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国立劇場小劇場は満員の客だった。人形浄瑠璃文楽9月公演第3部は『不破留寿之太夫(ふぁるすのたいふ)』。シェークスピアの戯曲を基にした新作の初演だ。普段の文楽とは客層がちょっと違う。

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シェークスピア作品に登場する巨漢で色好みのお調子者・フォルスタッフを不破留寿之太夫、『ヘンリー四世』のハル王子を春若として、この2人を中心にした喜劇だ。脚本は河合祥一郎さん、美術は石井みつるさん。

フォルスタッフのエピキュリアン(快楽主義者)ぶりは見ていて爽快なほど。「人生を楽しむ」ために悪さはするが、なぜか愛嬌がある。遣う勘十郎さんの力量だ。終盤に反戦の思いを、文楽らしからずストレートに表現するのも、この時代だからか。

慣れぬ新作をわがものにしている三業(人形遣い、義太夫、三味線)の力には心から敬意を表する。凝った舞台装置や衣装も実に楽しい。

監修・作曲・出演している鶴澤清治さんが、フォルスタッフを文楽にしたいと発案したのは30年ほど前だという。最初は『ヘンリー四世』だけにしようとしたが、あまりにも色気がないので『ウィンザーの陽気な女房たち』のエピソードも採用したそうだ。

歌舞伎ではシェークスピア翻案物が明治期からあり、最近だと蜷川幸雄さん演出『NINAGAWA十二夜』が有名だ。2005年に初演され再演を続け、2009年にはロンドン・バービカンシアターでも上演され、当地でも好評を博した。

海外作品を文楽にしたのはこれが初めてではない。戦後だと1950年代に『お蝶夫人』『ハムレット』『椿姫』があったが、技芸員の労働組合結成にまつわる分裂の危機感から生まれたもの。この時期には民話や文芸作品を原作にしたものなど新作が作られたが、定着しなかった。

その後海外物は長いブランクがあったが、国立文楽劇場でロシア民話に材をとった『石の花』が1990年に、近鉄アート館でテンペストを基にした『天変斯止嵐后晴(てんぺすとあらしのちはれ)』が1992年に上演された。『天変斯止嵐后晴』は2009年にも再演されている。

文楽の新作は難しい。演劇評論家の犬丸治さんは「文楽の台本(院本)は、単に戯曲ではありません。音曲の詞章でもあります。つまり、あらかじめ三味線の節、人形の動きなどを想定しつつ書かなければなりません」と書いている。大変なハードルだ。観客が新作を求めない傾向も確かにある。

それでも新作には、宇崎竜童さんの音楽に合わせての『ロック曾根崎心中』(1979年初演)、三谷幸喜さん作『其礼成(それなり)心中』(2012年初演)など意欲作が並ぶ。今回の『不破留寿之太夫』もさらにブラッシュアップして、再演に耐える作品になってほしい。(中津十三)

※ 人形浄瑠璃文楽9月公演第3部『不破留寿之太夫』は9月22日まで。詳しくはこちら

※ また、9月23日17時30分から文楽松羽目会の自主公演で『ロック曾根崎心中』が上演されます(録音テープ使用)。詳しくはこちら

 

  

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