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2011-02-23up

時々お散歩日記(鈴木耕)

36

官僚組織のほんとうの怖さ

 我が家の風呂場に1匹の虫が棲みついている。カミさんが見つけた。2カ月ほど前のこと。壁にピッタリと貼り付いている。大きさは1センチほど。最初はシミかと思ったが、足がある。虫である。
 「ここで冬を越すつもりみたい。しばらく様子をみてあげようね」というカミさんの一言で、観察期間に入った。
 湿気が多くて温かい風呂場で、なんとか冬をやり過ごすつもりらしい。冬眠しているのかと思ったが、よく見ると少しずつ場所を移動している。目覚めている。何を食べているのか?
 何という虫かは知らない。でも次第に可愛くなって、今ではまず、この虫の安否を確かめてから湯船に入るクセがついてしまった。
 散歩に行くと、小川ではおじさんたちがノンビリ釣り糸を垂れている。陽射しも少しは暖かくなってきた。公園には「早春フェスタ」の看板が立てられた。道の辺にちんまりと立つお地蔵さんも、なんだか柔らかな顔になってきたような気がする。もうじき春だ。
 春になったら外へ放してあげよう。虫よ、それまで頑張れよ。

 虫は静かに越冬気配。おとなしいものだ。でも、人間は怖い。新聞を見てギョッとした。
 行政組織(もしくは権力)というものの怖さを感じてしまう記事があった。外務省が公開した「外交文書」の中の事実。朝日新聞(2月19日付)によれば、こうだ。

(見出し)
議員の調べ物 外務省にマル秘報告
国会図書館出向の職員
90年代末、自民から共産まで


(記事)
 1990年代末に外務省から国会図書館に出向していた職員が、国会議員から頼まれた調べ物のテーマをひそかに一覧表にまとめ、外務省に伝えていたことが、18日に公開された外交文書でわかった。国会議員がどんな問題に関心を持っているかを把握するためと見られる。
 国会図書館は国会の付属機関。議員の調査活動を補助する部門は不偏不党と秘密厳守が厳しく求められている。図書館側は「あってはならないことだ」(総務課)として、組織的関与の有無などの調査を外務省に求めた。(略)付属の一覧表には97年12月19日から25日までに国会議員や政党などから寄せられた計17件の調査依頼について、日付と具体的な内容が記されていた。当時国会図書館に出向していた外務官僚がまとめたとみられる。
 国会図書館の山田敏之総務副部長は「信用に関わる問題だ。部外者に知らせたということは厳重に受け止めている」と語った。外務省官房総務課の担当者は「適切とは言えない。今はやっていない」と話している。(以下略)

 毎日新聞(同20日付)からも引用する。

 (略)公開された文書は98年1月7日付で官房総務課が作成した「国会議員等からのレファレンス状況報告について」で、関係部局に回覧された印が付いている。回覧の理由は「議員の関心事項を知る上で有益と考えられます」とし、「取り扱いには十分ご注意願います」として「秘 無期限」扱いになっていた。(略)
 個人名は「個人情報保護の観点から」(同省)として文書公開直前に黒く塗りつぶされて非公開となった。
 依頼の多くは、沖縄の在日米軍基地問題やミサイル防衛など安全保障をめぐり、出版物や論文といった資料提供を要請する内容だった。

 ここでも焦点になっているのは、やはり「沖縄」だ。外務省が、沖縄問題に関心を寄せる議員の動向に、いかに神経を尖らせていたかが分かる。むろん、国会図書館に出向した外務官僚が、自分ひとりの判断でこんなヤバイことをやっていたとは考えにくい。当然、外務省の上のほうからの指示があったに違いない。
 ひたすらアメリカの顔色を窺うことが仕事だと思い込んでいる外務官僚たちが、その方向に水を差すような議員に「要注意」のレッテルを貼って監視していたわけだ。「今はやっていない」と、名前も明らかにしない外務省官房総務課のX氏は記者の取材に答えているが、「今はやっていない」と胸を張って言えるのなら、なぜ取材に匿名なのか。

 官僚組織の自己防衛本能は、まことに凄まじい。我が家の風呂場の虫どころの話じゃない。逆風のときには死んだフリをし、風が収まるとゾロリと現れる。自らの権益擁護のためには、たとえ国会議員であろうと思想をチェックし、合わないものは排除しようとする。
 「某議員は過激思想を持っていますよ」などと、右派メディアにリークするようなことも平気で行う。
 実は、私もある週刊誌の編集をやっていたころ、外務省に呼びつけられ、「こういう記事は、民族派の方々はどう思うでしょうかね」と“恫喝”された経験がある。つまり、記事訂正に応じなければ「民族派に通報するよ。右翼に押しかけられても、わしゃ知らんもんね」という脅しだったのだ。むろん、訂正など行わなかったけれど、不愉快な思い出だ。
 国会議員たちでさえ、官僚たちの(正否も不明な)さまざまなリークによって、足もとを揺すぶられている。
 前衆院議員で「国会の質問王」と呼ばれるほどに多くの分野で活動し続けた保坂展人さんは、ツイッターで次のように呟いていた。

 外務省「裏金問題」の発覚、機密費問題、ODA疑惑と数々の「調査要請」を国会図書館にしてきた。これを、外務省の出向者である国会図書館調査員が、マル秘扱いで本省に報告していたというのだから驚きだ。国会の調査室には省庁出身者がいて省庁への情報漏洩がささやかれていたが、まさかのニュースだ。(2月19日)

 保坂さんは、外務省が抱える多くの疑惑を追及していた。それに沖縄問題でも頑張っていた。だから保坂さんは、外務省にとっての「要注意議員」だったのだろう。そして、そのような噂は当時からあったのだと、保坂さんは指摘している。
 そういえば、かつて私が保坂さんと携帯電話で話していたとき「この携帯、盗聴の恐れがありますから、注意してください」と言われてギョッとした覚えがある。保坂さんが議員として、法務省や警察庁が推し進めていた「盗聴法」に強く反対していたころの話だ。
 官僚が組織を挙げて、自省庁の利益擁護に走る。そのためには、思想の自由もプライバシーも踏みにじって恥じない。そういう恐ろしさを垣間見せた「外交文書」だった。

 省庁益を守ろうとする官僚たちの狡猾さは尋常ではない。
 先週の、どん・わんたろう氏のコラム「ちょっと吼えてみました」でも触れているように、一度廃案になったはずの「共謀罪」が、「コンピュータ監視法案」に姿を変えて、啓蟄の虫のようにまたもモゾモゾと這い出てきた。彼らは決して諦めない。
 「時々お散歩日記」(33回)でも書いたが、政府は、住民基本台帳ネットワーク(住基ネット)を利用して、国民総背番号制(共通番号制度)なるものを作ろうとしている。つまり「税制・社会保障制度確立のために」という名目で、全国民の納税状況、預貯金残高、財産管理、医療記録、保険等々をもれなく把握しようという制度だ。住基ネットの当初の使用目的から大きく逸脱していることは言うまでもない。
 どれだけの財産があるか、どんな病気にかかったか、どんな事故を起こしたか、そしていずれは、個人の犯罪歴や図書館の本の借り出し情報まで、すべてを国家(というより官僚機構)が把握してしまうという超管理社会が来るのではないか。
 そう書いたら、ネット上で「そんなのは妄想だ」とせせら嗤う人たちもいた。だが、外務省は「国会議員が国会図書館で何を調べたのか」を、省益のために調査していたではないか。議員でさえやられたのだ。一般人などに何の遠慮がいるものか、というのが官僚組織の発想だろう。

 事実は、時折、妄想を超える。
 東京都がついに制定した「東京都青少年健全育成条例」などという美辞麗句の条例が、いつ「表現の自由」に対して牙を剥くか。
 制定時の政府の約束を簡単に反古にした「日の丸君が代」強制の石原慎太郎都知事は、4選出馬するのか。自民党は「知事多選禁止」を党則として決めている。それを息子の石原伸晃幹事長が破って、父親の慎太郎知事に再出馬要請をしようとしている。これも、一度決めたことを簡単に覆す典型例だ。
 官僚も政治家も、国民との約束などどうでもいいと思っているのが、私たちの国の、残念ながら現状なのだ。

マスメディアが壊れていく

 それにしても、こういう状況に対してマスメディアが何の反撃も試みないということに、私は失望する。
 中東では「革命」の熱気が渦巻いている。それを伝えることは大切だ。だが、私たちの国で起きていること、その奥底の不気味なうねりを掘り起こさなくては報道者の魂が泣く。
 山口県上関町の原発、沖縄県東村高江の米軍ヘリパッドでは、反対する住民たちの意志を踏みにじって、工事が強行されつつある。すでに住民側に怪我人も出ているという。
 中央のマスメディアにとっては、どちらも地方の小さな紛争に見えるかもしれない。しかしこれらは、日本のエネルギー行政、建設業界、核利用、米軍基地問題、日米安保体制にまで及ぶ大きな根本問題の、小さな形での噴出表現なのだ。
 マスメディアはそれを見据えようとしない。テレビニュースも新聞記事も、「中東」の次は「パンダ来日」。これでいいのか…。
 ネットではツイッターやブログが、高江や上関からの生中継をずっと流し続けている。私もそこから眼が離せない。
 もうテレビや新聞に頼らなくてもいい。
 中央マスメディアは、こうして壊れていくのかもしれない。

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鈴木耕さんプロフィール

すずき こう1945年、秋田県生まれ。早稲田大学文学部文芸科卒業後、集英社に入社。「月刊明星」「月刊PLAYBOY」を経て、「週刊プレイボーイ」「集英社文庫」「イミダス」などの編集長。1999年「集英社新書」の創刊に参加、新書編集部長を最後に退社、フリー編集者・ライターに。著書に『スクール・クライシス 少年Xたちの反乱』(角川文庫)、『目覚めたら、戦争』(コモンズ)、『沖縄へ 歩く、訊く、創る』(リベルタ出版)など。マガジン9では「お散歩日記」を連載中。ツイッター@kou_1970でも日々発信中。

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