マガ9レビュー

(イケダハヤト著/幻冬舎新書)

 自分の目がローカルなものに向くようになったのは、十数年前にドイツ滞在を終えて日本に帰ってからだ。

 私はベルリンにいた。人口350万人のドイツ最大の都市は州間財政調整(豊かな州が貧しい州を財政的に支える)ではお金をもらう側だった。日本でいえば、首都が地方交付税を受けているようなものである。南部のミュンヘンやシュトゥットガルトは製造業、西部のライン地方は重工業、フランクフルトは金融業、北部のハンブルクは輸送業やメディアで稼いでおり、小さな町でも世界有数のシェアを誇る中小企業が多い。そうしたなか、ベルリンは、「われわれはたくさんの劇場や映画館、美術館を有する文化都市である」と開き直っている感があった。

 貧乏な首都から全ての機能が集中する1200万人都市・東京へ戻り、それまで感じなかった違和感を抱いた私は、自分の身の程に合った町はどんなところなのだろうかと考えるようになった。

 私のようにこの町に「しっくりこない感」をぬぐえず、それでも東京にいるのは、地方には仕事がないからと半ばあきらめていることも理由のひとつだろう。

 それ(仕事はない)は違う、と東京都多摩市から、縁も所縁もない高知県に移住した著者は言う。そして、彼はざっと次のような仕事を挙げるのである。

 「収穫アルバイト(米、ゆず、オクラなど)」「草刈アルバイト(実際、時給1000円でやりました)」「自伐型林業(自分たちで木を伐採する小規模林業)」「電線に絡みついた木を除去する仕事(電力会社)」「冬場の日本酒造り」「地元NPOの臨時職員(週1日勤務)」「山菜の加工販売」「空き家を活用したゲストハウス経営」などなど。

 つまり私たちは「雇用」がないと言っているのであって、「仕事」はあるのだ。とすれば、複数の「小商い」をやって生計を立てていくのは可能だろう。

 本書では自分の生活を移住によってポジティブなものに変えていく過程が軽やかに、かつ具体的に書かれている。婚活のための移住もアリという箇所には、思わず膝を叩いた。

 一極集中は高度成長期には合理的な流れだったかもしれない。経済成長が停滞するなかで、地方から東京への流入が続く現代はあまりにリスクが高い。移住によってこそリスクを回避するのだろうが、著者はさらに一歩踏み込んだ表現をする。

 「ぼくはもっと多くの日本人が、気軽に環境を変えられるようになるべきだと考えています。『私はここにいなくてはいけない、こうあらねばならない』という、心底くだらない『縛り』を自分に与えるから、犯罪が、自殺が、戦争が起きるのです。もっと流動的になれば、ぼくらの社会は優しく、豊かなものになっていきます」

 本書は発刊直後から順調に売れているそうだ。それだけ読者が危機感をもっているということだろう。

(芳地隆之)

 

  

←「マガジン9」トップページへ   このページのアタマへ↑

マガジン9

本、DVD、展覧会、イベント、芝居、などなど。マガ9的視点で批評、紹介いたします。

最新10title : マガ9レビュー

Featuring Top 10/66 of マガ9レビュー

マガ9のコンテンツ

カテゴリー