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5月29日、東京・高円寺の沖縄料理店「抱瓶(だちびん)」の2階は、いっぱいのお客だった。この日は、うちな~噺家・立川志ぃさーさんの「ゆんたく独演会」の会場になっているのだ。

志ぃさーさんは、以前は本名の「藤木勇人」で芸能活動をしていた。NHK朝の連続テレビ小説『ちゅらさん』や、NHKBSプレミアム『テンペスト』などのドラマに出演していたので、顔をご存じの方も多いだろう。

志ぃさーさんの芸能活動の最初は、1985年、沖縄では伝説的なお笑い劇団「笑築過激団」に入団したことから。その翌年には照屋林賢さん率いる「りんけんバンド」にも加入。1991年に「笑築過激団」、1993年に「りんけんバンド」を脱退して、一本立ちした。

この時期、落語家立川志の輔さんに師事し、ひとり語りの芸を磨き始める。沖縄、東京での一人ゆんたく芝居の定期公演を重ね、1998年には「第32回沖縄タイムス芸術選賞〈演劇部門〉」奨励賞を受賞した。2010年、志の輔さんの“番外編弟子”として認められ、2013年10月から「立川志ぃさー」と改名した。

彼の公式サイト「ゆがふ」には、活動として「テレビレギュラー、沖縄昔話の語りべ、CM出演、劇団客演、映画、ドラマ・ラジオ等に出演、執筆」とあり、沖縄のマルチタレントとして活躍している。

さて、琉装に身を包んだ志ぃさーさんのその日の高座は2席。まず「時そば」ならぬ「時沖縄そば」。枕には覚醒剤事件の時事ネタを振り、出身のコザ(現沖縄市)の言葉を使って、賑やかに。場内は爆笑に包まれた。

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休憩の間も自作のビデオ映像が流れるサービスぶり。もう1席はやはりコザの、復帰前の噺を熱演した。6月は沖縄戦終結の月、いろいろなことを思い出す、と話し出した志ぃさーさん。「セミを食べる」などで大笑いするのだが、なぜかほろりとするのは、うちなーぐちが醸しだす優しさのせいだろうか。

志ぃさーさんの作品はほかにも、ペリー来琉の折の「異聞ボード事件」、ウルトラマンをつくった一人である金城哲夫を題材にした「うるとら哲夫」などの話芸、「黙認耕作地」「闘牛祝辞」「沖縄病」などの一人ゆんたく芝居がある。噺家でもあり役者でもある志ぃさーさんの芸は、まさに彼だけのものだ。

彼が沖縄の市井の人々を語り、演じることで、「沖縄」が立ち上がってくる。それは、内地の人間が観念的に考えるものではなく、人々の暮らしが力強く息づく「沖縄」。その空気に十分浸ることのできた一夜だった。(中津十三)

 

  

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