雨宮処凛がゆく!

 なんだか怒濤の勢いで安保関連の法律が出てきたり、残業代ゼロ法案が閣議決定されたりと、心休まる暇がない日々が続いている。
 そんな中、ほっこりするような一冊の本が刊行された。何を隠そう、私の本だ。
 タイトルは『仔猫の肉球』(小学館)。ね? これだけでもうほっこりするでしょ?

 新潟日報で08年から「『生きづらさ』を生きる」という連載を続けているのだが、その7年分の連載から101篇を厳選した一冊である。
 「宣伝かよ」と思ったアナタ、宣伝である。ただ、毎回深夜「まだ見ぬ誰かへのラブレター」を書くような気持ちで綴ってきた原稿を、多くの人に読んでほしいと思うのは物書きの悲願だ。そして私自身、この連載の原稿を書くことは、「自己カウンセリング」にもなっていた。生きづらさをこじらせて20年以上。それでもなんとかこれまで生き延びてきた自分が「死なないために」実践してきた数々のことをまとめた一冊でもある。
 
 この10年以上、週末は全国のどこかで講演という日々を送ってきた。格差や貧困問題をテーマにしたものも多いが、自殺や生きづらさ、いじめや不登校、ひきこもりなどをテーマとした講演も多い。そして私は、これらの問題は確実に繋がっていると思っている。
 過酷な競争社会が作り出す「生産性のない奴に生きる意味はない」という暴力的な価値観。出会う人誰もが出し抜き出し抜かれ、蹴落とし蹴落とされる対象になってしまうという「最悪の出会い方」しかできない社会。信頼ベースではなく、競争ベースの人間関係。また、競争原理が徹底した場所では、そもそもいじめを否定する論理自体が成り立たない。そこで正当化される暴力、暴言、そして排除。
 私のイベントに来てくれる若者の中には、手首にびっちり傷があったり、過食嘔吐をやめられなかったりする人も多い。一方、取材などで出会う若年ホームレスの中にも、いじめやリストカット経験者、精神科への通院歴がある人も少なくない。

 90年代、思い切りリストカット当事者だった私は、「豊かな日本で生きづらい私」という物語の中にいた。しかし、今は「生きづらい上に貧しい」時代だ。何をどう頑張れば報われるのか、誰もわからない社会。どうやったら最低限、自殺や野たれ死にしないかまでもが不透明になった時代。本気で考えれば考えるほど、「生きる」ことは恐怖に満ちている。その恐怖をスルーできるだけの器用さがあればいい。だけど、私はどうしてもできなかった。消費などの目先の快楽っぽいことで誤魔化すことが、どうしてもできなかった。

 それだけではない。「自分で自分を肯定する」ハードルは年々上がり続け、どんなに頑張ってもなかなか自己肯定感さえ得られない時代だ。その上、企業社会に認められるハードルも恐ろしいほどの勢いで上がり続けている。もちろん即戦力として使える上にコミュ力があって協調性があり、チャレンジ精神もあって、数々のモラハラ・パワハラに耐えうる精神力やどんなに長時間労働をしても死なないだけの体力までもが「最低限の条件」として求められる。
 常に全方向に向かって「自分は使える・価値のある人間である」とプレゼンし続けていないとたちまち存在さえ許されなくなるような社会。そしてそんな価値観は、家族や友人、恋人といったプライベートな人間関係まで侵食しているのだから、今の世の中、生きづらくて当たり前だと思うのだ。
 『仔猫の肉球』には、そんな生きづらさに対する処方箋をつめこんだ。すべて私の実践済みである。

 簡単にまとめると、常に自分への期待値を限界まで下げ、「とりあえず今、心臓が動いている」程度のことでも自分を褒めちぎれるような低レベル状態を保ち、他人の機嫌なんかより自分の機嫌をとることを優先し、人に好かれるより嫌われることを目指し、人にバカにされたらバカにされたで「しかし、自分はバカにされないほど立派な人間なのか」と己を振り返り、権力や金を持っている「偉いオッサン」の言うことは絶対にきかないようにし、なんの役にも立たないのに堂々と生きている猫の姿勢に学び、毎年の「今年の抱負」は「今年も1年、死なないようにする」という最低限のものにする――というようなことである。

 本書は、5章で構成されている。「猫が教えてくれること」「自分と仲良くする方法」「生きづらさを生きるコツ」「3・11に思う」「生きづらい社会で考える」の5つだ。
 08年からの7年を振り返りつつ、あなたの生きづらさが少しでも緩和されたら、これほど嬉しいことはない。

『仔猫の肉球』(小学館)1300円+税
全国書店で発売中!

全身で役に立たない感じをアピールするうちのぱぴ。薄目を開けて睡眠中。

こちらも役立たず感満載なつくし。1日中、食べることばかり考えている。

 

  

※コメントは承認制です。
第332回 『仔猫の肉球』が出た!! の巻」 に3件のコメント

  1. magazine9 より:

    大の字になって、寝そべる猫の姿に思わず肩の力が抜けました。『仔猫の肉球』のまえがきには、「一匹の仔猫を拾ったことで、私の人生は変わった」とあります。役に立たないと生きてはいけないような気持ちにさせられる社会。気が付かないうちに、いつも肩に力が入っている気がします。でも、誰のために、何のために役に立たなくてはいけないのでしょうか。猫の姿を見ていると、なんだかだまされているだけのような気もします。

  2. 安藤和佳子 より:

    処凛さんの新刊、買います、読みます。楽しみです。
    大好きだった新潟日報、で連載していたのですね。。
    私は無生産で、おちたときは、酸素の無駄使いと自分を否定したりもしますが、日曜日は投票で、大事な大事な1票で意思表示してきます。悲しい人、苦しい人が、いない世の中に。
    処凛さんのブログはとっても読みやすいです。長文でも、文字が大きくて、言葉が平易で、行間が広くて、だいじなだいじな「余白」があるから。

  3. 宮奈さつき より:

    始めまして。いきなり失礼します。
    「仔猫の肉球」読みました。読んでいてとても楽になります。人間はもっとダメに生きていいって、たとえ頭で分かっててもなかなか難しいことですが。やっぱり周りの目は気になるし、少しでもすごい人間に思われたいです。
    そして、「若いうちは余計な雑音を呼び寄せてしまう」というくだりに「それ!」と思いました。
    でも、三十過ぎたら「結婚しろ」「定職につけ」という雑音は余計に身に迫って響いてしまいそうな気がするのです。三十代になったら大分楽になるというのは、そうであって欲しいという願望もあるし、そうなのだろうと思うけど、同時に雑音が更に身に迫ってきそうだな、と。
    嫌なことは多いけど、「やっぱりあの時死んでおかなくてよかった」と思える日がくるのを期待しつつ。

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雨宮処凛

あまみや・かりん: 1975年北海道生まれ。作家・活動家。2000年に自伝的エッセイ『生き地獄天国』(太田出版)でデビュー。若者の「生きづらさ」などについての著作を発表する一方、イラクや北朝鮮への渡航を重ねる。現在は新自由主義のもと、不安定さを強いられる人々「プレカリアート」問題に取り組み、取材、執筆、運動中。『反撃カルチャープレカリアートの豊かな世界』(角川文芸出版)、『雨宮処凛の「生存革命」日記』(集英社)、『プレカリアートの憂鬱』(講談社)など、著書多数。2007年に『生きさせろ! 難民化する若者たち』(太田出版)でJCJ賞(日本ジャーナリスト会議賞)を受賞。「反貧困ネットワーク」副代表、「週刊金曜日」編集委員、、フリーター全般労働組合組合員、「こわれ者の祭典」名誉会長、09年末より厚生労働省ナショナルミニマム研究会委員。オフィシャルブログ「雨宮日記」

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