2016年 参院選挙を考える

7月の参院選挙で最も注目されているのは、全国に32ある一人区の行方です。「一人区」を制することが、その選挙の勝敗を決める、と言われ、小選挙区制度のもとでは組織票のある与党が圧倒的に有利とも言われています。昨年末の段階では、一人区においては自公候補がほぼ全勝するだろう、そして選挙もまた自公の圧勝だろう、との報道がありました。しかしそれから半年経た今、不可能かと思われた「野党共闘」が、32全ての選挙区で実現しました。またいくつかの選挙区においては、政党からのトップダウンではなく、市民が候補者を捜し出し、出馬を説得し、選挙資金までカンパで集め、その「市民派候補者」に野党3党が共闘する、というまさに市民派選挙を国政選挙でやってのけたのです。そんな選挙区の一つ、愛媛の闘いぶりについて、以前マガ9に、「持続可能な社会のために、女性の政治参加が必然」と、スウェーデンのルポ(「女性と政治と社会のリアルな関係」)を寄せていただいた金繁典子さんに寄稿をいただきました。金繁さんは、元国際環境NGO職員で、現在は東京から故郷の愛媛に居を移し、今回の選挙運動にも主体的に関わっています。

はじめての野党統一候補実現に
動いた市民たち

 愛媛県といえば、高校生に政治活動の届け出を義務づけた最近のニュースを覚えている方も多いだろう。4月からの選挙権年齢18歳以上への引き下げを前に、愛媛県立の全59高校が新年度から校則を改定し、校外の政治活動に参加する生徒に学校への事前の届け出を義務化したのだ。全国的に大きなニュースとなり、その事実に驚いた人も多いと思うが、愛媛が「保守王国」と呼ばれることを知っている人にとっては、さほど驚きではなかったかもしれない。

 しかしその愛媛県で、これまでなかった動きがでてきている。

 野党共闘を目指す市民の集まりが、3団体も生まれたのだ。子育て世代のお母さんたちを中心とした「えひめ勝手連2016」(共同代表:田渕紀子 大野恭子 安田志ほ 宮内仁子)、憲法9条の会メンバーのほか、学者や弁護士らが多く参加する「安保法制(戦争法)廃止を求める愛媛の会」(筆頭代表幹事:小松正幸・愛媛大学元学長)、市民運動の経験のある市民や市民派議員が多く参加する「戦争法を廃止するためながえ孝子を国会におくる会」(当時。現在は「戦争法を廃止するためながえ孝子を支える会」。代表:中林重祐)だ。
 
 それぞれ昨年秋から集まって、立候補して欲しいと思う人を決め、その人のところへ署名を集めて何度も立候補のお願いに行く、野党各党の県連本部を訪ねて統一候補にするよう要請するなどしてきた。3団体はそれぞれ独自に活動しながらも、次第に団体を超えて人と人がつながり、情報交換をし、年明ける頃には立候補のお願いを一緒に行った。
 
 そして4月、市民の声にこたえて、永江孝子さんが立候補を決意。野党各党も動き、共産党は全国ではじめて候補者を降ろし、ついに5月12日、野党統一候補が実現した。

 愛媛県の国政選挙史上、はじめてのことだ。

 3団体のつながりはさらに深まり、県下のより多くの市民団体とともに情報共有の輪を広げようと「市民の風」というネットワークを今月13日に発足させた。そして19日、「市民の風」は野党4党とともに「ながえ孝子応援集会」を開いた。キャッチフレーズは、『どの子も戦争には行かさん』。市民会館ホールには300人の市民が集まった。保守王国・愛媛でこれまで見たことのない風景が次々と現れているのだ。

6月14日、「ながえ孝子と市民の風」発足の記者会見

6月19日に松山市で行われた、ながえ孝子応援集会「どの子も戦争には行かさん」主催:ながえ孝子と市民の風。左から島本 保徳・新社会党愛媛県本部書記長、林 紀子・日本共産党愛媛県委員会委員長、逢坂 節子・社民党愛媛県連合副代表、ながえ孝子さん、渡部 昭・民進党愛媛県連代表、「市民の風」を代表して小松正幸・「安保法制(戦争法)廃止を求める愛媛の会」筆頭代表幹事)

●立候補要請にあたり、市民が署名と選挙資金も集める、イベントも企画

 「戦争法を廃止するためながえ孝子を支える会」は、昨年秋頃から市民が集まり始め、永江孝子さんに立候補を要請すると決めて、立候補をお願いする1000人の署名と1000万円の選挙資金を集めようと動き、2月に本人にまず署名を手渡した。
 昨年末から動いて年初に立ち上がった「えひめ勝手連2016」の若い母親たちも、資金を集め始め、アーサー・ビナードさんを呼んで講演会をしたり、気軽に政治のことを語ろうとバーで大学教授を囲んでの「ポリティカルナイト」を幾度も開催したり、暮らしと政治がつながっていること、憲法がどう変えられようとしているかを伝えてきた。

 学者や弁護士らが多く参加する「安保法制(戦争法)廃止を求める愛媛の会」では、首都圏から学者を中心とした論客を次々と呼んで講演会を開催し、市民に現在の政治状況を情報発信し、集会やパレードも行ってきた。
 
 これら3団体が活動をすすめる中で、市民と学者、市民派選挙の経験のある議員と市民、政党関係者と市民など新たなつながりができていき、各人が持つ知識や経験を学んだり共有することができ、イベントを開催しそれぞれが記者会見を行ってさらにその輪を広げていった。また、これらの団体以外にも若者中心の「スリーピース」や「電話勝手連」、「ママの会」など多くの団体が活動している。また既存の市民団体とのつながりもできてきている。
 
 市民をここまでつき動かしてきたのは、言うまでもなく昨年9月の安保法強行採決だ。他国のための戦争をすることができる国に変えられてしまったこと。だれの子も戦争には行かせない、立憲主義を踏みにじった安倍政権を許さないと、女性たち、一般の人々、学者や弁護士らが立ち上がったのだ。
 
 「えひめ勝手連2016」の共同代表をつとめる安田志ほさんは、勝手連を立ち上げた時を振り返り、「それまで市民運動も政治活動もしたことはなかった。しかしあの安保法強行採決があって、とにかく我が子の未来を守ってやるのは自分しかいないと思った。どんな未来を子どもたちに残してやれるかの大きな転換点にあると思った。勝手連の共同代表は全員、子育て世代のお母さんたちで中心メンバーの7割は女性だが、思いはその1点で共通していた。命こそが一番大事。肌感覚でそれを敏感に感じてバッと動いたのが女性たちだったのだと思う」という。

●事務所開きに集う人たちが「背広」から「親子連れ」に変わった

 実際、候補者が決まり、選挙に向かって政党や市民が動き出すと、市民団体間での調整、政党間での調整、そして政党と市民団体との調整と、調整場面がたくさん出てくる。これまで組織の選挙を行ってきた政党や労働組合の人たちと、組織の選挙を知らない市民とが理解し協力し合えるようになるには労力も時間もかかる。しかし、努力しながら市民と政党・労働組合組織は、「安保法を廃止する」という明確な共通の目標のもとに徐々に近づき協力しはじめている。
 
 「選挙事務所開き」にはこれまで背広姿の男性中心だったのが子ども連れの女性たちによる音楽演奏も入り、「決起集会」だったのが「応援祭」になり、市民が集めた市民からの選挙資金が組織の運営する事務所に届けられた。労力も提供する。市民団体の定例会議も組織の事務所で行われるようになった。先週からは、あらゆる市民団体と政党関係者も一緒にメッセージボードを持ったスタンディングを各地で行うようになった。

 「政治を支配している組織にとって一番怖いのは草の根が広がること」と、無所属・市民派の松山市議で「戦争法廃止のためながえ孝子を支える会」の武井たか子さんは言う。個人が政治にめざめ、自分の意思で自由に市民どうしがつながり、票や資金という力にもつながっていけば、これほど強いものはない。これこそが民主主義の実体化だろう。
 
 19日の応援集会で立候補の決意を語ったながえ孝子さんが最後にこう言った。
 
 「みなさんの人間力を貸してください」

 選挙をともに力を合わせて勝ち、その先の政治を通じて私たちがほしい未来、社会をつくる。それは私たち一人ひとりの人間力、すなわち、それぞれが持つ異なる知識、経験、魅力、ネットワークを、組織や分野を超えてつなげて、最大限に効果を発揮することができるかに尽きるのだろう。

 個人の人間力を発揮してつながり変える努力を重ねていけば、政治も社会も変えられる。個人の暮らしを大切にし、国民幸福度が世界一高い、北欧の社会のように…。今、私自身も日々選挙応援に走りながら、そんなことを考えている。

 

  

※コメントは承認制です。
どうする? 2016年参院選挙
「保守王国」愛媛で動き出した市民らが、はじめての選挙運動でただいま猛追中!
」 に2件のコメント

  1. magazine9 より:

    一部報道によると、当初「自民党優勢」と伝えられていた愛媛は、自民の選対事務局長会議で「重点選挙区」に入ったと伝えられており、それを裏付けるように、公示前にもかかわらず、安倍首相自らが早々に愛媛入りをし、演説をしていったそうです。対する野党も、女性候補者を応援すべく女性議員が次々と愛媛入りし、地域の支援者たちと意見交換をかわしているそう。29日には、野党4党党首と市民団体が、一緒に街宣をする予定だとか。地方から起きた市民の主体的な政治や選挙参加の動き、ノウハウも含め今後もシェアしていくべきことではないでしょうか。

  2. 島 憲治 より:

    笑顔がとてもすてきです。私もその輪に入りたいぐらいです。「一人一人の力は微力であるが、無力ではない」。これは、、ドイツ文学翻訳家池田香代子さんの言葉です。私はこの言葉がとても好きです。本州のはて保守王国青森県jからエールを送ります。

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