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この人に聞きたい

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土井香苗さんに聞いた(その2)

ビルマとスリランカの人権侵害

調査員からのレポートをもとに、
日本政府に対するさまざまな提言を行っているヒューマン・ライツ・ウォッチ。
いまも紛争や人権侵害が絶えない世界の中で、
日本に求められている行動とはどんなことなのでしょうか?

どい・かなえ
1975年神奈川県生まれ。東京大学法学部在学中の1996年に司法試験に合格。NGO「ピースボート」に参加してアフリカ・エリトリアでの法律制定ボランティアに従事する。2000年から弁護士として活動し、難民支援などに携わった後、2006年にニューヨーク大学に留学し、ロースクール修士課程を修了(国際法)。ニューヨークに本部を置くNGO「ヒューマン・ライツ・ウォッチ」に参加し、2008年9月から東京ディレクターを務める。著書に『“ようこそ”と言える日本へ』(岩波書店)などがある。

「融和一辺倒」の
対ビルマ政策からの転換を

編集部

 前回お話をお聞きした、日本政府へのアドボカシーについて、さらに伺っていきたいと思います。現在、特に力を入れて提言しているテーマには、どんなものがあるのでしょうか?

土井

 たとえば、軍事政権下で人権弾圧が続いているビルマの問題ですね。ビルマは世界有数の、アジアでは北朝鮮とならぶ人権侵害国家。最近、さらに状況が厳しくなり、この2年間で政治囚が2倍に増えています。少数民族への軍事作戦も残虐を極めています。それにビルマは、日本の影響力が比較的大きい国ですしね。

編集部

 「影響力が大きい」というと…

土井

 日本は1980年代から90年代にかけて、最大のビルマ軍事政権援助国で、政治的つながりが本当に深かった。今は、中国からの援助などが増えて、そのころに比べると日本の比率は減っているとはいえ、今もOECD加盟先進国の中で援助額は一番。1988年に起こったビルマ史上最大の民主化運動弾圧(※)の当時も含めて、日本がビルマの軍事政権の経済的・政治的な最大の後ろ盾だったことは確かです。ビルマ軍事政権の残虐な政策に対して、西欧諸国が制裁も課してきたなかで、日本の対ビルマ外交は「融和(関与)のみ」で一貫しています。
 ビルマ軍事政権の政策はしたたかです。関与や融和、対話だけで事態が打開できるほど「やわ」な国ではありません。もちろん外交対話は必要ですが、それだけではなく、世界各国ともっと政策調整を行い、経済制裁、そして難民や国内の避難民の支援などの人道援助も絶対に必要なので、この三つを効果的に組み合わせて戦略的な外交政策をとっていくべきだ、ということなんですね。

編集部

 具体的には、たとえばどういった政策になるのでしょうか?

土井

 まず、今年行われるといわれるビルマの「総選挙」。透明性のある開かれた選挙になる可能性は極めて低いですが、それに向けた強い働きかけを世界各国と協働して加えることが必要です。そして、2008年の憲法草案の国民投票のときのように、茶番のような選挙となった場合には——残念ながらその可能性が高いですね——、しっかり批判の声をあげ、選挙結果を受け入れられないと表明することが必要です。
 また、もっと長い目で見れば、ビルマ軍事政権にとって一番痛いのは、国際的な武器禁輸措置。武器禁輸は経済制裁のひとつです。国連安保理で武器禁輸決議が採択されるなら、世界がこれに従う義務がありますから、非常に効果があります。ビルマ軍事政権は、天然ガスなどの資源を中国やタイ、韓国やインドに売って、かわりにロシアや中国から手に入れた武器を一般市民に向けて使っている。だから、たとえば国連安保理で武器禁輸措置が決定されれば、軍事政権に対してはすごく大きい一撃になるし、一方で民衆に対してはすごくメリットがあるわけです。
 そして、日本はそれを呼びかけるのにも非常にいい立場にいる。今は安保理のメンバーでもあるし、もともと武器を売っているわけではないから、禁止措置をとっても自分たちに何のマイナスもない。もちろん、同じ安保理のメンバーで拒否権を持っている中国やロシアを説得するのは簡単ではないけど、HRWも含め世界中の市民運動と連帯して、彼らがあまりあからさまに反対できないような形をつくっていけば、「絶対不可能」とまではいえないと思います。「平和国家ニッポン」的なものを打ち出す外交としても最高ですよね。
 それに、仮に日本の提案をロシアや中国がつぶすということになったとしても、ビルマの一般市民へのモラルサポートという意味は非常に大きいです。日本は希望の光になるでしょう。「私たちはビルマの軍事政権ではなく国民の側に立つ」という、強力なメッセージになりますから。

編集部

 実効的であり、同時に理念的でもある。

土井

 そうです。そして、そうした政策を含めて日本政府には、まずは対ビルマ外交にもっと力を注いでほしい、という提案をしています。ブッシュ政権時代は経済制裁だけで対話ゼロだったアメリカが、制裁は維持しつつもハイレベルな「対話」を取り入れる姿勢を見せ始めている一方で、日本は、今年の選挙が「茶番」だった場合に対話一辺倒からどう変わるかというメッセージも出せていない。
 それに、今は、ビルマの広範な「人権侵害」は後回し。「中国の影響力をこれ以上広げさせないためには、ビルマがどこの国につくかが重要だ」というように、対中関係のジオポリティックス(地政学)ばかりが幅をきかせているような状況です。中国があれだけ融和的な政策をとってるんだから、軍事政権から好かれるために、こちらももっと融和的にしないと、という話もちらほら聞こえてきます。

※1988年に起こった〜…1988年、ビルマでは学生や僧侶を中心に、大規模な反政府・民主化要求運動が全土で発生。一時は軍事政権のトップを退陣に追い込むに至ったが、最終的には軍部によって制圧され、数千人規模ともいわれる多数の民衆が殺害・投獄された。

「内戦終了」後も
人権侵害が続くスリランカ

編集部

 ほかには、どんなテーマについて提言を?

土井

 あと、力を入れているのはスリランカの問題ですね。

編集部

 2009年の5月に、内戦終結のニュースが伝えられましたが……(※)。

土井

 2009年5月、スリランカ国軍が、反政府武装勢力を完全に武力制圧。そして幹部の多くを殺しました。もちろん、内戦が終わったこと自体はいいことなんですが、軍事制圧の最終段階の「戦い方」は、両者ともにあまりに残虐で、重大な国際法違反が相次ぎました。
 スリランカ政府は、「反政府武装勢力」をつぶすために、メディアや国連を追い出し、少なくとも7千人の民間人の大量殺害も捕虜の射殺も、「なんでもあり」の戦い方をして、それで何の事実解明も説明もない。国際社会も責任を問うていない。その後も本当の和平とは程遠い状況ですし、世界の戦争・紛争に対して、極めて危険な前例を残しました。
 武力制圧後の問題としては、シンハラ民族主義の強い現スリランカ政府が、少数民族タミル人の戦争被災者を何十万人も強制収容所に入れ続けた、ということ。そんなことを、これだけ大規模にやっている国は世界のどこにもありません。さらには、内戦時の政府の戦い方を批判したジャーナリストたちは、暗殺されたり、国外逃亡を余儀なくされている。日本に逃げてきている人もいますよ。現在のスリランカは、世界でもトップクラスの人権侵害を行った国だと言っていいと思います。
 そして、その政府を、世界で最大級に——財政的な意味でも、政治的な意味でもサポートしてきた国が、日本なんです。

編集部

 そうなんですか!?

土井

 日本ではほとんど知られていないけれど、80〜90年代のビルマに対してそうだったように、日本は現在のスリランカ政府の最大のスポンサーなんですよ。スリランカに入ってくる援助金の半分は日本からです。間接的とはいえ、強制収容所や、大量の民間人犠牲を出した軍事作戦のための費用を、私たちが出しているようなものですよね。
 しかも軍事制圧直前の半年間で約7000人の国民が、おそらくはスリランカ政府軍の砲撃によって殺されたと言われています。これは国連の発表しているかなり控えめな数字なんですが。「戦闘禁止地域だ」と政府が決めたはずのエリアに、政府軍自身がばんばん砲撃を繰り返して、それでどこにも行き場のない人たちが殺されたわけですから、国連職員も「虐殺」と言っている状況です。
 これは、国連安保理の議題になってもおかしくない問題でした。ルワンダの虐殺(※)の際に、国際社会、とくに国連安保理が動かず、世界が虐殺を傍観してしまったことを国際社会は反省したはず。ところが、今回も国際社会は行動をとらず、傍観した。しかも、国連安保理の議題にならないようにスリランカを強力に「守って」いたのが日本政府だったのは本当に残念です。

編集部

 日本政府がそうした政策をとったのはなぜなんでしょう?

土井

 これだけの大規模な人権危機を前にしても、外務官僚の「事なかれ主義」があったんではないでしょうか。スリランカ政府を批判して、スリランカ政府から嫌われるようなことはしたくない。外交官としては仕事がしにくくなるでしょうからね。そして、この官僚主義を打破する政治的リーダーシップもなかった。
 同時に、その逆の世論——「どうして民間人を虐殺するような、そんな政府を日本はサポートしているんだ」という世論が、まったくゼロだったことが大きかったと思います。メディアもほとんど報道しなかった。もし、少しでもそうした世論があれば、日本政府にだって何が何でもスリランカ政府の後ろ盾にならなくちゃならないという大きな利益があったわけではないので、政策を変えられる可能性はあったと思うんですが。

編集部

 やはり「無関心」という問題がそこにあるんですね。私たち自身の税金がそこには使われているわけで、決して無関係な問題とはいえないのですが…。

※内戦終結のニュース…スリランカでは1980年代から、少数民族タミル人を中心とする反政府組織LTTE(タミル・イーラム解放の虎)と、多数派シンハラ人中心の政府との間で内戦が続いてきた。一時は停戦合意が成立していたものの破棄され、2009年5月に政府軍はLTTEの支配地域を武力制圧し、内戦終結を宣言した。

※ルワンダの虐殺…1994年、中部アフリカのルワンダ共和国で、多数派のフツ族出身の大統領暗殺事件をきっかけに、フツ族による少数派ツチ族への襲撃が発生。3カ月間で80万人ともいわれる人々が殺害された。

自国民の人権と、他国民の人権

編集部

 今のビルマやスリランカのお話もそうですが、「全世界の人々の人権を守ろう」というのがHRWのスタンスですよね。一方、日本政府が北朝鮮による日本人拉致の問題には熱心でも、北朝鮮における強制収容所問題には無関心であるというように、政府のスタンスというのは「自国民の人権は守るけれども、他の国民の人権まではどうしようもない」というものだと思います。
 これは、日本政府に特に顕著な傾向なのか、それとも「政府」とはどの国でもそういうものなのか、どうなんでしょう?

土井

 どこの政府も、自国民と他国民の人権とは分けて考えているとは思いますよ。たとえばアメリカ。自国民が正当な理由なく捕まったりすれば、政治家を送り込んだり、あらゆる方策をとろうとするでしょうが、それが北朝鮮人だったらどうかといえば絶対やってくれない。そういうレベルの違いはもちろんどこの国にもあると思います。
 ただ、一方で欧米の政府には、ある国との二国間関係を考えるときには、人権問題は絶対に避けて通れない問題だ、という考え方もあります。自国民の人権を侵害している「血塗られた政権」と外交関係を進める場合に、政府関係だけでなく、被害を受けている国民の側も向いている。

編集部

 というと?

土井

 その相手国の人権状況はどうなのかということを抜きにして、政府とだけ関係を結ぶということは、アメリカの世論が許さない。もし政府による人権侵害があるのなら、それを改善させるということが、アメリカとの関係をつくることと「セット」である、という考えがあるわけです。アメリカ政府というのは、常に「国民の側」に立つものなんだという理念が一応あって、それを政府も完璧に無視することはできないんですね。
 中国などは、ある意味でその対極にあると言えます。自分たちは、天然ガスや石油などの資源と、その資源をコントロールする政府と関係を結んでいるのであって、その国の国民がどうなっていても私たちには関係ない。それは内政干渉だ、という立場ですね。こうした中国の外交政策は、国際社会で頻繁に批判の的になっています。

編集部

 日本政府は……

土井

 中国ほど悪くはないけど、欧米にはまだほど遠い。さすがにあまりにも国民を弾圧してるような政府と仲良くしてしまうと、それをメディアが報道した場合には世論も許してくれないという面はあります。中国と違って報道の自由があって、メディアは報道できますからね。でも実際には、報道されるのは北朝鮮や中国、ときたまビルマ、というくらいに限られている。そのほかにも、大規模な人権侵害は、日本国民の税金がODAとしてたくさん流れている国を含めて数多くありますが、メディアは報道しない。その結果、外務官僚の事なかれ主義が横行していて、基本的には国民との関係ではなく政府と関係を結んでいるという立場です。相手国の人権状況を改善することがすごく大事だ、とは思っていないですし、ましてそのための行動はほとんど見られませんでした。

世論を喚起するために、
「伝える」努力を

編集部

 また、日本の場合、先ほどのスリランカの話にもあったように、政府だけではなく世論の間にも、他国の人権問題に対する関心が非常に低いという問題があるように思います。

土井

 一つには「被害者の顔が見えていない」ということがありますよね。拉致問題にしても、「名もない誰か」ではなくて「横田めぐみさん」だからかわいそう、と世論が反応している部分はあると思うし、同じことが他の国の人たちについても見えてくればまた違うんじゃないか、と。私たちも、人権侵害の当事者を日本に呼んだりと、「顔が見える」ようにするための取り組みをしていきたいと考えています。
 あと、「お金の使われ方」についての情報不足ですね。今、日本はいろんな政府に、大規模な経済援助をして税金を投入している。いうまでもないことですが、お金を出すというのはそのままその政権をサポートするということでもあります。その相手が、自国民を弾圧していない政府ならいいけれど、場合によっては税金を通じて、意図しないうちに残虐行為の「グル」になってしまっている場合も多いわけです。

編集部

 まさに、90年代のビルマや、近年のスリランカがそうですね。

土井

 そうです。誰だって、自分のお金が罪のない子どもや女性を殺したり、レイプしたりしている人の手に渡るよりは、税金を出すなら、そういう残虐行為はやめることを約束してからにしてほしい、と思うはずですよね。日本の援助がどこに行っていて、その国でどんな政治が行われていて、というのはもっともっと伝えられるべきだと思います。これはメディアの怠慢でもあるし、NGOが日本であまりに弱いという問題でもあると思うんですけど。
 今、中国の外交政策がひどいと言われてますよね。ダルフールであれだけひどい大虐殺のあったスーダンからなぜ大量の石油を買うのか、と世界的に大きな反対運動が盛り上がりました。でも、中国国民は、別にダルフールの虐殺を支援しているわけではないでしょう。ダルフールで起こっていることや自分の国がスーダンから石油を買っていることを「知らない」=無関心。そして日本も、世界的には同じような位置づけに見えていると思うんです。ちなみに、中国についでスーダンから石油を輸入しているのは日本です。

編集部

 あと、他国のことだけではなく、憲法でも保障された「人権」というものへの意識そのものが非常に低いというのも、日本の一つの現実かもしれません。「人権」というと、何か自分とはあまり関係ない次元のもの、という受け取られ方をしているような気がします。

土井

 おっしゃるとおりですね。「人権が大事である」という政府からのメッセージもほとんどないし、国民も理解していない。かくいう私も、大学で憲法を学ぶまで、人権を理解する機会はほとんどありませんでした。この点については、日本社会そのもののあり方も問われていますね。

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「人権」とは「難しいこと」でも「自分には関係ないこと」でもなく、
人が恐怖や不安を感じることなく、当たり前の毎日を送れること。
その認識が、まずは私たち1人ひとりに必要なのでは? 
そして、人の動きもお金の動きもグローバル化する現代、
自分と「まったく無関係」な問題など実はないのかも、とも思います。
土井さん、ありがとうございました!

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