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教えて!山田先生
第1回 第2回 第3回 第4回 第5回 第4回
ミサイル防衛(MD)システムはどこまで進んでいて、
その効果はどれぐらい期待できるの? 「PAC3」編
3段階に分かれた迎撃体制の最後が「ターミナル段階」。
ここで迎撃に失敗すればミサイルは着弾してしまうという、言わば「後がない」状態です。
この段階でミサイルを迎撃する「PAC3」は、
サッカーのゴールキーパーのような役割と言えますが、
その能力はいったいどんなものなのでしょうか。
山田先生 やまだ あきら 
日本近現代史、軍事史、天皇制論、歴史教育論が専門。
おもな著書に『護憲派のための軍事入門』花伝社
『軍備拡張の近代史-日本軍の誇張と崩壊』吉川弘文館
『歴史修正主義の克服-ゆがめられた<戦争論>を問う』高文研

防衛白書などでは迎撃の成果を強調していますが、その根拠となる具体的なデータが示されていないので、どこまで信用していいのかわかりません
『平成18年度版 日本の防衛(防衛白書)』(防衛庁編)ではPAC3について「発射試験のほか、既に03(平成15)年のイラク戦争でも実戦投入され、飛来する地対地ミサイルを撃破し、成果をあげています」と書かれています。この「成果」についてどう思いますか。
 発射試験の結果にしろ、イラク戦争での実績にしろ、どんな条件で発射して何回成功したのかなど、具体的な数字等のデータがまったくありませんので、どんな「成果」なのか判断しようがないですね。そもそもこの間のイラク戦争でイラク側がミサイルをそんなに発射したのか、という疑問があります。91年の湾岸戦争のときイラクはスカッドミサイルを発射しましたが、今回のイラク戦争でスカッドミサイルが使われたという報道を私は聞いたいことがありません。だから『防衛白書』に書いてある「成果」とは何を根拠にしているのか、ますます分かりません。ちなみに湾岸戦争のときに多国籍軍側の迎撃用ミサイルとして配備されたのはPAC3の前身のPAC2でしたが、これは全く効果がありませんでした。
でも、確か当時のテレビ報道などではスカッドミサイルの迎撃に成功した映像が流されていたような気がします。夜空に華々しく火花が散った映像を記憶している人も多いと思いますが。
  湾岸戦争の際にテレビで報道されたあの映像は、空中でPAC2自体が炸裂しているのを写したもので、飛んできたミサイルに当たったというわけではありません。もともとPAC2は対航空機用の地対空ミサイルで、目標物の近くの空中で炸裂して、その破片で航空機に損害を与えます。湾岸戦争当時の報道は、PAC2自体が炸裂したところを捉えて「スカッドミサイルを迎撃した瞬間だ」と繰り返して映像を流していたのです。
 MDシステムを進めるなかで、PAC2のように目標物付近で炸裂して破片をぶつけるだけではミサイルの弾頭を破壊できないことがわかり、飛んできた弾頭に直接ミサイルをぶつけるPAC3が開発されたわけです。

「PAC3」の射程は約20キロ。迎撃できる確率は?
PAC3は、これまでの迎撃実験ではどの程度成功しているのですか。
 アメリカでの実験回数や結果についても、具体的な数字や条件などが公表されていませんのでなんともいえません。ですので大雑把な言い方になりますが、迎撃できる確率は高くても50%程度だと思っていいでしょう。
思ったよりも低いですね。
 前回お話ししたSM3の場合と同じく、どのようなシチュエーションで実験をしているのかが重要になってくるんですね。たとえばICBM(大陸間弾道ミサイル)を想定した場合ですと、太平洋や大西洋を越えてアメリカ本土にミサイルが飛んでくることになりますから当然ミッドコース段階は、最低でも6000km以上と長くなり、そのぶん正確に弾道計算もできるようになります。アメリカでの実験は、たぶんそのように余裕を持った設定のもと実験をしていると思います。
日本の場合は、北朝鮮のミサイル発射から着弾までにかかる時間は10分程度で、距離も1000km程度です。となると、アメリカでの実験が仮に成功したとしてもあまり参考にならないわけですね。なんだか不安になってきました……。

PAC3の射程距離は20km程度。日本全土を完璧に守ろうとすれば、
 さらに不安にさせられる要素があります。PAC3の射程距離は20km程度と短いので、あらかじめ配置する場所を決めておかないといけないんです。
東京を守るとか、大阪を守るとか、事前に決めると?
 そうです。今年度末からまず第1高射群(本部・埼玉県入間市)にPAC3が配備されますが、この場合は首都圏の防空が任務になります。その後は、浜松市(静岡)、岐阜市(岐阜)、春日(福岡)の順に配備されていく予定です。先ほど言いましたようにPAC3の射程は短いので、ある都市の周辺やある重要施設を守るという「局地防衛」になります。つまり、それほど多くの街や施設を同時に守ることができないんです。
日本全土をPAC3でカバーするということは考えられないのですか。
  北朝鮮が持っているノドンが仮に200発とした場合、これに完全に対応しようとすれば物凄い数のPAC3が必要になりますよ。何しろ相手はどの地域や施設にミサイルを撃ってくるのか分からないわけですから、多めに見積もって配備しないといけません。そのため、北朝鮮がターゲットにしそうなところ(大都市、原発、米軍基地や自衛隊基地、その他重要施設)に全て配置することになり、その数はとめどもなく増えてしまいます。
よく北朝鮮の脅威を主張するた方たちは「たった一発のミサイルでも落ちたら多くの被害がでる」「だから一発ぐらい落ちても平気だなんていう考え方は無責任だ」と言います。その論理でいけば、一発たりとも落とさない防空システムを作らないとダメなわけで、そのためには日本国中にPAC3を配備することになりますね。そうなると、おカネがけっこうかかりそうですね。
  PAC3はワンセット280億〜300億円です。8発のミサイルが入る発射機、レーダー、そして指揮管制用の車両、これでワンセットです。ひとつの指揮管制用車両で複数の発射機の管制をできるので、発射機をたくさん置けば割安にはなるかもしれません。ただし、たとえば5つの発射機に一つのレーダーを置いても、そのレーダーが破壊されてしまうと残りの発射機も使い物にならなくなりますから、当然バックアップ用に複数のレーダーが必要になります。
そうすると、仮にワンセット250億円とすると、10ヵ所だけでも2500億円もかかりますね。
  PAC3で日本領土に完全な防空体制を敷くことになれば、10ヵ所ということはありえません。たとえば大都市の場合、その周辺を囲むように配置しないといけませんから、射程20kmのPAC3を相当配置しないといけません。これは日本地図をもってきて、半径20kmの円を作っていけば、何個必要になるか分かりますが、100個程度は最低でも必要になるでしょう。
ということは最低でも2兆5000億円もかかわるわけですか……。
 一応、防衛庁関係者は、ミサイル導入関係費で8000億から1兆円と見積もっているそうですが、この種の見積もりはシステムの導入後、増大する傾向がありますから、2兆5000億円というのも大げさな推定ではないでしょう。そもそも防空システムは、仮に一つが破壊されてもそれを補うためのバックアップが必ず必要になりますから、さらに数は増えるからです。
 前回お話ししたSM3にしても今回のPAC3にしても、まだまだ改善の必要のある武器です。費用対効果の観点からしても、そういうものにいったいどれだけのおカネをかけるのか、本当にそんな必要があるのかということです。
すでに相当なおカネを注ぎ込んでいますよね。防衛白書によれば、平成18年度予算でもMD関連経費とてし「(1)イージス艦の能力向上とSM3ミサイル取得・発射試験、(2)ペトリオット・システムの能力向上とPAC3ミサイルの取得、(3)新たな警戒管制レーダー(FPS−XX)整備など、総額1399億円(契約ベースの金額)」を計上しています。今までのお話を聞いた感じでは、飛んでくるミサイルを撃ち落とすのはかなり難しい、その割には相当おカネがかかるわけですね。
 それからもうひとつ忘れてはならないのは、迎撃システムを厳重にすることによる逆効果です。
逆効果?
 相手がたくさんの迎撃システムを持っていれば、攻撃する側は当然できるだけたくさんのミサイルを撃とうとしますよね。守りを固めれば相手はさらにそれを何とか切り抜けようとしてたくさんのミサイルを配備する、そうすると守る側はさらに迎撃ミサイルの数を増やす、という具合に悪循環に陥るのです。これは米ソ冷戦期の両国間の取り決めにもよく表れています。あのときは、米ソ間では「防御システムはなるべく限定しよう」ということで折り合っていました。たとえば、「首都を守る迎撃システムだけはOKにしよう」という取り決め(ABM協定)が両国の間にあったわけです。そうしないと際限なき軍拡競争に陥ってしまいますからね。
 このことに気付いていて、迎撃体制を全く構築していないのが台湾です。台湾には中国の弾道ミサイルが700基も向けられていると言われていますが、防空システムは何もありません。
全くナシ?
 はい。ホンネでは多少の迎撃体制を構築したいのでしょうが(現にPAC3ミサイルの導入も検討しているようですが)、台湾の迎撃体制に合わせて中国側がさらにミサイルを増やしますから、「きりがない」ということで今のところMDシステムは全く手をつけていません。1、2発のミサイルであれば防空システムを完璧にすることは可能でしょうが、ミサイルが二桁以上になると「イタチごっこ」になるだけなんですね。
だったら、「先に攻めるほうが得策だ」という話が出てくるでしょうね。
 だからガチガチにハリネズミのようにミサイル防衛システムを作るのか、先に攻撃をするのか、という話になってきますが、どちらにしても相手を完全に無力化することは不可能です。どんな方法をとっても、北朝鮮が本気で攻撃してきたら、一発も日本にミサイルが落ちないようにすることは無理なんです。
 だからこそ、時間もかかりますし、相当面倒な手続きも必要になるでしょうが、外交努力で解決するという方法しかないわけです。
軍事講座は全5回の予定でしたが、連載を延長し、
次回は北朝鮮の核をめぐる疑問や問題について、聞いていきます。
また、このコラムへのご指摘、および質問についても、
先生からの回答を掲載する予定です。お楽しみに!

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