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この人に聞きたい
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姜尚中さんに聞いた

憲法は日本国民の“努力目標”だ
深夜の討論番組をはじめ、様々なメディアで活躍中の姜さん。
今の日本の改憲への動きは、国際的にはどのように映っているのか、
そして日本はこれからどうすべきなのかを、わかりやすく語っていただきました!
ジャン・ユンカーマンさん
かん・さんじゅん 東京大学大学院情報学環教授。1950年、熊本県生まれ。
専攻は政治学、政治思想史。著書『ナショナリズムの克服』(集英社新書)
『暮らしから考える政治―女性・戦争・食』(岩波ブックレット) など多数。
『マガジン9条』発起人の一人。
憲法問題は、歴史問題とセットで考えるべき
編集部  『アエラ』という雑誌の特集で、爆笑問題の太田光さんが「憲法9条はすでにひとつの遺跡だと思う。それなら、9条を世界遺産に登録して守り抜いたらいいじゃないか」というような皮肉な発言をしていました。
 このような発言の奥底には、今の日本国憲法が、かなり古いと思われているから、これをどのように現在的、現実的に保持していくかを考えなければ、改憲論には太刀打ちできないぞ、というような思いがあるような気がします。
 世界的に見ても、戦力不保持条項などというものを持つ憲法は、あまり例がない。古びて見え、しかも世界的にもあまり例がない、というところを改憲派が突いてきているように思えるのです。そのあたりのことを、姜さんはどのように見ておられるでしょうか。
姜尚中  ノーマルな、つまりよく言われる「普通の国」ということから見た場合ですよね。これはドイツと比較するとよく分かるんです。ドイツは歴史の清算をきちんとやりました。その上で徴兵制を敷いて軍隊を完全にNATOの中に埋め込みました。そのドイツ軍も、コソボ紛争でついに初めて域外に出たわけですけど。でも、これだけ厳格に政治の中で固められた国防軍という存在になれば、もうシビリアンコントロール(※編集部注:軍隊の最高指揮官には職業軍人ではなく文民が就くこと。軍隊の政治への介入 や暴走を防ぐためにとられる近代国家の原則。)さえ考えられないほどの軍隊として定まっているわけです。だから、例えばPKOとして他国に人道的介入をする場合、特にかつてナチスドイツに被害を受けた国などに出て行く場合でも、ほとんど危惧をもたれない。
 もちろん、ドイツモデルが絶対的にいいわけではありません。ただ、さっきも言ったように、周辺諸国がドイツの軍事力に関してまったく不安感を持っていない。そしてなおかつ、日米安保のように、アメリカのグローバルな戦争を下支えするという可能性もない。ですから、ドイツの場合、歴史問題と国防軍の位置づけがセットになっているんですね。
 日本の場合でも、憲法だけを語るのではなく、憲法問題と歴史問題をセットに考えなくちゃいけない。なぜ憲法9条を守るのかというのは、歴史問題とセットにして初めて分かると思います。
 日本国憲法、これを持っているということは、日本の国民を超えたある歴史のひとつのしばりとして、しかも、それを日本国民の努力目標として与えられたのだということなんです。そういう解釈でいくと、日本の場合は、最近なんか逆をいっているような感じがします。歴史問題というものを非常にウヤムヤにし、一方で平和主義の憲法9条や前文で世界平和共存への信頼を謳いながら、世界有数の自衛軍を持っている。なおかつ、集団的自衛権へまで突き進もうとしている。さらに集団安全保障体制まで視野に入れている。非常にねじれているわけです。
 でもね、ねじれてはいるけれど、9条のような平和憲法を持つ国であるということは、「国柄」として比較的定着してきたと言えると思う。
日本の真の「国柄」とは、平和憲法を持つ国であるということ
編集部  最近よく「国柄」という言葉を聞きます。特に改憲派が「国を愛する心」などと言いながら、この「国柄」をよく使いますね。

 日本国内での動きとしては、確かに嫌な使われ方をしています。しかし、海外では、ぼくが言ったような意味で浸透しつつあります。それは、ヨーロッパでもアジアでも、憲法第9条の由来や第2項については知らなくても、どうやら日本というのは、世界有数の自衛隊は持っていても、それを軍隊とは認識せず、そして、普通の国のようにオペレート(軍事作戦)しない国なんだ、と。
 ただね、そのねじれをねじれとして自覚して、そこに自己欺瞞があるから現実に理念を合わすべきだ、というのが改憲派の考えですね。これは、基本的にはアメリカの外圧です。
 改憲派に、いまやっと定着してきたことをなぜここで解消するのか、その理由について聞きただすと、結局、自衛隊というのは軍隊じゃないかと。軍隊であるならば9条2項は明確に欺瞞であると。憲法が自己欺瞞を抱えてやっている限り、これが諸悪の根源だと。やっぱり、今の国会の改憲論議は、憲法とは何かを、完全に誤解している、としか言いようがありませんね。

編集部  確かに改憲を言う人たちの議論は、すべてその「ねじれ」を突いてきますね。理想よりも現実のほうを大事にするべきだ、というような議論。姜さんがおっしゃるような日本がやっと定着させてきた本当の意味での「国柄」をきちんと考えているとはとても思えない。
 自民党若手議員に憲法改定についての話を聞くと、もうびっくりするような、たとえば、武士道精神を盛り込もうとか、普通の国になると血湧き肉躍るとか、国を愛することを義務づけるとか、およそ、ヨーロッパや世界的な動きから見て軽蔑されかねないような低次元の発言が非常に多い。
 ぼくは、日本を決して特殊な国とは見ていません。さきほど言ったような平和を愛する「国柄」なんです。そういう「国柄」である日本は、科学的技術的に一応は先進国であり、豊かさを謳歌している。そして、軍事力の行使については、非常に臆病な国です。
 臆病というのは、決して悪い意味ではありません。非常に慎重であると。その慎重さにおいて、9条、特に2項を持っている日本が、非常に特殊な国であるなどとは思われていないのです。アメリカでさえも、そう見ているはずですよ。

編集部  そういう「国柄」が日本なのだと・・・。
 だからね、その「国柄」を逆手にとってね、憲法9条を持っている「国柄」なんだということを押し出していけばいいんですよ、世界に向けて。9条を持っていれば、なにかとんでもない自己欺瞞を営々と積み重ねて世界から不信の目で見られるなどというのは、それはおそらく改憲したい人たちが作り出している幻想でしかないでしょう。

編集部  それでも、論理としては一応通りますよね。“ギャップがあるから、そのギャップを埋めるために改定するんだ。理想のほうを現実に近づけるんだ”という。
 改憲を言っている側は、解釈改憲でできることはほとんどやってしまったんですよ。今回の自民党の平和基本法というのだって、国際協力のためという名目を作ってその中に集団的自衛権を盛り込むという話でしょ、憲法に明示せずにね。あと何が残っているかというと、戦場に軍隊を派遣することだけなんです。しかしそれも、事実上、イージス艦を派遣したりして、共同作戦行為という隠れ蓑で集団的自衛権は情報という面ではすでに行なわれている。イラク特措法を作ってのサマワへの自衛隊派遣は、どう考えても無理なリクツ付けでした。「自衛隊がいるところが非戦闘地域だ」などという小泉さんの答弁は、誰が聞いても納得できるものじゃなかったですし。
 それでもなお、首の皮一枚はまだつながっている。それが9条です。本当は彼らがやりたいのは、胸を張って軍隊を持ちたい、というそれだけでしょう。特措法や平和基本法などの姑息な手段を使わなくても、堂々と胸を張って軍隊を戦地に送り出したい、それが真の国際貢献だ、と言いたいのだと思いますね。

来日した時、仲間の国にきたんだと居心地が良かった
編集部  そこで、はっきりと2項を改定し、自衛隊を軍と明記した上で、きちんとシビリアンコントロールしよう、という改定論が出てきます。
 有事の際に、その状況に対応して、個別的に特別な法を作るということになれば、それにはその時々の政治家たちの恣意的な判断が加わるから、むしろ憲法の精神を損なうことになる。だから第2項を改定して軍として認め、シビリアンコントロールをしたほうが安全なのだ、という議論ですね。
 これは闇雲な改憲論者よりは少しリアルです。しかし、この2項を改定した上で集団的自衛権を認める一般法を作って自衛隊の派遣を決めてしまったら、完全にアメリカと一体化しその下請けになります。そうならないためには日米安保の破棄しかないわけですが、それは自主防衛、核武装などという極論へ走ってしまう。9条1項2項が生きている段階での今回のようなイラク特措法であれば、一応は自分の意志で派遣した自衛隊の撤退もできる。なおかつ、戦闘地域に派遣しなくてすむ。これに対し、非常に臆病で卑劣だ、という言い方をする人たちがいるわけです。自分の血を流さないからと。
 9条のしばりがあるかぎり、その時々の世論、国民の考え方次第で自由にコントロールできる。たとえば、非戦闘地域に早く自衛隊を出せ、または早く撤収しろ、とできる。ところが一般法で決めて、集団的自衛権でやると、おそらく戦前と同じような過ちをすることになる。いったん派遣した軍隊は身動きがとれなくなる。人を殺し、そして殺される。
編集部  それこそ、また悪夢が繰り返される。
 憲法では9条と20条、政教分離の問題がリンクしています。集団的自衛権を一般法で規定するということになれば、人が死にます。人が死ねば祀らなくてはならない。祀る国家は戦争する国家です。9条を絶対平和主義であるとして、改憲論と闘う二元論的見方は、確かに原理的にはありえます。しかし現実的には、最後の皮一枚、これをどこまで生かしきれるか。これが切れてしまえば、もう歯止めはきかなくなる。
つづく・・・

今の改憲への動きが本当は何を意図しているのかがよくわかりました。
次回は、引き続き姜尚中さんに、
これからの国際平和の鍵を握る“東北アジア”のありかた、
そしてその中での日本の役割などについて語っていただきます。
お楽しみに!

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