中島岳志の「希望は、商店街!」

ありえない比喩、前言撤回、ふっかけ、
涙、脅し、言い訳……

■「たとえ話で論理をすり替える」

 前回に続いて、橋下徹氏の言論術を彼自身の著書『図説・心理戦で絶対に負けない交渉術』(日本文芸社)を使って分析してみたいと思います。

 この本の第2章のタイトルは「相手を言いくるめる詭弁の極意」。以下で検討する橋下氏のテクニックは、本人が「詭弁」であることを認識し、「相手を言いくるめる」ことを目的として提示しています。まずはこのことを、はじめに確認しておきたいと思います。

 橋下氏は、ここで次のように言います。

絶対に自分の意見を通したいときに、ありえない比喩を使うことがある。(40頁)
たとえ話で論理をすり替え相手を錯覚させる!(41頁)

 たしかに橋下氏は、比喩を多用します。しかし、これは主張を適切に多くの人に理解してもらうためというよりも、自分の意見を通すための「詭弁」であり、「論理のすり替え」を行うテクニックなのです。

 最近、橋下氏は堺屋太一氏との共著『体制維新-大阪都』(文春新書)を出版しましたが、この中で彼は次のような比喩を使います。

 僕は、大阪都構想と教育基本条例、職員基本条例はワンセットの戦略だと考えています。これは単純な話で、運送会社やバス会社経営における自動車とドライバーの関係と同じなんです。
(中略)ドライバーの話が職員基本条例なのです。ドライバーがどれだけスピード違反をしようが、信号無視をしようが、飲酒運転をしようが、身分になっていると、運転手の交替はない。それが今の日本の公務員制度です。

 これが適切な比喩かどうか、もう一度、考えながら読んでみてください。じっくりと読み直すと、大きな「すり替え」があることに気付きます。
 橋下氏は運送会社・バス会社のドライバーを、地方自治体の職員にたとえています。そして、「スピード違反」「信号無視」「飲酒運転」という法律違反を列挙しています。そのうえで、職務中の違法行為の責任を問われたドライバーが「交替」を命じられるという話を提示し、「日本の公務員制度」では「身分」保障によって「交替はない」としています。

 これは明らかに飛躍に満ちた不的確な比喩です。日本の公務員が職務中に違法行為を犯した場合、当然ですが「免職」を含む処分が下されます。職場の「交替」という処分もあります。しかし、橋下氏はこのたとえ話を公務員や教員の身分保障問題に拡大し、あたかも違法行為を犯した公務員が全く処分されないかのように「すり替え」ています。

 これはどう考えても、「詭弁」としか言いようがありません。しかし、たとえ話には、「飛躍」や「すり替え」が含まれていても、「錯覚」によって納得させる効果があります。しかも、「わかりやすい」と感じさせる効果まであります。

 よく知られるように、橋下氏は大阪府知事就任直後の職員訓示で次のように述べました。

「皆さま方は、破産会社の従業員であるという点だけは確認してください。民間会社で破産、倒産という状態なら、職員の半数や3分の2カットなんて当たり前です。お給料が半分に減るなんていうことも当たり前です」(2008年2月6日、府議会本会議場)

 しかし、先日の知事退任時(10月31日)には、前言を撤回し「皆さんは優良会社の従業員、3年9カ月、ありがとうございました」と述べています。
 この「破産会社の従業員」「優良会社の従業員」も、極めて恣意的な表現です。私は2008年の大阪府を「破産」とするのは適切でないと思いますが、仮にそれを受け入れたとしても、それから約4年たった今日、大阪府の地方債残高は橋下氏の知事就任時よりも増加しており(逆に大阪市の地方債残高は減少)、「破産会社」から「優良会社」になったという「たとえ話」は、成り立ちません。

 橋下氏は言います。

よく聞けばおかしな話も交渉では有効に作用する。(36頁)

 橋下氏は、自分でおかしいと分かっていながら、恣意的な比喩表現を用いて、話を有利に進めようとするのです。橋下氏がたとえ話を用いたときは、立ち止まって考えてみる必要がありそうです。

■前言を撤回する「ずるいやり方」

 橋下氏は「相手を言いくるめる詭弁の極意」として「一度オーケーしたことを覆す技術」を挙げます。彼は「タフな交渉現場ではずるいやり方も必要」と言ったうえで、次のように説きます。

 交渉において非常に重要なのが、こちらが一度はオーケーした内容を、ノーとひっくり返していく過程ではないだろうか。まさに、詭弁を弄してでも黒いものを白いと言わせる技術である。”ずるいやり方”とお思いになるかもしれないが、実際の交渉現場ではかなりの威力を発揮するのだ。(32頁)
 一度なされた約束ごとを覆す方法論は、交渉の流れを優位に運ぶ重要なものだと考えている。(32頁)

 では、どのようにして前言撤回を行うのが有効な方法なのでしょうか。橋下氏は言います。

具体的には自分の言ったことに前提条件を無理やり付けるのである。(中略)前提条件は、相手がその時点で満たしていないもの、満たしようがないものをわざとつくる。いわば仮装の条件である。満たされないような条件をわざと付け、今、満たされていないのだから、一応オーケーしたことでもこちらは約束を果たせないという論法で逃げる。(32頁)

 これは、ちょっとした詐欺行為と言っていい類の「詭弁」です。一度、約束したことに対して、あとから無理やり「満たしようがない前提条件」を付与し、相手に責任をかぶせて逃げ切るというのです。彼は、これによって「合意」を「無効」にできると言います。
 さらに橋下氏は、次のような「手法」も提示します。

前提条件を無理やりつくるという他に、オーケーした意味内容を狭めるという方法もある。(34頁)

 この「意味内容を強引に狭める」という方法は、橋下氏が何度も繰り返し使う代表的なテクニックです。最近では、「独裁こそ必要」という発言が話題になり、対抗馬の平松氏をはじめとする多くの人から、厳しい批判を投げかけられました。この発言に危うさを感じた大阪市住民も多いようで、庶民レベルでの橋下氏への警戒が高まりました。
 すると、橋下氏はツイッター上で「独裁発言」の意味内容を「強引に狭める」発言を行いました。

(独裁発言は)権力を有している体制と対峙するには、こちらにも力が必要という現実的な認識を示したまでです。(10月31日)

 これは「独裁」の定義に全くなっていません。あとから無理やり意味を狭め、まずい発言の漂白を図っているだけです。橋下氏自身が提起するところの「詭弁」「ずるいやり方」なのでしょう。

 橋下氏は、繰り返し「前言撤回」を行い、「一度オーケーしたことを覆す」ことから、メディア関係者から「クルクル王子」と名付けられ、批判されています。水道事業の統合問題では、大阪市側との合意事項を撤回し、責任を平松氏に転嫁しました。「約束の反故」は、彼の交渉術に含まれる常套手段なのです。

■「不毛な議論をふっかける」・「涙のお願い」

 他にも、橋下氏は数々のテクニックを提示しています。すべて丁寧に追っているときりがないので、あとはダイジェストで紹介していきます。

交渉の流れが不利になってきたら、不毛な議論をふっかけて煙に巻く。(90頁)

 橋下氏は、議論の過程で「自分の発言の不当性や矛盾に気づくこと」があるといいます。そんな時には「心の中では”しまった”と思っても」「ポーカーフェイスで押し通」し、矛盾を指摘されれば「相手方に無益で感情的な論争をわざとふっかけるのだ」と説きます(90頁)。

 橋下氏は2008年10月、私学助成の大幅削減に際して、削減反対の高校生と府庁で議論しました。ここで高校生は橋下氏が選挙で「子どもに笑顔を」というスローガンを掲げていたことを前提に、「税金を無駄な道路整備ではなく、教育に回してほしい」と訴えたところ、「あなたが政治家になって、そういう活動をやってください」と気色ばみました。
 さらに「橋下さんの話は、結局は自己責任になるじゃないですか」と問い詰められると、返答に窮したのか「今の日本は自己責任が原則、おかしいというなら国を変えるか、自己責任を求められる日本から出るしかない」と答え、女子生徒を泣かせました。まさに「無益で感情的な論争をわざとふっかけ」て乗り切る手法が発揮された場面でした。

 さて、「かけひき術」の中には「最後の手段、お願いの使い方」という項目もあります。

お願いは非論理的な手段。相手の価値観に訴える効果的な内容を考える。(27頁)
お願いをする相手はこういう泣き落としを理解してくれるような人であることが前提になる。(26頁)

 この項目で思い起こされるのは、「知事の涙」騒動です。就任から間もない2008年4月17日、「市町村へ御補助金削減案」をめぐる市長村長との意見交換会で厳しく追求されると、橋下氏は「皆さんで一度……考えてもらって……是非、大阪を立ち直らせたいと思いますので、今一度、ご協力のほど、よろしくお願いします」と目を赤く腫らしながら頭を下げました。

 この意見交換会に集まったのは、ほとんどが橋下氏よりも年長の首長ばかりで、その場には多くのテレビカメラが入っていました。彼は涙ながらにお願いすることが「相手の価値観に訴える効果的な方法」と判断したのでしょう。この映像は、「改革派の若い知事を守旧派の年配首長が集中攻撃している」という印象を視聴者に与え、各首長のもとには「知事をいじめるな!」という抗議の電話が殺到しました。

■脅し、言い訳、スキを与えない、味方との交渉……

 あとはいくつかを列挙することにしましょう。

 ”脅し”により相手を動かす。(24頁)

自分に非がある場合でも、上手な言い訳をして、ピンチを切り抜ける!(75頁)

相手が揺らぎだしたら考えるスキを与えず、一気に結論に持っていく(86頁)

本当の落としどころは、相手方はもちろん、味方にも秘密にする(42頁)

交渉の見立てを慎重にして味方とのやり取りにも勝つ(43頁)

 最後の二つの「極意」などは、橋下氏と大阪維新の会メンバーとの関係を想起すると、大変興味深いものがあります。
 以上、ざっとではありますが、橋下氏の著書の分析から見えてくる橋下氏の言論テクニックを検討しました。私たちは、まず橋下氏の「手法」を知る必要があります。彼がどのような言論テクニックを用いて政治を進めて行くのかを熟知し、冷静な眼を養ったうえで、彼が提示する政策を検討する必要があります。私たち国民の方が熱狂に乗ってはなりません。

 これからは、橋下氏の発言に接した時に、「どのテクニックを使っているのか」をじっくりと検討してみてください。そうすると、客観的で冷静な視点を獲得することができます。「スキを与えない」ことを「極意」とする政治家に対してもっとも有効な方法は、一呼吸入れることです。
テレビの前で、また新聞を読みながら、ぜひ実践してみてください。これまで気付かなかった論理の飛躍や問題点が見えてくると思います。

 

  

※コメントは承認制です。
第7回
橋下徹の言論テクニックを解剖する
その2
」 に1件のコメント

  1. magazine9 より:

    政治家が「言論テクニック」を使うこと、それ自体については、何が悪いの? という見方もあるかもしれません。
    けれど、ここで重要なのは、その「テクニック」を知った上で、橋下氏の主張や政策を改めて振り返ったときに、何が見えてくるのか? ということ。
    大阪知事選に続き、13日には大阪市長選も告示となります。
    本質から目を逸らしたままの、つくり出された「熱狂」に酔うのでなく、冷静な目での検証と判断を!

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なかじま たけし: 1975年生まれ。北海道大学准教授。専門は、南アジア地域研究、近代政治思想史。著書に『ヒンドゥー・ナショナリズム』(中公新書ラクレ)、『中村屋のボース─インド独立戦争と近代日本のアジア主義』(白水社)、『パール判事─東京裁判批判と絶対平和主義』(白水社)、西部邁との対談『保守問答』(講談社)、姜尚中との対談『日本 根拠地からの問い』(毎日新聞社)など多数。「ビッグイシュー」のサポーターであり、「週刊金曜日」の編集委員を務めるなど、思想を超えて幅広い論者やメディアとの交流を行なっている。近著『朝日平吾の鬱屈』(双書Zero)

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