傷付くのではないか、ということも考えます。

勝部 皮肉の意味を込めて「ジェンダーは、道徳を凌駕する」と言いますが、自分がされて嫌なことは相手もされたら嫌だろう、と考えるのはごく当然のことなのに、そこに「ジェンダー」が覆い被さると、「男はいいけど、女はダメ」なんていうことが平気で起こります。ごく身近な例で言えば、結婚した後の夫婦の名字をどうするか、という問題など。男の人が名字を変えるのは、大多数が嫌だと思っているし、嫌でなくても名前の変更に伴う様々な変更届けなど、かなり面倒くさいと思うはずです。そんなふうに自分は嫌だと思うことなのに、それを女の人に平気でやらせている、というかそれが当然だと思っている。このように、普通の道徳観が「ジェンダー」の問題になるとなぜか通じない。

太田 確かに。平和とか貧困とか人権問題については、弱者の味方だったり、リベラルな考えをお持ちで行動も伴っていると敬意を持ってた男性が、ことジェンダーの話になると、「あれれ?」みたいなことになってしまうというのは、正直「あるある」です。

勝部 日本の男性は、この日本的なジェンダー規範に今もすがりついているような気がします。人は誰もがすがりつくものを欲していますからね。今の日本は、社会保障も破綻しつつあるし、宗教もそんなに機能していない。だから、男性が寄りかかっているものを、「それは違う」といって指摘したり、取り上げたりしようとすると、彼らはコロリと転んでしまう。それが怖くて、古い規範にしがみついているように見えます。

雨宮 それは外されたら怖いでしょうね。しかし、セクシャルハラスメントへの反対運動が起き、ドメスティック・バイオレンスの調査を女性人権団体が行い、DV防止法ができ、均等法にセクハラの規定が入り、ようやくそれらの被害についても当事者たちが声を上げられるようになった。それがこの10年、20年のことですからね。この微妙なラインについては、まだ時間がかかるように思います。でも、ジェンダー意識が高い若い世代も出てきているので、それがわかっていない大人はすごく格好悪くて恥ずかしいことである、ということをどんどん指摘してもらいたいし、そうなっていって欲しい。

編集部 そうですね。冷笑されるのが怖いですが、でもやっぱり「おかしい」と思ったことや「嫌だな」と思ったことには、声を出していかないと…と思います。SEALDsの若い女子学生が、ひどい性的なバッシングを受けて、「同じ思いを下の世代の女の子にさせたくないから、私はだまらない」と語っていたインタビューを読んで、長年諦めてきた世代としてとても恥ずかしく、申し訳なく思いました。

太田 これからの若い世代に期待する意味でも、性やジェンダーの問題はやはり教育が大事、ということにつきる気がします。今、私には20年後に日本社会を「いい男」でいっぱいにしようという「野望」があります。今の少年が大人になったとき、いい男になっていたら、世の中は絶対よくなってるはず。特に男の子を育てている親の責任って重いです。なので、20年後の素晴らしい社会に向けて、息子を持つママたちと一緒に、何かやりたいと思っているところです(笑)。

構成/マガジン9編集部 写真/吉崎貴幸

雨宮処凛(あまみや・かりん)作家・活動家。1975年、北海道生まれ。2000年、 自伝的エッセイ『生き地獄天国』(太田出版/ちくま文庫)でデビュー。以来、「生きづらさ」についての著作を発表する一方、イラクや北朝鮮への渡航を重ね る。06年からは新自由主義のもと、不安定さを強いられる人々「プレカリアート」問題に取り組み、取材、執筆、運動中。メディアなどでも積極的に発言。 3・11以降は脱原発運動にも取り組む。07年に出版した『生きさせろ! 難民化する若者たち』(太田出版/ちくま文庫)はJCJ賞(日本ジャーナリスト会議賞)を受賞。最新刊は『14歳からの戦争のリアル』(河出書房新社)。「反貧困ネットワーク」世話人、「週刊金曜日」編集委員、フリーター全般労働組合 組合員、「こわれ者の祭典」名誉会長。

太田啓子(おおた・けいこ)弁護士。2002年に弁護士登録(横浜弁護士会)。解釈改憲による集団的自衛権行使容認に強い危機感を持 ち、カジュアルな雰囲気で憲法を学べる学習会「憲法カフェ」を、地元の仲間とともに企画・開催してきた。「怒れる女子会」呼びかけ人。「明日の自由を守る若手弁護士の会」のメンバーでもある。二児の母親。

勝部元気(かつべ・げんき)1983年東京都生まれ。早稲田大学社会科学部卒。働く女性の健康管理を支援するコンサルティング会社「株式会社リプロエージェント」の代表取締役を務めるなど、各種ソーシャルビジネスに携わっている。専門はジェンダー論、現代社会論、コミュニケーション論、教育論等。ブログ『勝部元気のラブフェミ論』は、男性なのに子宮頸がん予防ワクチンを 打ったレポートで話題に。現在、SPA!と朝日新聞社WEBRONZAにて連載中。著書に『恋愛氷河期』(扶桑社)がある。

 

  

※コメントは承認制です。
雨宮処凛さん×勝部元気さん×太田啓子さん「女性の生きづらさ、男性の生きづらさ」(その2)日本的「ジェンダー規範」の罪」 に2件のコメント

  1. magazine9 より:

    なんとなくの「モヤモヤ」感からスタートした鼎談企画でしたが、日本社会の根強いジェンダー規範や主流秩序が、男女問わず「生きづらさ」に大きな影響を及ぼしており、それは個々人の問題にとどまらず社会全体の問題と捉えるべきではないか、との問題共有ができました。そしてジェンダー規範から解き放たれた時に、より自由で生きやすい社会になるのではないか、そのためには「教育」が大事! との一つの方向性も導きだされました。「ジェンダーと性」や「エロの公共化」について、マガ9としてここまで正面切って取り上げたのは初の試みでしたが、声を上げること、これからも続けていきたいと思います! 

  2. kobayasi riku より:

    萌えキャラ好きの考察が毎回現実の性別に縛られてる感じの内面の憶測なのはどうにかならんのですかね…
    結構悲しいっす…(;´Д`)

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