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2012-10-31up

立憲政治の道しるべ/南部義典

憲法によって国家を縛り、その憲法に基づいて政治を行う。
民主主義国家の基盤ともいえるその原則が、近年、大きく揺らぎつつあります。
憲法違反の発言を繰り返す政治家、憲法を無視して暴走する国会…。
「日本の立憲政治は、崩壊の危機にある!」
そう警鐘を鳴らす南部義典さんによる新連載です。
現在進行形のさまざまな具体的事例を、「憲法」の観点から検証していきます。

第4回

新たなフェーズに入った、
参議院の選挙制度改革(前編)

 参議院選挙(2010年7月)における都道府県選挙区の定数配分規定(一票の価値の最大較差5.00倍)につき、最高裁大法廷は"違憲状態判決"を下しました(2012年10月17日。平成23年(行ツ)第64号選挙無効請求事件 判決全文はこちら)。法廷意見(多数意見)は、「違憲の問題が生じる程度の著しい不平等状態に至っていた」、「もっとも・・・本件選挙までの間に本件定数配分規定を改正しなかったことが国会の裁量権の限界を超えるものとはいえず、本件定数配分規定が憲法に違反するに至っていたということはできない」と判示しています。

 他方、3名の判事が"違憲違法判決"(いわゆる事情判決の法理に従い、選挙を無効とはしない)を求める反対意見を付しています。合憲と判断した判事は皆無でした。投票価値の著しい不平等が放置され続けてきたことに対して、最高裁はより厳しい姿勢に傾いたといえるでしょう。

 昨年3月23日、最高裁は、衆議院の定数配分(最大較差2.3倍)も違憲状態にあると判示しています。実に不名誉なことで、笑い話にもなりません。衆議院、参議院ともに議員定数配分が違憲状態であるとの司法判断が揃ったわけです。衆議院で小選挙区制度が導入されて以来、初めての事態です。

 今回は違憲無効判決でなく、違憲違法判決でもなく、違憲状態判決にとどまります(ここで思考が止まった方は、こちらの記事を参照下さい)。それでも、判決内容に鑑みると、参議院の選挙制度改革は新たなフェーズに入ったと、私は認識しています。

 新たなフェーズとは、政治部門(国会・内閣)が、投票価値の平等を実現するため、従来の枠内ではなく、ゼロベースから真摯に向き合わなければならなくなったという段階です。

 投票価値の著しい不平等に基づく選挙が行われ、国民代表とされる国会議員の構成が歪な状態です。立憲政治の根源的部分に、瑕疵が内在しています。この瑕疵は、自然と治癒されません。政治部門は、平等原則を重視し、瑕疵を除去するための法制上の措置を講ずる責務を負ったのです。「参議院は衆議院ほど、世間の批判は厳しくない。較差を5倍未満に抑えておけば(少なくともその努力をする素振りさえ見せておけば)、国民も司法も勘弁してくれるだろう」という常套句は、もはや通用しません。

 この点、投票価値の平等の実現は、広範な立法裁量のなかで"調和的に実現されるべき"である(投票価値の平等を一定限度で譲歩させても憲法に違反しない)とするのが、伝統的な判例理論です。選挙制度は憲法14条・44条という平等原則が優位に支配するのではなく、47条(選挙事項法定主義)等、立法裁量との関係において決せられる、という考え方です。今回の判決も、投票価値の平等を絶対的な基準として捉えているわけではありません。

 しかし、判決は、この調和理論に甘んじ、"改革をサボる"国会の態度を厳しく指弾しています。較差を温存する都道府県選挙区のあり方に対し、踏み込んだ表現で改革を促し、その方向付けを試みています。

 法廷意見(多数意見)は、「都道府県を各選挙区の単位とする仕組みを維持しながら投票価値の平等を図るという要求に応えていくことは、もはや困難な状況に至っている」、「より適切な民意の反映が可能となるよう、都道府県を単位として各選挙区の定数を設定する現行の方式をしかるべき形で改めるなど、現行の選挙制度の仕組み自体の見直しを内容とする立法的措置を講じ、できるだけ速やかに違憲の問題が生じる前記の不平等状態を解消する必要がある」と、述べています。

 3名の判事による補足意見は、都道府県選挙区制度の改革を促す、踏み込んだ内容です。

▼櫻井龍子判事(補足意見)
「例えば、比例代表選挙と選挙区選挙の組合せという方式自体は維持しながら後者の仕組みについて選挙区の単位の都道府県からより広域な区域への変更等の見直しを検討するなど、改正の方向については様々な選択肢が考えられよう」

▼金築誠志判事(補足意見)
「選挙区選挙を廃止して比例代表のみとしたり、比例代表を廃止ないし大幅に減少させてその分選挙区選挙の定数を増やすといった方法も採用できないとすれば、事実上、選挙区を現在より大きな単位に拡大するという方法しか残らないのではないだろうか。前参議院議長から、選挙制度見直しのたたき台として、都道府県の枠を超えるブロック単位の選挙区が提案されたのは、この意味で頷けるものといえよう」

▼千葉勝美判事(補足意見)
「都道府県を単位とする仕組みを見直すとすれば、今後採用されるべき選挙区については、一定の地域を選挙区として決めたとしても、それは、議員候補者の選挙運動を行う範囲ないし選挙事務を行う範囲を決めるという趣旨での地域的・組織的な単位と位置付けられることになろう。したがって、その場合はそこでの投票価値の平等の例外を認める理由にはなり得ず、そこでも、定数配分については、原則として人口比例原則が及ぶと解すべきである」

 参議院の選挙区選挙を存続するとしても、どのような改革に着手すべきか、大きな政治課題となります。
 補足意見にも、解決のヒントが隠されています。本稿では、すでに検討俎上にある「合区案」、「ブロック案」を検証します。

 まず、合区案です。人口の少ない県に着眼し、県単位で当該選挙区を合一化する(合区)方法です。
 裁判所も指摘するところですが、較差が縮減できない理由の一つに、全人口が90万人を切る県の存在が挙げられます。定数2より小さな選挙区を作ることができないことから、少人口県はいつも悩みの種です。

 少人口県とは山梨、福井、徳島、高知、鳥取、島根、佐賀の7県です。隣接県のいずれかと合体させれば、較差を縮減することが可能です。
 参議院民主党はかつて、10県を合区する「2増12減案」をまとめたことがあります(2011年7月)。これは、(1)山梨と長野、(2)石川と福井、(3)鳥取と島根、(4)徳島と高知、(5)佐賀と長崎の各選挙区を合一化し、定数は「山梨と長野」を4、他は2に設定するものです。また、宮城、福島、新潟、岐阜、京都、広島の各選挙区定数を4から2に削減し、神奈川の定数を6から8に増員します。この案により、最大較差は2.967倍となります。
 合区案は、定員増減だけを行うより較差を縮減できますが、投票価値の平等を達成する手段としては、いささか不十分です。合区の仕方は上記の他にも様々考えられますが、都道府県の境界を前提とする限り、較差はせいぜい3倍を切るところが限界です。

 また、対象県をいずれの隣接県と合一化するのか、高度な政治判断を要します。例えば、山梨は、東京、埼玉、神奈川、長野、静岡と隣接しています。福井は石川だけでなく、岐阜、滋賀、京都とも隣接しています。どの府県と組み合わせるのか、第三者が介在しないなかで(参議院は衆議院と異なり、選挙区画定審議会のような法定の第三者機関が存在しません)、思惑と妥協で決せられること自体、問題があります。

 さらに、合区は特定の県だけに適用される制度であり、その導入は、憲法95条が規定する地方自治特別法の住民投票の対象となりえます。住民投票を対象県で実施し、賛否過半数の結果が割れた場合(一つの県では過半数の同意が得られ、他方の県では得られなかった場合)にどうなるかなどの問題もあり、実現にはなおハードルがあります。

 そして、ブロック選挙区制の考え方に近づいていく訳ですが、そもそも2県を一組にする発想に拘ることはないのです。2県から3県、3県から4県と、全国的により広域的な選挙区の可能性を探れば、較差はより縮減することができるからです。

 次回(第5回)、47都道府県をいくつかに分割する「ブロック選挙区制」に触れるとともに、現在、衆議院で閉会中審査となっている「4増4減案」の妥当性について、詳しく検証します。

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参院選における「違憲状態」を指摘した最高裁判決については、
今週の「この人に聞きたい」でも、
伊藤真さんに詳しく解説いただいています。
この判決を受けて、ではどのような改善策が考えられるのか?
次回も引き続き、具体的に検証していきます。

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南部義典さんプロフィール

なんぶ よしのり慶應義塾大学大学院法学研究科講師。1971年岐阜県生まれ。1995年京都大学卒業、国会議員政策担当秘書資格試験合格。2005年から国民投票法案(民主党案)の起草に携わり、2007年衆参両院の公聴会で公述人を務めた。近時は、原発稼働をめぐる各地の住民投票条例の起草、国会・自治体議会におけるオンブズマン制度の創設に取り組む。著書に『Q&A解説・憲法改正国民投票法』(現代人文社、2007年)がある。ツイッター(@nambu2116)フェイスブック

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