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2010-07-21up

鈴木邦男の愛国問答

第55回

「うまい肉」のつくり方

 前々回で、ツルシカズヒコ著『「週刊SPA!」黄金伝説』(朝日新聞出版)を紹介した。『SPA!』で僕は「夕刻のコペルニクス」を連載していた。僕自身も暴走したが、批判や抗議も多かったし、しょっ中、謝罪、訂正もしていた。
 僕以上に僕の担当者は大変だった。抗議の電話は来るし、呼びつけられる事も多かったようだ。そのせいだろう、体調を崩し、退職した。その後、通院生活を送り、他の新聞社に入ったという。
 『週刊SPA!』は今も頑張っているが、ツルシさんが編集長だった時代には、もうこれ以上ないほどの過激、アナーキーな誌面だった。連載執筆者同士は喧嘩するし、編集長が執筆者に殴られたり、又、毎日のように抗議やスポンサーからのクレームが来る。僕は自分の事で精一杯だったが、雑誌そのものが、大きな戦場だった。その中で、傷つき、辞めていったり、切られた執筆者も多かった。僕も最後は切られた。ツルシさんも辞めさせられた。
 ツルシさんだけでなく、編集部の人間たちも傷つき、辞めた人間が多いのだろう。僕の担当者のように。
 そんな感傷に浸っていたら、メールが来た。秋田からだ。秋田に知り合いなんかいたかな、と思った。「マガジン9」を読んでいるという。この連載を読んで、ツルシさんの『「週刊SPA!」黄金伝説』を買って読んだという。「こんな面白い本はない。日本出版史上に残る本だ」という。そりゃ、そうだろう、僕が推薦する本だ。嘘はない。そしてメールの最後に「一緒に仕事が出来て光栄です。僕の誇りです」と書かれていた。名前を見て驚いた。「夕刻のコペルニクス」の担当者だ。今、秋田にいるのか。さっそく電話した。

 僕は小学校の2年と3年の時、秋田市にいた。父親が税務署に勤めていたので、東北各地を転々とした。秋田市の保戸野小学校に通っていた。「えっ、保戸野小学校ですか?」と元担当者は驚いていた。「で、どこに住んでいたんですか?」と聞く。「鷹匠町だよ」と言って、あ、今は町名も変わっただろうなと思った。
 秋田氏は城下町だ。お城があり、侍の屋敷があり、足軽の町があり、職人の町があった。大工町とか鷹匠町はその名残りだが、もうないだろう。秋田の次は湯沢市で、その次は仙台に移った。住んでた町は、「北鍛冶町」だった(今は柏木に変わった)。鍛冶屋さんが住んでたんだろう。でも今は、鍛冶屋なんて一軒もない。秋田市の鷹匠町だって、鷹匠は一人もいないだろう。
 鷹匠とは鷹狩りのために、鷹を訓練して飼い馴らす役だ。昔は随分といたのだろう。だから一つの町にもなっている。でも何故、そんな面倒なことをしたんだろう。鉄砲や弓矢で撃ったらいいじゃないか。一瞬にして仕留められる。鷹を放って鳥を狩るなんて、大変だし、面倒だろう。鷹を訓練する時間もかかるし、訓練を終えても、いつ逃げられるか分からない。それに、鳥を見つけて追跡するのでも、時間がかかる。効率が悪い。なぜこんなことをするのだろう。そう思っていたのだ。
 ところが、ある時代小説を読んでいて、その謎が解けた。その説明は「説得力」があったし、本当だろうと(少なくとも僕には)思えた。ある殿様がいた。鷹狩りを好んだ。鷹匠も何人も抱えている。そして、鷹狩りでとった鳥以外は食べない。何故か。「味」が違うのだ。鷹に追われた鳥は恐怖に駆られ、必死に逃げる。その逃げる時に、体内の肉が引き締まるのだ。だから、うまいのだという。鳥だから、よく分からないが、いわばホルモンの分泌や血液の流れや、内分泌が活発になり、「おいしい肉」になるのだろう。
 一方、銃や弓矢で獲った鳥はそれがない。撃たれる瞬間まで、自分が死ぬと思ってない。死んでからも、分からないだろう。それに、死は一瞬だ。だから、普段の、平常な「肉」のままだ。リラックスし、弛緩し切った「肉」だ。そんなものを食べても、おいしくない。
 なるほど、と思った。生理学的、科学的説明だ。どっかのグルメ本には出ているのだろうか。又、実際に、「鷹狩りで獲った鳥」と「銃、弓矢で獲った鳥」の肉を食べ比べ、研究レポートを書いた人がいるのだろうか。あったら教えてほしい。あるいは、食べる人の「思い込み」「気分の問題」なのだろうか。
 僕には、本当の話に思える。昔、動物行動学の本を読んでいたら、ライオンなどの肉食獣は、シマウマやヌーなどを獲る時、わざと逃がし、必死に走らせ、それで「肉をおいしくして」食べるのだと書いてあった。鷹狩りと同じ理屈だ。病気で倒れてる動物や、昼寝している動物を食べても、肉が弛緩していて不味いそうだ。必死に追っかけることにより、相手の肉は引き締まっておいしくなり、自分も走ることで腹ペコになり、食欲も増進する。いいことだらけだ。
 これは動物同士の「結婚」というか、「生殖活動」についても言える。オスがメスを追う。メスは必死に逃げる。抵抗する。その過程で、ホルモンの分泌や血液の流れがよくなり、「受け入れる」態勢ができる。又、そのことによって、「強い」「優秀」な子供が生まれる。なるほど、それはありうると思った。ただ、そのあと、人間についても書いてあった。戦国時代、女を追いかけ回し、強姦同然に交わり、それで出来た子供は皆、強く、優れた武将になっていると。ホントかな、と思う反面、説得力を感じた。しかし、こんな「実験」は、これからはもうやれない。
 動物園のライオンや虎は、もう自分で動物を追いかけ回し、「うまい肉」を食べることは出来ない。生殖も、メスを追いかけ回し、「うまい状態」で交われない。だから、色艶もよくないし、寿命も短い。檻の中で寝そべりながら、「うまい肉」を食べたいと思っているのだろう。

 雑誌やメルマガの文章も、いわば「肉」だ。逃げ回るだけでなく、いろんなものに歯向かい、反逆する。その中で、身が引き締まり、味のいい肉になる。食べるのは読者だ。「うん、これは旨い」「これは不味い」と言いながら食べる。『SPA!』黄金時代を創ったツルシ編集長も、秋田にいる元担当者も、必死で闘い、あがき、頑張った。そして、あんなにも旨い肉(=『SPA!』)をつくったのだ。そう思ったら、満足だろう。

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肉も、文章も、「弛緩」していてはおいしくない?
鷹狩りの肉と、銃で撃った肉の食べ比べはもはや叶わないけれど、
文章の「食べ比べ」はいくらでも可能です。

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鈴木邦男さんプロフィール

すずき くにお1943年福島県に生まれる。1967年、早稲田大学政治経済学部卒業。同大学院中退後、サンケイ新聞社入社。学生時代から右翼・民族運動に関わる。1972年に「一水会」を結成。1999年まで代表を務め、現在は顧問。テロを否定して「あくまで言論で闘うべき」と主張。愛国心、表現の自由などについてもいわゆる既存の「右翼」思想の枠にははまらない、独自の主張を展開している。著書に『愛国者は信用できるか』(講談社現代新書)、『公安警察の手口』(ちくま新書)、『言論の覚悟』(創出版)、『失敗の愛国心』(理論社)など多数。近著に『右翼は言論の敵か』(ちくま新書)がある。 HP「鈴木邦男をぶっとばせ!」

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