雨宮処凛がゆく!

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海沿いに建てられた慰霊碑。

 4月13日、14日と仙台に行ってきた。

 14日に反貧困みやぎネットワーク主催の「反貧困フェスタ」があり、湯浅誠氏と対談イベントに出演してきたのだ。フェスタのテーマは「震災があぶり出した貧困〜被災地から〜」。

 その前日には、被災地支援を続ける「東北ヘルプ」の方々に宮城の被災地を案内して頂いた。宮城の被災地を訪れるのは実に1年ぶり。昨年4月、石巻を訪れて以来だ。あの時の石巻は一面が瓦礫に埋め尽くされ、船や車があちこちでひっくり返り、いたるところに「捜索済」という紙が貼られ、自衛隊員たちが遺体の捜索を続けていた。魚の加工場が被災したことからあちこちに魚が散らばり、町は腐臭に包まれていた。

 今回は奥松島や東松島といった津波の被害を受けた場所を訪れたのだが、そこに瓦礫はもうなく、辺りは一面の更地になっていた。一面の瓦礫の山にも言葉にならないほどのショックを受けたけれど、一面の更地も、別のショックを私にもたらした。方向感覚がわからなくなるほどの、延々と続く砂色。その果てしない広さが、津波が奪い去っていったものの大きさを突きつける。特に平地ではどこまでもどこまでも更地が続く。未だに地盤沈下している道。壊れたまま放置された家屋。地面に残った建物の土台が、かろうじてここがかつて生活の場だったことを示している。

 そんな宮城では仮設住宅に住む人にもお話を聞けた。それは来週くらいに書きたいと思っている。

 ということで、今回書きたいのは「震災父子家庭」のことだ。14日の反貧困フェスタで、「全国父子家庭支援連絡会」の人が実態を報告してくれたのだ。恥ずかしながら私自身、「父子家庭」の問題についてあまりにも無知だった。しかし、東日本大震災によって、多くの子どもが親を失い、妻が夫を失い、夫が妻を失ったという現実がある。その中には、これまでは仕事中心の生活で、子育ては妻に任せっきりだったという人もいるだろう。

 全国父子家庭支援連絡会の男性は、話の冒頭に言った。

 「会場のみなさんにぜひ想像して頂きたいのですが、もし突然奥様が亡くなられたら、一人で子育てしながら今の仕事を続けていくことはできますか?」

 この問いには、ほとんどの男性が「NO」と答えるのではないだろうか。

 あしなが育英会によると、東日本大震災で震災遺児となった子どもは2005人にのぼるという。平均年齢は12.1歳。小学生以下は42.6%。そのうち母子世帯は569世帯、父子世帯は432世帯。両親がいない世帯も205あるという。

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一面の更地。

 母子家庭が厳しい、ということはこの連載でも何度か触れてきた通りだ。しかし、当然ながら父子家庭も厳しい状況に置かれている。が、母子家庭と父子家庭において、様々な「違い」があることを知った。

 例えば、遺族基礎年金。震災によって配偶者と死別した一人親家庭が増えたわけだが、母子家庭の場合、母1人子2人では、月に約10万円ほどの遺族基礎年金の支給があるという。しかし、父子家庭の場合、ゼロ円。父と子が別居している場合、子どもには受給権があるらしいが、父親と一緒に住んでいるとゼロ。夫が専業主夫だった場合でも変わらないという。

 また、震災父子家庭のうち、7割近くが自宅が全壊・もしくは半壊。住宅ローンや車のローンを負って父子家庭になったという人も多いという。

 そんな中、頼れる育児協力者もなく仕事も今まで通りこなしながら子育てなんて、どう考えても無理がある。子育てを優先し、「子どもに夕食を作るから」と残業もしなければ収入は激減するだろうし、場合によっては職場に居づらくなるだろう。一方、それまで通りに仕事をこなせば「あそこの家の○○ちゃんのお父さんはいつも子どもを夜遅くまで放ったらかして」と「ネグレクト」扱いされる恐れだってある。

 自宅を失い、妻を失い、遺族基礎年金は支給されず、流された家や車のローンは残り、その中で働きながら子育てをしなければならない人々。

 もちろん、母子家庭だって大変だ。しかし、父子家庭と母子家庭の間で制度上の「違い」があるのはおかしいと思う。その背景にあるのは、「稼げない男は存在しない」という現実とかけ離れた根拠のない思い込みだろう。それがこうして制度にも反映されていること、それこそが大問題だと思うのだ。

 そしてこの「根拠のない思い込み」は、実は「女性の貧困」問題と裏表の関係にあると思う。「女はいつか結婚して家庭に入って男に食わせてもらうもの」といった「稼げない男は存在しない」を別の言葉に言い換えたような根拠のない思い込みが、男女間の賃金格差や女性の半数以上が非正規雇用という現実を生み出しているように思えて仕方ないのだ。ちなみに働く女性が労働者の総数に占める割合は42%だが、女性の賃金は男性の約7割。非正規雇用も入れると男性の半分だ。そうして現在、20〜64歳の単身女性の3割が可処分所得125万円未満という「貧困」に晒されている。

 こういった問題を、合理的に、多くの人が納得できる形で説明できる人はいるだろうか。そして父子家庭には遺族基礎年金が支給されない理由を、明確な言葉で言える人はいるだろうか。

 こういうことを考えるたびに、世の中って偏見に満ちた思い込みに支配されているんだな、と愕然とするのだ。そしてそんな制度の狭間で苦しむのは、いつもなんの落ち度もない個人だ。そんなのって、絶対に、おかしい。

 ちなみに消費税増税関連法案では、父子家庭への遺族基礎年金支給が盛り込まれたが、東日本大震災で被災した父子家庭は含まれない。対象は、法施行日以降に父子家庭になった場合に限られるのだという。なんで?? 震災特例とか、ないの??

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久々に湯浅さんと対談。

 

  

※コメントは承認制です。
第226回 震災父子家庭。の巻」 に1件のコメント

  1. magazine9 より:

    「女性は仕事よりも子育てを優先する存在」
    「男性は経済力があるから大丈夫」…
    いつの時代の話!? とも思いますが、周囲を見回してみれば、そんな思い込みに基づいた制度や状況が、いくつも見受けられるのが現状。
    それって男性にとっても女性にとっても、決して楽なことではないはず。
    被災という、厳しい状況に置かれたときであってみればなおさらです。

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雨宮処凛

あまみや・かりん: 1975年北海道生まれ。作家・活動家。2000年に自伝的エッセイ『生き地獄天国』(太田出版)でデビュー。若者の「生きづらさ」などについての著作を発表する一方、イラクや北朝鮮への渡航を重ねる。現在は新自由主義のもと、不安定さを強いられる人々「プレカリアート」問題に取り組み、取材、執筆、運動中。『反撃カルチャープレカリアートの豊かな世界』(角川文芸出版)、『雨宮処凛の「生存革命」日記』(集英社)、『プレカリアートの憂鬱』(講談社)など、著書多数。2007年に『生きさせろ! 難民化する若者たち』(太田出版)でJCJ賞(日本ジャーナリスト会議賞)を受賞。「反貧困ネットワーク」副代表、「週刊金曜日」編集委員、、フリーター全般労働組合組合員、「こわれ者の祭典」名誉会長、09年末より厚生労働省ナショナルミニマム研究会委員。オフィシャルブログ「雨宮日記」

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