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この人に聞きたい
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木村祐一さんに聞いた

おかしいと思うことに、黙っていてはいけない

市民活動を経て、1999年に東京都で初の女性市長に就任。
以来、2000年に「国立市平和都市宣言」を行い、
有事法案をすすめる政府に対して質問書を提出し反対を表明。
2002年12月、住基ネットからの離脱、訴訟原告側証人として出廷するなど、
常に「おかしなこと」に声を上げ続けてきた上原公子さん。
選挙が行われた直後にお話を聞きました。

木村祐一さん
うえはら ひろこ  宮崎県生まれ。
前国立市市長。元東京・生活者ネットワーク代表。国立市景観裁判原告団幹事。1999年より現職。
著書に『〈環境と開発〉の教育学』(同時代社)
『どうなっているの?東京の水』(北斗出版)など。
『マガジン9条』 の発起人の一人。
“全体主義”は、気がついたらなっているもの
編集部

今回の選挙は、歴史的な自民党の圧勝に終わりました。どのように受けとめられましたか?

上原

私は今回、テレビの開票速報はいっさい見ませんでした。ある程度の予想はしていましたが、自民圧勝という現実をテレビによって突きつけられるのが、いやだったのです。しかし結果として、国民は自らの手で、強力な権力を小泉内閣と国に与えてしまいました。

こういった状況の中で、みなさんに是非、一度手にとってもらいたい絵本があります。『茶色の朝』(大月書店)という、1998年にフランスで出版された絵本です(お役立ちブックス参照)

物語の内容を簡単に説明すると、ある日突然 、増えすぎた猫を制限するため、「茶色の猫は繁殖率が低い、だから茶色の猫を飼いましょう」という法律 “ペット特措法”ができます。最初はみんな、ばかばかしいと笑っていたのに、いつの間にか「周りに迷惑をかけてはいけない」という雰囲気が広がり、そのうち猫だけでなく犬も茶色でなければならないという“拡大解釈”がされていきます。毒団子が自治会組織で自主的に配られ、愛犬を泣きながら毒殺していく市民。そのうちに、民間憲兵のような市民グループができて、ペットが茶色かどうかの厳しい取り締まりが始まります。

主人公は違和感を覚えながらも、「周りの流れに逆らわないでいさえすれば、自分の生活は安心だろう。茶色に守られた安心、それもいいだろう」と考えるようになります。しかしついに、友達が逮捕されてしまうのです。「彼は茶色の犬に換えたはずなのになぜ?」「以前黒い犬を飼っていただろう。過去に茶色以外のペットを飼っていたのもダメだそうだ」という近所の人の話を耳に、過去に白黒の猫を飼っていた主人公は、恐怖を感じながら眠れない夜を過ごします。そして翌朝、強く叩かれるノックの音で目を覚ますという話です。

編集部

ばかばかしくて、でも怖い話ですね。

上原

この本がつくられたフランスの政治背景を説明しておくと、極右の政党が1980年代末頃からどんどん表に出てきて、1998年の地方都市選挙では大躍進となります。そこで著者であるフランク・パブロフ氏は、これらの動きに抗議するため、この絵本を出版します。とにかく広く若い人に読んでもらいたいということで、印税は取らず1冊1ユーロ(現在135円程度)で販売するわけです。誰でも買える値段ですよね。  

そして2002年、3年前の大統領選挙では、人種差別と排外主義で知られる極右のルペン候補が第2位になって、決選投票をシラク大統領と一騎打ちでやるまで極右勢力が伸びたとき、恐怖を感じた人たちがこの本を運動に使ったわけです。本は爆発的に読まれ、「極右にノンを!」の運動が広がり、選挙でルペン候補は敗れます。人びとのファシズムの動きにつながる危機感を目覚めさせるのに、一役かったと言われています。  

本の巻末に哲学者の高橋哲哉さんが、「私たちのだれもが持っている怠慢、臆病、自己保身、他者への無関心といった日常的な態度の積み重ねが、ファシズムや全体主義を成立させる重要な要因であることを、じつにみごとに描き出してくれています」とメッセージを寄せていますが、まさにその通りで、全体主義というのはヒトラーもそうだったけど、いまからみんなを制圧するとか、弾圧するなんて絶対に言ってはきません。民主主義の手続きをちゃんと踏みながら、気がついたら全体主義に入っているのです。そしてそこに手を貸すのは「私たちみんな」。

だからおかしいと思ったら、きちんと言い続けて打ち消していかないと、抵抗することを怠慢にやり過ごしていると、いつの間にか自分の自由が拘束されてしまうのです。恐怖政治というのはただ権力者が来て弾圧するだけではなくて、民主主義の制度を使って出てくるものだから、芽が出てきたときにきちんと、動いて声を出していかないと、あっという間に大変なことになってしまう。

 安心のための“強い組織・街づくり”が始まっている
編集部

そう考えると、今回の選挙結果は本当に怖いですね。

上原

3分の2の議席を持った与党は、どんな法律も好きにつくることができます。そのつけが自分たちに返ってくるというのを、国民はどこまで予測していますか? そこを分かっていますか? と聞きたいのです。まさに民主主義が全体主義をつくっていく典型を見ている気がします。あのヒトラーだって民衆の圧倒的支持を受け、選挙で選ばれ、どんどん法律をつくって、自分の権力を巨大化させたのです。

私が『茶色い朝』を読んで、気づいて欲しいと思うのは、全体主義というのは、善意の民衆を使ってつくり上げられていくということです。 “みんなのため”“社会のため”というところで、全体主義の仕組みが出来上がっていきます。

編集部

日本においてもすでに始まっている感じはありますか?

上原

いま日本のキーワードは「安心」「安全」ですね。そのために「強い」組織、街をつくろうとしています。第一次世界大戦後には、当時の警視総監が民衆の警察化、警察の民衆化を標語にして、どんどん警察が民衆の中に入っていったという歴史があります。要するに民衆が警察の肩代わりをして街を守る仕組みづくりをしたのです。民衆たちは最初、正義のつもりでパトロール役を買って出ていきます。それが、関東大震災が起こったとき、大混乱の中、朝鮮人が毒をまいたという噂がたち、自警団が「朝鮮人を殺せ」という命令を出すところまでエスカレートしていくわけです。最初は善意から始まったことなのに、人殺しをするところまでいってしまう例です。

たいした議論もないまま、2004年の6月に法案が成立した「国民保護法」ですが、この国民保護法は日常的に訓練や備えることに協力しなさいと言っていて、まさに街はみんなで守りましょうの発想からきています。安心・安全のために警察と一緒になって、いまパトロール隊があちこちの自治体でつくられ始めているでしょう。このことが、最初の伏線としてあったのです。だから今回の選挙は、昔やってきたことをまた繰り返している感じがしてならないのです。

 ウオッチして声を出し続けることが大事
編集部

今、国民にガッカリしていますか?

上原

正直言うと、本当に愕然としました。でもやっぱり日本人を捨てるわけにはいかないでしょう(笑)。戦後間もなく、教育基本法ができた翌年に文部省がつくった、中高生のための社会科の『民主主義』という教科書がありますが、この中に「民主主義というのは多数決でもあるから、必ずしも正しい選択をするとは限らない。ときには間違った選択をすることもある。けれども、民主主義が確実に主権者の国民の手に握られている限り、修正は可能だ」と。そこに私は希望を持ちたいと思います。

今回の選挙は、このような結果が出てしまったけれど、きちんと国民が見続けていけば、次のときには変えることができます。「変えられる」ということはすごく大事なことで、この権利を主権者として行使しなければいけません。だから落胆はしましたが、希望は決して捨てていません。私たちには変えられる力がある。憲法改定について言えば、もう国民投票法の制定はもちろんのこと、9条改定の発議もできる状況になってしまいましたが、私たちは学習し続けて、おかしなことには、黙っていてはいけない。ウオッチして言い続けていれば、法案を出す側に対してもプレッシャーをかけることができます。「私たちはちゃんと知っていますよ、おかしいことはおかしいと言いますよ、次にちゃんとあなたたちがやらなければ選挙で落としますよ」と。選ぶのは主権者である私たちということを、忘れないでいきたいと思います。

つづく・・・
「私たちの手で“変えられる”“選びなおせる”ことはすごく大事なこと。
この権利を主権者として行使しましょう」と言う上原さんの言葉に、
改めて憲法が定める「主権在民」の意味を考えさせられました。
次回は、国立市長の現場から感じていること、
市民活動や9条についてさらに伺います。お楽しみに。
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