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(2016年日本/太田直子監督)

 このドキュメンタリー映画は、2009年から2014年にかけて、東京都千代田区立神田一橋中学校・通信教育課程の面接授業に通う生徒たちを撮影し続けたもの。「中学校の生徒」といっても、通っているのは60~80代。戦中・戦後の混乱期に、中学3年間の義務教育を受けられなかった高齢の人たちだ。

 こうした通信制中学は、昭和23年から設置され、かつては全国に80校ほどあったが、いまでは全国に2校だけだという。神田一橋中学校・通信教育課程では、自宅学習による課題提出のほか、年間20回ほど学校に通う「面接授業」がある。

 登場するのは、人生の後半になるまで、学校へ行く機会を奪われてきた人たちだ。たとえば、中学に行かずに働きに出て、70代になって学校に通う時間がやっと持てた男性。「憧れだった」という学生服を着た若い頃の写真がなんとも切ない。

 奉公に出てそのまま結婚し、在宅で夫の介護を続けている女性は、「学校にいると『自分』になれる」と目を輝かせる。念願の学校生活を「神様がぴかっと光る時間を下さった」と表現した昭和ひと桁生まれの生徒もいる。 

 経済的な事情で学校に通えなかった人だけではない、難聴によって学校生活になじめず家にひきこもり、60歳を過ぎていっしょに暮らしていた親が亡くなってから、読み書きを必死に覚えようとする生徒もいる。彼女にとって、この中学で出会った学友は、社会との数少ない貴重な接点だ。

 そんな懸命に学ぼうとする生徒に向き合う先生たちも熱心だ。社会科での歴史の授業は、いつの間にか日本の民主主義や人権の話へと広がり、英語の授業では、女性が教育を受ける機会を訴えたパキスタンの少女の記事を取り上げる。「女性だから」と我慢することも多かったはずの世代、少女の言葉をどんな風に受け止めたのだろう。また、職人だった生徒が、理科の実験と仕事での経験を重ね合わせる場面もある。試験や受験のためではない勉強は、社会や暮らしに結びつき、生き生きとしている。

 正直、私自身は中学生のときに勉強をあまり面白く感じていなかったし、学校にもどちらかというと「閉鎖的な場」というイメージが強かった。しかし、本来、学校には多様な価値観・生き方に出会うコミュニティとしての可能性があるのかもしれない。いま子どもたちが通う学校に、学ぶことの喜びが失われているとしたら、どうしてなのだろうか。

 「学ぶことは楽しい。知らないことだらけですもん。知らないことだらけだっていうことに、70過ぎまで気づかずにきたんですよ」と、通信制中学卒業後に高校進学を決めた生徒が笑う。

 教育を受ける権利を定めた憲法26条の大切さを感じると同時に、「学ぶこと」や「学校のあり方」についても考えさせられる。歳を重ね、経験を経たからこそ、気づくこともきっと多い。そう思うと、一度社会に出たあとでも、何歳であっても、必要なときに誰もが学び直せるような環境が、もっと日本にはあってもいいのではないだろうか。

***

「まなぶ 通信制中学 60年の空白を越えて」は、新宿K‘s cinema(東京・新宿区)にてモーニングロードショー中(2016年4月14日まで)。

(中村未絵)

 

  

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