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窮鼠猫を噛む?
鈴木ひとみ(ジャーナリスト)

(すずき・ひとみ)1957年札幌生まれ。学習院女子中高等科、学習院大学を経て、80年NYに留学。帰国後、東京の英字紙記者に。87年より再びNY在住。93年から共同通信より文化芸能コラムを配信、現在に至る。米発行の外国人登録証と日本のパスポートでNYと東京を往還している。著書「紐育 ニューヨーク!」(集英社新書)。

 7月21日(日)に日本で行われる第23回参議院議員通常選挙に伴う、在ニューヨーク総領事館での在外公館投票は、14日(日)17時に終了。その直後、安倍晋三首相(自民党総裁)のコメントが飛び込んできた。
 「われわれは(憲法)9条を改正し、その(自衛隊)存在と役割を明記していく。これがむしろ正しい姿だろう」— 7月12日、長崎市内のホテルで行われた長崎国際テレビ番組のインタビューより(7月15日、共同通信配信記事)。

 日本国憲法の三大原則である「国民主権」、「基本的人権の尊重」、「平和主義」を尊ぶ者としては、遂に出たか、という感。これは文字通りの「窮状」、と駄洒落を飛ばす暇はない。ただ、危機感がつのるばかりだ。

 「一番大切なのは平和。皆で平和を分かち合える時代を大切にしなければ」
 憲法草案作成に関わった当事者のひとり、ベアテ・シロタ・ゴードンさんの言葉を、伝えたい。
 ベアテさんとは、1984年末にニューヨークで出会った。彼女は2012年12月30日、ニューヨーク市の自宅にて、享年89歳で逝去。その追悼文は、共同通信配信記事として、1月25日付京都新聞などに掲載済なので、詳細は省く。
 ベアテさん。彼女の夫で、2012年8月29日、93歳で亡くなったジョセフ・ゴードンさん。そして、マッカーサー将軍の副官で、1999年11月17日に82歳で逝去したフォービアン・バワーズさん。彼らとはそれぞれ、1980年代のニューヨークで知り合った。3人とも、日本語を話し、日本文化に精通し、第二次世界大戦を体験。元連合軍最高司令官総司令部に所属し、戦後の日本を知るからこそ、平和の尊さを説き、ニューヨークで亡くなっている。
 様々な異人種、異文化が共存するニューヨーク。この街で、日本との戦争体験を語り、平和の大切さ、平和な世の中を維持する重要さを語る人々に出会うことができたのは、私の宝物。だから、伝え続けたい。

 「戦争反対。君たちの世代は、平和な時代を守る責任がある。心から期待しているよ」と言ったのは、フィリピンでバターン死の行進を体験した、日本軍によって元捕虜となった米兵だった。
 「日本人に対し、恨みは全く感じない。戦争、そして指導者たちが悪いのだから」
 彼のコメントや、南太平洋で日本軍相手に闘い、載っていた軍艦を沈没させられた米兵の元海軍兵の話は、2005年、第二次小泉内閣時代、改憲の動きに対する危機感から書いたリポートにも記した。

 終戦直後、紀伊半島から上陸した、という米兵の元陸軍兵の言葉も忘れられない。
 「日本国憲法にあって、米合衆国憲法にはない条項を知っているかい? 平和主義だ。徴兵されてから、米国は好戦国だ、と知った。銃器を持って、お国のために戦え、と命令する上層部の人々は、(我々兵隊のように)命を脅かされるはずがない。」
 敬虔なユダヤ教徒だった彼は、ニューヨークの友人の父親で、彼女の自宅で出会った。「父が兵隊だったのは知っていたけれど、戦争体験は全く語ったことがなかった」と、驚く友人。「今の人達は、戦争の恐ろしさを全く知らない。 歴史は繰り返す、というが、こんな体験は自分だけでたくさん。なのに、戦争を知らないリーダーたちは、また戦争を仕掛ける。だから、やっと、戦争のことを話す気持ちになった」と彼。
 「やせ細り、着のみ着のままで、怯えた表情でたたずむ日本人の姿は、今でも覚えている。戦争直後、飢えを我慢している様子だった日本の村人に、そっとりんごを差し出したら、自宅から絹の振袖を持ち出してきて、受け取ってくれ、と身振り手振りで言われた。略奪したと思われたくないし、どう見ても大切な品だから、断った。だが、どうしても、という村人の意思が伝わったので、ニューヨークの自宅に持ち帰り、大事に取ってある」
 「当時、ヨーロッパの親戚たちの多くが、消息不明だった。ホロコーストで殺された、と後に知った。それ以来、自分は一体、何をしたのか、戦争に加担して、人を殺す行為は、自分にとって何だったのか、と罪の意識にさいなまれるようになった」

 生前のベアテさんは2000年、憲法記念日前日の5月2日に、参議院憲法調査会に参考人として招聘され、憲法草案作成に関する話を述べている。同会第七回議事録にその詳細がある。
 「(前略)私はお母さんでありおばあさんです。だから、私は子供と孫の将来について心配しています。平和がないと安心して生活ができないと思います。私は外人ですから、皆様日本人は私の声を聞かなくてもいいと思います。私は日本で投票できません。
 しかし、日本の女性の声を聞いていただきたいのです。私の耳に入っているのは、日本の女性の大数が憲法がいい、日本に合う憲法だと思っているということです。
 日本の憲法のおかげで日本の経済がすごく進歩しました。武器にお金を使わないで、そのお金をテクノロジー、教育、建築などのために使って、日本が世界の中で重要なパワーになりました。隣のアジアの国々も日本について安全な気持ちを持っています。日本の女性はそれをよくわかっています。
 だから、私は一つのお願いがあります。日本の女性の声を聞いてください」

 ここで触れた人々のほとんどが逝去した今、日本国憲法の三大原則のひとつ、「国民主権」の意味をもう一度考えたい。国の意思を決定する権利は、私たち国民にある。つまり、国民の代表者である政治家が決定する、というわけだが、その政治家を選ぶ責任は、私たち一人一人の手にある。だから、一票、一票が大切な宝物なのだ。

 

  

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