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(2015年ドイツ/デヴィッド・ヴェンド監督)

 この作品の原作(河出書房新社の翻訳)を読んだとき舌を巻いた。極悪な独裁者として断罪されがちな人物が、ときに人間味をもって語る一人称の文章に、きわどい綱渡りをしている作者の姿が見えたからである。このリアリティは長らくゴーストライターをしていたというティムール・ヴェルメシュの筆力のなせる技に違いない。

 しかるに小説が映画化されることを聞いた私の関心は、スクリーンでヒトラー目線がどう描かれるかにあった。デヴィッド・ヴェンド監督は、現代に蘇ったヒトラーとの間に適度な距離を置いた。その分、原作のもつきわどさは半減したが、どうだろう、いまの世界を見渡せば、「自国民から職を奪う難民は出て行け」「〇〇国は〇〇人のために」といった政治家たちの扇動に多くの人々が呼応している。この映画は数年前にいまの風潮を先取りしていたのかもしれない。

 映画のなかで、ヒトラーは当初、悪趣味のお笑い芸人として登場し、みんなからはキワモノ扱いされる。しかし、人々の心情を代弁する言葉をデマゴーグのなかにちりばめ、自らの思想を、メディアを通して広げていく。その一方、民族主義政党の党首を叱り飛ばし、あげくは彼のシンパであるはずのネオナチの若者たちから殴る蹴るの暴行を受け、病院送りにされるのである。

 ヒトラーとは何者なのか? その解は、彼を極悪非道の人物として歴史の教科書に押し込めている限り、見えてこない。

 映画の後半では原作に書かれていないシーンがある。じわじわと彼の思想・信条が世に広まっていく様に警鐘を鳴らす、ヒトラーの第一発見者の姿だ。留置場に入れられた彼の目は、世情に流された私たちを射すくめる。

 メルケル首相をはじめとする現代の政治家をヒトラーが評するくだりも秀逸。路上でゲリラ的に撮影したのであろうか、通行人の目を黒い線で隠した映像がそのまま使われているところにも、荒唐無稽なコメディだけではない、この映画のもつ奥深さと不気味さが感じられるのであった。

(芳地隆之)

 

  

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