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この人に聞きたい
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広井王子さんに聞いたその1

ムードで高まるナショナリズムや改憲気運は危険

1996年に発売以来、350万以上のセールスを記録した
大ヒットゲーム『サクラ大戦』シリーズを
世に生み出したカリスマクリエイター、広井王子さん。
作品を通じて、アジア諸国のファンとの
交流も盛んな広井さんですが、近隣諸国との付き合い方、
そして9条改定への動きやナショナリズムについて、お聞きしました。

広井さん
ひろい おうじ 1954年東京都生まれ。
レッド・エンタテインメント代表取締役会長。
ゲームクリエイターとして『サクラ大戦』『天外魔境』などの大ヒットゲームを生み出し、
“業界の革命児”“ゲーム界の貴公子”と呼ばれる。
現在もゲームの企画・監修・プロデュース、アニメ・漫画原作、舞台監督・演出、著述業、
ラジオDJなど多岐にわたる分野で活躍するマルチクリエイター。
15年前に感じていた“プチナショナリズム”の空気
編集部

広井さんの代表作のひとつ、『サクラ大戦』というゲームの舞台は、太正時代の帝都・東京、ヒロインは日本刀で凛々しく戦う袴姿の黒髪の美少女、ヒロインたちが乗り込む戦闘機は甲冑を意識したフォルム、敵は怨霊たちと、一時代の日本をイメージさせる要素がふんだんに取り入れられていますね。

広井

15年ぐらい前、ちょうどバブルがはじけて日本全体が落ち込みました。それを盛り上げるためにも、「日本人もかっこいい」と言わなきゃいけない気分、そんなプチナショナリズムの空気を感じたんです。それで『サクラ大戦』を作ろうと思ったのです。これからは「日本的なるもの」が受けるに違いないと思って。

編集部

そして見事に受けました。

広井

そういったものが、あちこちで出てきて、やがてそれが、日本文化と日本人をもう一度見直そうという流れにつながって、「日本人ってそうなのか」「日本文化は素敵」というような評価が海外からも出てきたと思いますよ。

編集部

“ジパング”を舞台に神話的なストーリーが繰り広げられる『天外魔境』シリーズなどは、まさに“日本を元気にする”メッセージが盛り込まれているようですが、これらもそのようなマーケティング戦略があってお作りになったのですか?

広井

いえ、もともと僕自身「日本人はどこからきたのか?」ということをずっとテーマとして持っていて、それが作品の世界にも現れているのだと思います。ファンタジーを作る上で、日本ほど作りやすいところはありません。例えば、江戸は実際に風水で城やお寺から作り替えた街だったし、霊的防衛をしていたという伝説もあった。東京だけでこんなに面白いのだから、日本中を調べらたらもっとネタが出てきますよ。それに神話そのものが既にファンタジーですしね。

9条変える派から変えない派に
編集部

ところで今の改憲への流れは、ナショナリズムの高まりの中から出てきたという見方もありますが、その点については、どう思われますか?

広井

僕は日本文化を誇りに思ったり、日本を愛するという気持ちは、否定しません。ただ、今はかなり強いナショナリズムが流れはじめているので、それが気持ち悪いですね。中国、北朝鮮、韓国との問題、いわば外的要因で高まっているナショナリズムはたちが悪いと感じています。歴史を学んでいれば、あたりまえの知識ですが、漢字は中国からもらったものですよね。生活の中に朝鮮半島からの文化もたくさん入っています。日本という国は、シルクロードの吹きだまりのようなところですから、いろいろなものを周辺国からもらってできた国なんです。それをすっかり忘れ、狭い心でものを言うのは、日本的ではないと考えます。

編集部

憲法改定については、どうお考えですか?

広井

実は、以前は改憲派だったんです。自衛隊の人たちが「存在していない」と扱われるのは、同じ“男の子”としてかわいそうだと思っていたから。そこだけは変えた方がいいと。いわゆる自衛権と自衛隊を憲法に明文化した方がいい、という考え方でした。でも今は、9条にはいっさい何も付け加えてはいけないし、削ってもいけない、そう考えています。

編集部

考えが変わった理由は何ですか?

広井

それは今のナショナリズムの行き過ぎた高まりです。9条は、すでに拡大解釈されて、自衛隊は実質的な軍隊になっているし、イラクにも派兵されている。今の憲法でそこまで拡大解釈されてしまうのなら、もし9条を変えてしまったら、どうなってしまうか? 今変えると危ないです。

『サクラ大戦』がアジアで受けた理由
編集部

ところで、外交的な摩擦や緊張とは別に、『サクラ大戦』は、韓国、中国、台湾でも発売され、アジア各国で大変な人気です。

広井

5年ぐらい前に『サクラ大戦』のイベントを行うということで、台湾に招待されました。広場には、1000人以上のファンが集まり、横断幕を張って迎えてくれました。その広場でサイン会も行ったんですが、サインするとほとんどのみなさんが「ありがとうございます」と日本語でお礼を言ってくれるんですね。中には色紙を「家宝にします」と日本語で言ってくれる人もいました。そんなこと日本でだって言われたことがないのに(笑)。テーマ曲を日本語で合唱してもくれました。みんなよく日本のことや日本語を勉強しています。すごくうれしいことでした。

僕はアジアの国々での取材の冒頭では必ずこう言います。「私の国には、みなさんの国からいただいたものがたくさんあります。そこから生まれたのがこの作品なのです」。そうするとみなさん急に恐縮されてしまう。でも心からそう思っていますし、歴史をひもといた時にそれは事実としてあるわけですから。

中国のメディアからは、僕や日本人の戦争観といった政治的な質問がされます。その時に答えているのは、「『サクラ大戦』というゲームの中には、軍事力の大きさで平和は得られない。軍隊は可能な限り小さくていい。それぞれの都市を守るのは武器を持たない警察でいい。そういったメッセージを入れているつもりです」と答えています。

編集部

作品がおもしろいということが大前提でしょうが、誤解を生まずに受け入れられるためには、歴史認識を踏まえたコミュニケーションも大事ですね。

広井

『サクラ大戦』のヒロインは、振り袖に袴、片手に日本刀といういでたちなんですが、それが「かっこいい」と受け入れてもらっています。また、ゲームソフトを移植(あるシステム向けに開発されたものを別のシステムで動作するよう修整・再構築すること)する時に、「海軍」「陸軍」「戦争」といった言葉が出てくるのでこちら側は躊躇したのですが、逆に向こうの担当者はそのままでいいと言ってくれたんですね。これはゲームの世界観だからと。こちらの方がちょっとドキドキしました。

憲法を改めて読もう
編集部

広井さんのように、日本の外交もうまくやってくれればいいのですが。

広井

いい部分も悪い部分も勉強して、認め合っていくということでしょう。それが国内においても広がれば、在日の人へのバッシングなどもなくなると思います。僕は下町生まれなので、在日の友人を多く持っています。このところのナショナリズムの高まりと共に、ネットの世界での迫害に近いほど悪化した状況には、本当に気持ちが痛みます。考えてみれば、日本はついこの間まで他国の人を虐げてきたんですよ。そのことに対する謝罪も満足にできていないし、真剣に謝罪したとしても許されるまでには数百年はかかると僕は思います。

日本は敗戦したといっても占領されたのは一瞬だし、進駐軍がいたことすら知らない人もいるかもしれません。だからといって、かつて侵略されていた周辺国の敏感さを想像できないというのはよくないと思います。

編集部

日本の歴史への向き合い方の下手さ、まずさがこのところ特に目立ってきています。

広井

戦後すぐのように闇市があって、商品はほとんど外国製品、言葉は全て英語。そんな状態の中でだったら、ナショナリズムが高揚するというのはわかります。でも今は、そうじゃない。固有の国土があって、日本語という自国語を持ち、自由があり、経済的にも文化的にもそこそこ世界に認められた国なのに、何を変える必要があるのか。これ以上何かを求めるとしたら、みんなと仲良くすることしかないですよ。日本人のかっこよさ、独自性は「つつましやか」と「優しさ」だと思います。相手の気持ちを察することでしょうかね。

編集部

それなのに周辺の国が嫌がり、不安に思うことばかりしようとしている。その最たるものが、9条を変えるということです。

広井

改憲派の気持ちもわかります。ですが、それ以上に日本人としての「つつましやかな心」を取り戻すことが先決です。平和を守るという理想が重要なのはもちろんですが、現実的な日本の国益ということを考えれば、改憲がいかに逆の方向、国益を損なう方向のものかがわかると思うのですが。国際社会の中で日本を重要な国にしたいと思っているなら、日本人の心と日本文化を武器にすることです。ムードだけのナショナリズムや改憲の動きに流される前に、憲法をみんなに改めて読んでもらいたい。素晴らしい憲法だと思うよ。9条はもちろんのこと、前文だけでもすごくいい。 そこには、日本人の心があると思うのです。

つづく・・・
歴史を振り返り、自国の文化を誇りに思う気持ちは、
隣国との友好と切り離せないこと。
広井さんの仕事ぶりから“愛国心”とは、何かがよくわかります。
次回は、“平和ボケ”を作り出してきた背景や
9条を生かした独自な価値観の創造について、
さらに聞いていきます。
ご意見募集!

ぜひ、ご意見、ご感想をお寄せください。

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