(ブレイディみかこ/太田出版)
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前著『ヨーロッパ・コーリング─地べたからのポリティカル・レポート』をレビューで取り上げたが、こちらはイギリスおよびヨーロッパの社会・政治状況、とりわけ左派の活動(主に経済における反緊縮運動)をレポートしたものであった。そこでヨーロッパのレフトと日本のそれは根本的に異なるのではないかという指摘があった。
英国からみると、日本の社会運動が熱心に取り組んでいるのはもっぱら憲法改正や安保関連法案のようなマクロな政治的課題に見える。経済的格差を解消して、貧困を撲滅していくような生活により密着した運動はどうなっているのか。本書は、ヨーロッパの社会状況・政治情勢に詳しい著者がほぼ10年ぶりに帰国・滞在して、日本におけるオルタナティブな労働運動を取材したものである。
取りあげる運動は日本の労働運動。第一章ではキャバクラ・ユニオン、第二章ではエキタス、第三章では世田谷区の保育所というようにオルタナティブな労働運動を各章で取り上げていく。その都度、ヨーロッパ(主にイギリス)の労働運動と比較されるので、日本の特殊性がよくわかる。
但し、本書は理論書ではないので、何らかの概念が論理的に詳述されるということはない。が、読み進めていくと、著者がふたつの対立項を取り上げ、それらを本書の基調にしていることが理解される。
一つ目は、ミクロ(地べた)とマクロ(政治)。これは主に活動の関心とその仕方のことを指している。例えば、憲法改正阻止などの運動はマクロで、地域の野宿者支援などはミクロに該当する。(第二章)
二つ目は、グラスルーツ(草の根)とクラウド。この対立項は運動に関わる人々の関係のあり方のことであり、運動形態のことでもある。グラスルーツは、地に根を張るように近隣住民と関わりを持ちながら地域固有の問題の解決にいそしむ。他方、クラウドは、ネットなどの情報を介し、なんらかの抗議を目的としておこなわれるデモのように、「雲のように集まって雲のように散っていく」人たちのことをいう。
本書から伝わってくるのは、著者が、この対立項が巡り巡ってどこかでぐるりと強力に結びつく交点を求めているということである。「経済にデモクラシーを」と著者は云う。様々に分散する活動を統合できるのは、諸問題の根底に常に存在する貧困がもたらす人権軽視の是正と経済的格差の解消。つまりは、食うためのカネの問題をきちんと扱うことのできる労働運動にほかならないと。ある意味、常識的メッセージだが、著者がユニークで新鮮なのは、例えば我が国の待機児童の問題を反緊縮運動という視点から論じたりするところにこそある。
3・11で日本は変わってしまった。著者がそれをどれだけ認識しているのかは本書からはよく掴めないが、運動の基礎に人が生きていけるための「経済活動」を据えようという著者のメッセージには大いに納得する。
(北川裕二)