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2012-11-28up

立憲政治の道しるべ/南部義典

憲法によって国家を縛り、その憲法に基づいて政治を行う。
民主主義国家の基盤ともいえるその原則が、近年、大きく揺らぎつつあります。
憲法違反の発言を繰り返す政治家、憲法を無視して暴走する国会…。
「日本の立憲政治は、崩壊の危機にある!」
そう警鐘を鳴らす南部義典さんが、
現在進行形のさまざまな具体的事例を、「憲法」の観点から検証していきます。

第7回

解散でとん挫した"国会版事業仕分け"

▼もし、解散が無かったら…

 12月16日の総選挙。政権再交代の可能性が高くなりました。
 立憲政治を定着させ、前進させるため、新たな政治スキームを担う政党、政治家には、憲法、立憲主義を強く自覚してもらわなければなりません。

 衆議院が解散されると、参議院も同時に閉会となります。法律、予算を審議することなど一切の国会機能は、特別国会の召集まで止まります。しかし、これも立憲政治の一つの現象です。憲法は動いています。立憲政治の新たなフェーズが誤らないように、主権者は注視し続けなければなりません。

 「もし、衆議院の解散がなかったら」というpolitical if の次元ではありますが、今ごろ"国会版事業仕分け"が、衆議院で精力的に行われていたことでしょう。
 今回のテーマである国会版事業仕分けは、国会が恒常的に行う予算チェックとして、立憲政治の運用上不可欠なシステムであると、私は確信しています。

▼「国会版事業仕分け」覚えていますか

 国会版事業仕分けは、昨年、一回だけ行われました。
 2011年11月16日(水)・17日(木)、衆議院決算行政監視委員会(新藤義孝委員長=当時)の行政監視に関する小委員会は、予め選定された4つの政府事業に関して、仕分け(※1)を行いました。

 仕分け対象とされたのは、以下の事業です。

(1)革新的ハイパフォーマンス・コンピューティング・インフラ(HPCI)の構築
  ⇒「2位じゃダメなんでしょうか」のスパコン"京"は、有効に使われているのか?
(2)医療費レセプト審査事務
  ⇒社会保険診療報酬支払基金、国民健康保険団体連合会の事務が競合しており、無駄ではないか?
(3)公務員宿舎建設・維持管理等に必要な経費
  ⇒公務員宿舎(埼玉県朝霞市に建設予定)は、本当に必要なのか?
(4)原子力関連予算の独立行政法人及び公益法人への支出
  ⇒事業法人を統廃合するとか、核燃料サイクルの根本的見直しが必要ではないか?

 両日、報道ステーションをはじめ、多くのメディアが委員会の様子を報じました。みなさんは覚えておられるでしょうか。

▼行政事業レビューシートを活用した、初の試み

 毎年8月末、各府省庁は財務省に対して、次年度予算の概算要求を行います。そのさい、各府省庁は、施策ごとの予算要求額はもちろん、施策の具体的内容(5W1H)と効果を詳細に記した「行政事業レビューシート」を併せて提出しなければなりません(2010年度以降、民主党政権下で始まりました)。民間企業でいう、予算稟議のさいに添付する事業計画のようなものです。行政事業レビューシートが提出されることにより、ムダや重複など予算の不適切な使途が、事前又は事後に、客観的に判別できるようになったのです(この点だけは、民主党政権の成果であると肯定評価する向きもあります)。

 官庁が作成する行政事業レビューシートは、全府省庁で5千枚を超えます。本来であれば、予算の議決権を有する国会が、全てをチェックするのが筋ですが、政治日程上の限界があります(※3)。そういう事情があり、国会版事業仕分けの対象は4つに絞られたのです。

 昨年行われた国会版事業仕分けは、憲政史上、初の試みでした。
 メンバー構成も、特例中の特例でした。衆議院議員だけでなく、民間有識者も仕分け人として加わったのです(※2)。議員と政府(政務三役と官僚)だけが相対峙するのが通常の運営ですが、民間有識者が加わっての三面構造形式となって、議論が深化しました。

▼予算チェックは、国会の本来的機能

 そもそも、衆議院決算行政監視委員会(行政監視に関する小委員会)という組織がなぜ、国会版事業仕分けを行ったのでしょうか。

 事業仕分けといえば、多くの方は政府(内閣府行政刷新会議)のそれを連想するでしょう。初年度(2009年度)、前自民党政権による予算要求事項を、仕分け人がバッサリと切り捨てていく、あのシーンです。

 しかし、政府が行う事業仕分けは、政府自らの概算要求に対して行う内部評価(自己評価)の域を出ていません。これは本質的に内在する問題点です。たとえ外部から、与党の国会議員が仕分け人を務めても、立法府として有する権限を行使できないので、結末は同じです。
 誰もが族議員化する、とまでは断言できませんが、霞が関に対して最初は厳しくても、官僚(あるいは業界)に慣らされ、徐々に甘く、優しく、迎合していく傾向があります。実際に、事業仕分けでダメ出しされていながら、次の予算年度で"名義を変えて復活"するいくつかの事業の存在が問題となりました。予算の実効性あるチェックのためには、政府以外の国家機関、つまり国会が、他律的に行う必要があります。政権政党と政権外政党の協働作業で行うべきなのです。

▼予算委員会は能力不足!?「勧告」ができる決算行政監視委

 予算のチェックは、衆議院予算委員会が行うべきで、決算行政監視委員会の出る幕ではないのではないか、という疑問もあるでしょう。

 予算委員会は"花形委員会"と称されますが、予算とは無関係な政局的事件、例えば、閣僚の不祥事、失言の責任追及に終始することが多々あり(民主党政権下でもその基本的図式は変わっていません)、慣習上、国会正常化のための手段・道具として使われることもあります。内閣総理大臣が出席しないときの委員会運営は、極めて形骸化しています。

 復興予算の流用問題では、予算委員会は主犯的存在です。スピード審議のあまり、問題点を易々と見逃してしまいました。予算委員会に対して即応的な、実効性あるチェックを期待することはできないでしょう。

 他方、決算行政監視委員会の所管は、「決算審査」、「行政監視」を二大柱としています。国政調査は、議長の承認を得て、どの委員会でも行っているところ、一歩進んで、行政監視を所管事項と位置付けているのは、衆議院では決算行政監視委員会だけです。委員会の定例日も固定化されておらず、議題案件の必要性に応じて、柔軟に開会でき、機動性に富んでいます。

 決算行政監視委員会には、ある特長的な権能が認められています。政府に対して"勧告"ができる点です。他の委員会は、"決議"を行うことまでしか許されていません。
 勧告といっても、委員会の意見表明にとどまりますが(法的拘束力はありません)、与野党が一致した勧告議決を行えば、無視しえない政治的拘束力を生じさせると評価できます。

▼官僚任せの予算にしない

 国会版事業仕分けは11月に行われました。その時期にこそ、重要な意味があります。

 政府予算(案)は、例年8月末までに各府省が予算要望事項を(行政事業レビューシートとともに)財務省に提出し、財務省が査定を行った上で、12月下旬、閣議決定されるという流れです。政権が交代しても、大きくは変わりません。11月というのは、ちょうど財務省が予算査定を行っている真っ最中です。予算案が最終決定する前だからこそ、実施する意味があります。

 憲法上"予算の無駄は許されない"との明文規定はありませんが、財政立憲主義(憲法第83条)、財政状況の国会報告(第91条)の趣旨から、それは明らかです(とくに第91条は「国会及び国民に対し」という文言になっています。内閣は毎会計年度、国民に対する直接の説明責任を負っているのです)。憲法解釈からして、無駄な予算は、与野党共通の敵であるはずです。
 立憲政治の上で、無駄な予算の根絶に向けて、党派を超えたルールの確立と運用が必要となります。手を抜くと、官僚の悪知恵による不適切な事業が増えてしまいます。

 決算行政監視委員会は、党派を超えたルールの確立と運用をめざし、2011年12月8日、事業仕分け結果に基づいて、決算行政監視委員会としての「決議」を行っています。予算案を決める閣議(12月下旬)に間に合わせているわけです(A)
 この決議では、仕分け結果を予算執行にどのように反映させたか、政府は委員会に対して6か月以内に「報告」をすることとされました。その報告は、2012年6月13日に、同・小委員会で行われています。事後フォローも忘れていません(B)

 決算行政監視委員会はこの一年間、予算の適正化に向けて、立憲政治を前進させる秀逸な活動を重ねていたと、私は評価します。

▼国会版事業仕分けのプロセス

 国会版事業仕分けがビルトインされた予算プロセスを、時系列で整理してみます。

Phase1) 各府省による予算要望・行政評価レビューシートの提出(8月下旬)
       ↓
Phase2)決算行政監視委員会"国会版事業仕分け"(11月中下旬)
       ↓
Phase3)決算行政監視委員会の決議又は勧告(12月上旬)
       ↓
Phase4)政府(財務省)予算原案の提示(12月下旬)
       ↓
Phase5)閣議決定(同)
       ↓
Phase6)国会の予算審議と成立(翌年1~3月)
       ↓
Phase7)決算行政監視委員会において、政府からphase3)の対応状況に関して報告聴取(翌年6月)
       ↓
     (repeat)

 phase1)~7)を1サイクルとし、事業仕分けを毎年繰り返し、予算に反映させることが重要です。恒常的な予算チェック機能(国会版事業仕分け)を決算行政監視委員会にビルトインすれば、たとえ政権が途中で変わっても、それは「見えない憲法」の如く作用します。見えない憲法が作用し、国会は、無駄な予算を根絶させる責務を課されます。

 2012年度の予算決定プロセスは、衆議院の解散によって、phase2)3)及び7)を欠いています。結果的に、前政権下のプロセスに戻ってしまいました。二年目にしてとん挫したことは、本当に残念です。

 政権再交代が現実味を帯びる今こそ、国会版事業仕分けの重要な意義について、与野党の認識を共有しておきたいところです。

(※1)政府に対する質疑と討議が行われ、各事業に対する評価結果が示されました。
評価結果は、以下6つのいずれかです。
1.廃止  2.実施は自治体・民間の判断に任せる  3.来年度の予算計上を見送る  4.予算要求の縮減または組替・見直し  5.組織・制度の改編  6.予算の増額を検討

(※2)小委員会に所属する15名の議員と、民間有識者8名で構成されました。
 民間有識者は参考人扱いであり、議員に対する質疑は許されませんでした。
▽議員(所属会派は当時のもの)
(民主党)岡島一正、岡田康裕、奥野総一郎、熊谷貞俊、黒田雄、階猛、平智之、初鹿明博、村井宗明
(自民党)新藤義孝、木村太郎、河野太郎、平将明
(公明党)遠山清彦
▽民間有識者
(全事業)永久寿夫・PHP研究所常務、小幡純子・上智大法科大学院長
(スパコン開発)金田康正・東大情報基盤センター教授、亀井善太郎・東京財団研究員 
(診療報酬明細書審査事務)小瀬村寿美子・神奈川県厚木市人権男女参画課長、中村卓 埼玉県草加市副市長
(公務員宿舎・原子力関連独立行政法人など)原田泰・大和総研顧問、古賀茂明・元国家公務員制度改革推進本部事務局審議官

(※3)最長で4か月(8月末~12月末)、休みなく仕分けするにせよ、一日あたり40事業を超え、委員会としての物理的な審査能力を超えます。

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「事業仕分け」にこんな区別があったって、皆さんご存知でしたか?
国会が行政府に対する権力チェック機能を果たす、一つの形といえるでしょう。
それを通常のプロセスの中に組み込むことによって、
政権が代わってもチェック機能を保つことができる。
憲法学者の青井未帆さんに、
「人ではなく仕組みで権力を統制する」ことの重要性を
お話しいただいたインタビューも、ぜひあわせてお読みください。

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南部義典さんプロフィール

なんぶ よしのり慶應義塾大学大学院法学研究科講師。1971年岐阜県生まれ。1995年京都大学卒業、国会議員政策担当秘書資格試験合格。2005年から国民投票法案(民主党案)の起草に携わり、2007年衆参両院の公聴会で公述人を務めた。近時は、原発稼働をめぐる各地の住民投票条例の起草、国会・自治体議会におけるオンブズマン制度の創設に取り組む。著書に『Q&A解説・憲法改正国民投票法』(現代人文社、2007年)がある。ツイッター(@nambu2116)フェイスブック

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